第240話

 ジャック・フロストが消滅したのを見て、クルスが歓声をあげた。


「やりましたね! さすがアルさんです」

「一体ぐらいならどうということでもない」

「こんなに簡単に倒せるなら、どんどん数減らしていくのありかもですね」


 嬉しそうなクルスに、ルカが冷静に告げる。


「そう簡単にはいかないわ」

「そうなの?」

「通常の一体だけの発生、もしくは数体の発生ならそれでいいんでしょうけど」


 ティミショアラもルカに同意するようにうなずいた。

 うなずいても、全く背は揺れない。大したものだ。


「ああ、確かにジャック・フロスト一体は消滅した。だがのう。これだけ周囲に沢山いれば空いたところにすぐ生まれてしまうぞ」

「ティミの言う通りね。討伐する早さよりジャック・フロストの分裂のほうが早いかもしれないわ」

「分裂するより早く倒していくっていうのは無理なの?」

「果たしてそれが現実的かどうか……ほかに打つ手があるなら避けたいわね」


 クルスは、うまくいかないということを理解して、がっかりしたようだった。

 ルカはそんなクルスの頭を優しく撫でた。


「一体だけなら、問題ないのだけど……。こう多いとね」

「そうなのかー」


 クルスはそう言いながら真剣な顔で考えている。


「ねえ、アル。どっちの方がジャック・フロストの気配が濃いとかそろそろわかったかしら?」

「もう少し待ってくれ」


 俺は集中して気配を探る。

 精霊力が溢れすぎていて、感じ取るのが非常に難しい。


「アルさん。頑張ってください」

「お、おう。静かにな」

「はい! ぼくは応援しときますね」

 クルスは俺の周囲を、ぐるぐる回りはじめた。


「がんばれーがんばれー」

 小さな声で呟きながらぐるぐる回っている。

 応援してくれるのはものすごくうれしいのだが、めちゃくちゃ気になる。


「りゃありゃあ」

 シギショアラもクルスに触発されたのか、小さな声で鳴いている。

 シギなりに応援してくれているのだろう。癒される。


「クルス。落ち着きなさい」

「えーでもー」

 見かねたルカがクルスを抱き寄せてくれた。

 ルカのおかげで俺は気配を探ることに集中できた。


「よし。まだ、漠然としかわからないが、西の方が濃いようだな」

「さすがアルラである」


 そういって、ティミは進行方向を変えた。

 西の方向と言ってもまっすぐは飛ばない。周囲を探索しながら飛んでいく。

 ティミショアラの最高速度に比べたら、非常にゆっくりな速度で飛んでいる。

 それでも馬よりもはるかに速い。


「西って言うと西部山脈があるわよね」


 ルカが西の方を眺めながら言う。

 今や夜で、周囲は猛吹雪だ。何も見えない。

 それでも、クルスも一緒に、西の方へと視線を向けている。


「りゃ」

 シギも俺の懐から顔だけ出して、西の方を見ていた。

 シギは赤ちゃんなのに、方角がわかるようだ。すごいと思う。


「西部山脈ならば我も知っておるぞ。極地への転移魔法陣ができる前はあの辺りで寝ていたからな」


 ティミは人間の姿を続けると、足がしびれたりする。

 本来の姿に戻って眠った方が疲れがとれるらしい。

 だから、村から離れて眠る。今は極地の宮殿に帰って寝ているようだ。


 だが、極地への転移魔法陣が開通する前は、村から離れた場所へ移動して眠っていた。

 その眠っていた場所が西部山脈なのだろう。


 それを聞いていたクルスが言う。


「ティミちゃん、ずいぶんと遠くまで行って眠ってたんだね」

「うむ。あまり村の近くで眠れば、魔狼たちが迷惑するしな」


 古代竜が眠っていたらそれだけで大概の獣は逃げ出す。

 フェムたちの狩りに支障が出かねない。


「フェムたちに気を使ってくれたんだな。ありがとう」

 フェムに代わってお礼を言うと、ティミは少し照れたように尻尾を揺らした。


「気にするでない。それに、西部山脈はどこか落ち着くからな」

「落ち着くのか」

「そうだぞ」

 古代竜にしかわからない何かがあるのかもしれない。


「西部山脈は夏頃何回も行ったわね」

「暗黒魔導士の研究所とかも西部山脈だったよね」

「西部山脈ってクルス領なの?」

「山脈自体は国王の直轄領だよー。人も住めないし畑も耕せないから、領地としてもらったとしても貴族が喜ばないんだって」

「それもそうね」

「それに、西部山脈を越えたら旧魔王領だから、防衛線の意味もあるしー」

「なるほど。そうなのね」

「クルス、勉強していて偉いぞ」

「えへへ」


 クルスは照れていた。

 一生懸命真面目に勉強しているので、クルスは本当に偉いと思う。


 和やかに会話をしていると、ティミが言った。


「む? 気配が濃いな。今朝通ったときはそうでもなかったのだが」

「確かに、ここまでくると、明らかに精霊力が濃いというのが感じられるな」


 今朝、さほど感じなかったのに、今ははっきりと感じる。

 ということは急速にジャック・フロストが増えているということだろう。


「西部山脈に何かがあるということだな」

「ティミ、なるべくゆっくり飛んでくれ」

「了解したぞ」

 その時、クルスが叫んだ。


「なんか、大きいのがいる!」

 クルスの指さす方向には、大きな竜の形をした雪の塊が見えた。

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