第204話

 風呂から出るころにはユリーナやルカも王都から帰宅していた。

 いつものように、みなで一緒に夕食を食べる。


 夕食時、ティミショアラが、ユリーナに言う。


「ユリーナ。あいつはやめておいた方がいいぞ」

「り゛ゃ!」

「あいつって誰かしら?」

「臨時補佐だ」

「り゛ゃっり゛ゃ」

「臨時補佐? 知らないのだわ」


 ティミの説明は少し雑だ。これではユリーナには伝わらない。

 ユリーナは臨時代官補佐として、婚約者が来ていることを知らないのだ。


 ティミが何か言うたびに、俺の手からご飯を食べてたシギショアラが鳴く。

 いつもと違って、不機嫌そうな鳴き声だ。


「シギ、ご飯食べようねー」

「りゃあ」


 シギの頭を撫でてやって、ご飯を食べさせる。

 ご飯を食べるとシギはご機嫌にもどった。


 わかっていないユリーナに、クルスが説明する。


「代官代行の息子さんが、臨時代官補佐として死神教団に来たんだけど」

「ふーん」

「ほら。ユリーナの婚約者の」

「私の婚約者なんかじゃないわよ。断ったのだし」


 ユリーナは少し不機嫌になった。

 そんなことは気にせず、クルスが臨時補佐の悪行を報告する。


「そんなに、嫌な奴だったのね」

「そうなんだよー」

「クルスに暴力振るったんだから、更迭して鉱山送りにしたらどうかしら」


 ユリーナは聖女とは思えぬ過激っぷりだ。

 同調するようにティミが深くうなずく。


「それが妥当か……」

「いやいやいや。妥当じゃないだろ」

「え?」

「ん?」

「りゃ?」


 俺が否定すると、ユリーナとティミが首を傾げる。

 シギまで首をかしげている。


「きつく叱って、真面目に業務やらさせればいいだろ。また派遣してもらうのも面倒だし」

「ふむう」


 クルスは真剣な顔で考え込んだ。


「それにしても伯爵であるクルスに殴り掛かるとは、ありえないのだわ」

「クルスの格好が作業服だったからかな」

「クルスの内面から醸し出される高貴さに気づかないなんて、余程鈍いのだわ」


 クルスからは別に高貴さは醸し出されてはいないと思う。

 少し考えたユリーナが決心したように口を開く。


「わかったわ。明日は私も行くのだわ」

「仕事は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ」


 ユリーナが大丈夫というのなら、大丈夫なのだろう。

 そういうところはユリーナは信用できる。

 クルスと違って、忙しいのに大丈夫といってさぼったりはしないのだ。


 ルカも少し考えて言う。


「あたしも行きたいけど……」

「ルカは無理しなくていいぞ」

「近いうちに手伝いに行くわね」

「ルカもありがとうね」

「ぴぎっ」


 クルスがお礼をいうと、チェルノボクも鳴いた。


『ゆりーな。るか。ありがと』

 それから念話でお礼を言う。


「気にしないでいいのだわ」

「チェルちゃん可愛いわね」


 ユリーナとルカはチェルノボクを撫でまくる。


「ぴっぎぴぎー」

 チェルノボクは嬉しそうだ。


 ヴィヴィがそんなユリーナたちの様子を見ながら言う。


「ユリーナはどうするのじゃ?」

「どうするっていうと?」

「臨時補佐に説教でもするのかや?」

「うーん。こっそり変装していこうかしら」

「むう? つまりどういうことなのじゃ?」

「ええっとね」


 ユリーナは語る。

 伯爵閣下であるクルスにすら気づかなかったのだ。

 粗末な格好をすれば、ユリーナにも気づくまい。


「それは確かに可能性はあるのじゃ」

「でしょ?」

「気づかれなかったとして、どうするの?」


 不思議そうな顔をしてクルスが尋ねる。

 ユリーナはクルスを抱き寄せると、頭を撫でる。

 隙あらば、ユリーナはクルスとスキンシップをとろうとするのだ。


「えっとね。クルスに殴り掛かったみたいに、私が酷いことされたら婚約を完全に断る理由になるじゃない?」

「なるほどー。ユリーナは賢いなー」


 ユリーナも勇者パーティーの一員だ。当然強い。

 オークを殴り倒すぐらいなら、素手で簡単にできる程度には強い。

 一般人の臨時補佐に殴られようが痛くもかゆくもない。

 かわすも防ぐも、食らったふりをするのも思いのままだ。


「それに私に暴力振るったってなれば……ね?」

「ね? ……ってこわいな」


 俺がそういうと、ユリーナは優し気な笑顔を見せる。

 笑顔だけは、とても可愛らしい。

 だが、考えていることは、おそらく恐ろしいことだろう。


「アルもみんなにお願いするのだわ?」

「なにを?」

「なにをじゃないわよ。ほら恋人のふりをするってあれ」

「それは構わないが」


 ユリーナはみんなに向けても念を押す。


「みんなもお願いね? アルと私は恋人同士。わかったわね?」

「わかったけどー」


 クルスが少し不満げに頬を膨らませている。

 それを、ユリーナはやきもちだと考えたのだろう。


「もう、クルス。やきもちなんて焼かなくていいのだわ」

「焼いてないよー」

「私が一番大好きなのはクルスなのだわ。安心して」

「え? あ、うん」


 クルスはユリーナに気のない返事を返していた。

 その様子を見て、ルカはため息をついた。


 ヴィヴィがユリーナに向けて言う。


「農夫カップルなのじゃな。明日までに農作業に適した服を用意しておいてやるのじゃ」

「ヴィヴィありがとう」


 それから、ヴィヴィはユリーナの体の寸法を手早く測りはじめた。


「ふむふむ。なるほどなのじゃ」

「あ、そうだ、ヴィヴィ。シギ用のつなぎの作業着ないかな?」

「シギのつなぎじゃな……。うーむ。やってみるのじゃ」

「りゃっりゃ!」


 それを聞いていた、シギが嬉しそうに鳴いた。

 ヴィヴィは、シギの体の寸法も素早く測る。


「りゃあ!」


 シギは大人しく測られていた。

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