第175話

 夕食時、いつものようにみんなが揃う。

 俺は食後、後片付けしてからルカに尋ねた。


「王都での牛肉の卸値ってどのくらい?」

「うーん。それは知らないかな」

「さすがのルカでも、知らないか」

「魔獣の肉とかならわかるのだけど。普通の牛はちょっとわからない」


 さすがのルカも牛の卸値は知らないらしい。商人ではないので仕方がない。

 話を聞いていたユリーナが言う。


「卸値はわからないけど、店から買う金額なら大体わかるのだわ」

「教会で牛肉買ったりするの?」

「貧しい方々への炊き出しとか、聖職者の食事とかのために食材は結構買うのよ」


 ユリーナに大体いくらぐらいで購入しているのか聞いてみる。

 当然だが、卸値よりは高い。


「教会に直接買ってもらえばいいのじゃ」

「いい案に思えるけど、それはダメなの」


 ルカがヴィヴィの提案を否定する。


「なぜじゃ?」

「牛肉を買い取るには、免許が必要なの」

「面倒なのじゃな」


 ルカが説明してくれる。

 国王直轄地である王都は色々な規制があって、特に難しいらしい。


「クルス領だと緩いんですけどねー」

「リンドバル領にはそもそも規制がないのじゃ」


 二人の領主がそんなことを言う。

 大量の人と品物が出入りする王都と、辺境の片田舎では違うのだろう。


 真面目な顔でルカが言う。


「アル。牛肉の卸値とか聞くってことは、売りに行くのね?」

「うむ。検地が終わって、支払うべき税の額が決まったからね」

「規制の緩いクルス領で販売するのか、規制は厳しいけど基本高めな王都で販売するのか。考えているのね?」


 ミレットがうんうんとうなずく。


「そうなんですよねー」

「わらわにも少し売ってほしいのじゃ」


 ヴァリミエがそんなことを言う。


「それはかまわないけど……リンドバルの森でも牛肉消費するの?」

「うむ」

「ライとかドービィたちの餌?」


 ライは獅子の魔獣で、ドービィはグレートドラゴンである。

 両者ともヴァリミエが可愛がっている魔獣だ。


「もちろんそれもあるのじゃが……それはわずかな量じゃ。本命は近隣の街にも販売する分じゃ」

「ふむ。ミレットどう思う?」

「値段次第ですけど構いませんよ」


 それを聞いて、ヴァリミエは少し笑顔になった。


「価格はそれなりに高くできると思うのじゃ」

「リンドバルの森の周囲って旧魔王領だよな。牛肉の需要ってあるの?」

「旧魔王領では畜産は盛んではないからのう。移住してきた人族は牛の肉を食べたいに違いないのじゃ」


 ヴァリミエが言うには旧魔王領に住む魔族は魔獣の肉を日常的に食べている。

 だが、魔王討伐後に移住してきた人族には魔獣の肉は好まれないのだそうだ。


「牛の肉を食べたくても、旧魔王領は遠いじゃろ? 運ぶとなると高額になってしまうのじゃ」


 腐らせずに運ばせるには魔法の鞄が必要だ。それも色々な効果を盛り込んだ高い鞄だ。

 そうなると、どうしても高くなる。

 そこに、ヴァリミエはビジネスチャンスを見出したのだろう。


「では、ヴァリミエさん。量はいかほど……?」

「うむ、そうじゃな……」


 ミレットが、ヴァリミエとの交渉に入る。交渉はミレットの仕事なのだ。

 しばらくして商談が成立する。

 モーフィの肉全体の2割ほどをヴァリミエは購入したようだ。


「村で消費する分を除けば、まだ売ってないのは残り5割ぐらいかな」

「そうですね。とりあえず王都で値段を調べてみましょう」

「それがいいかもしれないな」


 会話をしながら、ミレットは細かい計算をしていた。


「うん。今年の税の分は、ヴァリミエさんが買い取ってくださった金額で何とかなりそうです」

「じゃあ、別に急がなくてもいいのかな?」

「一応冬の消耗品の買い出しとかもありますから」


 ミレットが言うには収穫した農作物は例年と同じ商人に売るらしい。

 その商人は、行商で村に物を売りに来てくれたりもするらしい。

 村とは長年の付き合いがあるのだろう。


 王都に売りに行く手順などの相談を終えたころ、クルスに尋ねられた。


「アルさん、代官は元気そうでしたか?」


 今日、クルスは領主の館に行っていた。


 代官補佐が一人更迭された後、クルス領の行政は複雑なことになっている。

 代官補佐の業務を代官が行い、代官の業務を新任の代官代行が行っているのだ。

 いま代官の執務場所である領主の館に常駐しているのは代官代行である。


「元気そうには見えたぞ。疲れてはいそうだったけどな」

「そうですか。おつかれでしたかー」

「二日ぐらい領主の館に戻らないで、村々を回っているって言ってたぞ」

「そうなんですね。ぼくもやることやっとかないと……」

「チェルノボクの教団について話そうと思ったけど、忙しそうだからやめといた」

「代官代行も忙しそうでしたし……。教団の税の査定は、ぼくがやるべきかもですね」


 クルスが真剣な顔でそんなことを言う。


「クルスにできるのか?」

「がんばれば、できるんじゃないかと思うんですけど……」


 その時ユリーナが力強く言った。

 ここぞとばかりに、クルスの手を両手で握っている。


「私が手伝ってあげるのだわ」

「ありがとう! ユリーナは頼りになるね」

「ユリーナにできるの?」


 俺の問いにユリーナは心外そうにする。


「これでも私は教会の幹部なのよ? 教団運営には造詣が深いの」

「弾圧しようとするなよ?」

「しないわよ! 失礼ね!」

『ゆりーなありがとー』

「チェルちゃんも安心しなさい」


 ユリーナはどや顔でそう言った。

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