第205話

 次の日、皆で死神教団へと向かうことになった。

 朝食後、ヴィヴィがつなぎの作業着を鞄から取り出す。


「これが、ユリーナの分じゃ。麦わら帽子もあるのじゃぞ」

「ありがとう。着替えてくるのだわ」

「うむうむ」


 ユリーナは小走りで自室に戻っていった。

 ヴィヴィがつなぎを用意して欲しいと頼まれたのは、昨日の夕食後である。

 買いに行く時間などなかったはずだ。


「ヴィヴィ、あのつなぎは王都で買ってきたのか? 夕食後から王都に行けたとも思えないが」

「もちろん買いに行く暇などないのじゃ。だから作ったのじゃぞ」

「それはすごいな」

「元々布はたくさん用意してあったのじゃ」


 ヴィヴィがどや顔をする。

 どうやら、ヴィヴィ自ら裁縫してくれたらしい。


「ヴィヴィは、裁縫が得意なのじゃぞ!」

 そういって、ヴァリミエがヴィヴィの頭を撫でる。


「て、照れるのじゃ」

 照れているヴィヴィの袖をシギショアラがそっとつかんだ。


「……りゃ?」


 シギもつなぎを作ってほしいと希望していた。

 本当に作ってくれたのか、不安なのかもしれない。


「シギショアラ。安心するのじゃぞ。ちゃんと作ってあるのじゃ」

「りゃっりゃーー!!」


 シギは嬉しそうに鳴く。


「シギって、完全に人間の言葉分かってるな」

「当たり前なのだぞ? 天才なのだからな?」


 ティミショアラがなぜかどや顔をしていた。


「シギショアラ、机の上に立つがよいのじゃ」

「りゃ」


 ヴィヴィに促されて、シギは机の上にちょこんと立つ。

 ヴィヴィが、手際よくシギにつなぎの服を着せてあげる。


「うむ。ピッタリなのじゃ」

「りゃっりゃー」


 背中には穴が開いていて、羽と尻尾が出るようになっているようだ。

 シギは、ヴィヴィに向かって頭を下げた。

 きっとお礼を伝えているのだろう。


「シギショアラ。気にするでないのじゃ」


 そういって、ヴィヴィはシギを優しく撫でる。


「ヴィヴィ、ありがとうな」

「気にしなくていいのじゃぞ。小さい服も作るのは楽しかったのじゃ」

「そうはいっても、昨日眠れたのか?」

「ちゃんと寝ておるのじゃ。わらわぐらいの腕前になると、それほど時間かからないのじゃぞ」

「そうなのか。ありがとうな」

「えへへ」


 そんなことをしていると、ユリーナが部屋から戻ってきた。


「ピッタリね。ヴィヴィ、ありがとう」

「うむ。寸法があっていてよかったのじゃ!」


 それから、俺たちは死神教団の村へと向かう。

 つなぎの作業着を身につけたユリーナは、俺の後ろに隠れている。


「そんな隠れなくても」

「昨日、クルスたちは泥だらけだったからばれなかったのだわ」

「そうかもしれないけど」

「私は泥がついてないから、ばれる可能性は高いのだわ」


 そんなことを言っている。

 転移魔法陣を通過して、部屋から出ると司祭に出迎えられた。

 司祭は挨拶もそこそこに、小声で報告を始める。


「朝早くに臨時補佐は解放しました」

「どうしてなの?」


 ユリーナが不満そうに言う。


「一応、官僚たちの上司なのは間違いないですから」

「叱られているところは、部下には見せないほうがいいということですね?」


 クルスがうなずく。


「はい、その通りです」


 司祭の判断は正しいと思う。

 プライドを下手に傷つけると、恨みを買うことになる。

 恨みは別に買ってもいい。だが今後の業務的には臨時補佐に働いてもらった方がいい。


 建物から出ると、臨時補佐は不機嫌そうな顔で椅子に座っているのが見えた。

 ちゃんとズボンも着替えている。司祭が用意してあげたのだろう。

 優しい司祭である。


 司祭の優しさに触れたためか、臨時補佐は大人しく座っている。

 さすが宗教家。改心させるのが得意のようだ。


 俺が感心していると、クルスがみんなに指示を出しはじめた。


「それでは、昨日の計画通り、アルさんとティミちゃん、フェムちゃんは橋づくりをお願いします」

「了解」「任せるがよい」「わふ!」「りゃ!」

「ヴィヴィちゃんとモーフィちゃんは畑づくりで、他の人は建物づくりに入りましょう!」

「任せるのじゃ!」「もっも!」

「がんばるよー」「がんばります!」


 ゴーレム担当のミレットと、コレットも張り切っている。


 俺たちは技術者たちと一緒に川へと向かう。

 技術者に合わせて徒歩で向かう。俺は一応フェムに乗せてもらった。

 ひざが痛いからだ。


 フェムは大きな姿になっている。

 この前遭遇したときは小さい姿だったので、技術者たちは驚いた。


「大きいですね」

「魔狼なんですよー。ギルドに飼育許可はとってますから安心してください」

「すごいですね」


 シギショアラはティミの懐の中に入っている。眠いのか今日は大人しい。


 現地に到着すると、技術者たちはどの材料で橋を作るかの相談に入る。


「この川幅だと、木製でも充分しっかりしたものが作れますね」

「それでも石製の方が耐久度はあがるのでは?」


 そのようなことをまじめに話し合っている。

 川幅を測ったり、水深を測ったり、色々忙しそうにしていた。

 俺は素人なので、大人しくしておく。


 測量が終わると、二本目の川に向かう。

 こちらの川の方が川幅も広く、水深も深いのだ。


 俺は技術者たちに言う。


「向こう岸に渡りたいなら言ってください。運びますよ」

「ありがとうございます」


 しばらく技術者同士相談した後、二人が向こう岸に渡ることになった。

 技術者の中でも体の大きい二人が渡るようだ。

 来たときに背の低い痩せた技術者が流されたゆえの選定だろう。

 向こうに渡る予定の技術者が笑いながら言う。


「流されたらお願いしますね。フェムさん」

「わふ」

「魔法で渡しましょう」

「魔法?」

「まあまあ、お任せください」


 俺は重力魔法で、二人の技術者を宙に浮かせた。


「うわわああああ」

「大丈夫です。落としませんから」


 俺は技術者を、慎重にそおっと運ぶ。

 あまり高くは浮かせない。高いと、どうしても恐怖心が強くなるからだ。

 速くても怖いと思うので、あえてゆっくりと運ぶ。


「りゃ」


 俺が魔法を使い始めると、ティミの懐からシギがパタパタと飛び出す。

 作業着を身につけたシギの飛ぶ姿はとても可愛らしかった。

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