第174話

 こちらに近づいてくる集団、その先頭の人物には見覚えがあった。

 クルス領の代官である。代官は馬に乗っていた。

 更迭された代官補佐の代わりに、検地をして回るという話は聞いている。


「お疲れ様です」

「これは、アルラさま。本当に衛兵をされていらっしゃるのですね」


 代官は俺に気づくと、大急ぎで下馬する。

 すぐにモーフィが、ヴィヴィの手から口を離して代官に駆け寄った。

 一方、フェムはびしっと立っている。


「もっも!」

「モーフィどの。お久しぶりです」


 代官に撫でられて、モーフィは嬉しそうだ。

 俺は近くで不安そうに立っている村長に代官を紹介することにした。


「村長、こちらは代官殿です」

「代官殿自らいらっしゃったのですか?」

「ほら、代官補佐はクビになったでしょう? はやく検地しないといけないので、新たな補佐を任命する時間がないんですよ」


 俺は村長へ丁寧に説明した。

 代官補佐は不正を行ったので、今は鉱山あたりで働いているはずだ。


 村長と代官は互いの自己紹介を済ませると、検地のために畑へと向かった。

 次期村長候補のミレットも同行している。


 俺はただの衛兵なので、門の前で待機である。

 俺と同じく置いて行かれたコレットが姉の後ろ姿を見送りながら言う。


「お姉ちゃん、忙しそうだね」

「そうだな」

「わふ!」

「フェムちゃん!」


 コレットが寂しがっていると思ったのかもしれない。

 フェムがコレットの顔をぺろぺろなめる。


「もぅ」「りゃ!」「ピギ!」


 モーフィとシギショアラにチェルノボクもコレットにじゃれつき始めた。


「きゃっきゃ!」


 コレットは嬉しそうにはしゃいでいる。


「みんな遊びたいの?」

「わふ!」「もっも!」「りゃっりゃ」「ぴぎー」

「じゃあ、なにして遊ぶ?」


 コレットは獣たちと一緒に仲良く遊び始めた。

 それを見ながらヴィヴィが言う。


「代官は大変じゃな」

「検地には部下も連れて行かないといけないから転移魔法陣も使えないしな」


 転移魔法陣は一応機密だ。セキュリティも厳重である。

 代官は存在を知っているし使用できるが、部下はそうではない。

 馬と徒歩で移動するしかないのだ。


「ティミショアラ……は難しいが……、ドービィに頼んで乗せて行ってもらえばいいのじゃ」

「いやー。それはどうだろう。代官は飛ぶのあまり好きじゃないと思う」

「ふむー。難しいのじゃなー」


 ヴァリミエが可愛がっているグレートドラゴンのドービィなら馬より速く移動できる。

 だが、普通の人間にとって、上空を飛ぶのはとても怖いものだ。

 それに落ちたら死んでしまう。

 そんなことを話していると、少し離れたところでコレットたちが鬼ごっこを始めた。


「まてまてー」

「りゃっりゃー」


 コレットとシギが鬼のようだ。モーフィやフェム、チェルノボクは逃げている。

 モーフィやフェムが全力で逃げたら捕まらない。手加減しながら逃げているようだ。

 幼児をあやすのが上手な獣たちだ。



「チェルノボクって全力で移動したらどのくらいの速さなのかな?」

「あまり速いイメージはないのじゃ」

「そうだなぁ」


 そのころ、チェルノボクはコレットにつかまっていた。


「ぴぎー」

「チェルちゃんも鬼だよ」

「ぴぎ!」


 捕まえるたびに鬼が増えていくシステムのようである。

 鬼になったチェルノボクはぴょんぴょん飛びながらモーフィたちを追う。


「結構速いな」

「そうじゃな。普通の人間よりは速いかもしれないのじゃ」


 意外とチェルノボクは速いようだ。

 鬼が三巡ぐらいしたころ、検地が終了した。


 村長と代官一行がこちらの方へとやってくる。


「お疲れ様です。結構早いのですね」

「はい。見るところは決まっておりますので」


 俺はチェルノボクを代官に紹介すべきか少し悩んだ。


「クルスから領内の教団について、何かお聞きになりましたか?」

「いえ、実は二日前から領主の館には戻っていなくてですね。伯爵閣下にはお会いできていないのです」


 領主の館とは、代官が執務する場所だ。

 検地のために、領主の館に戻らずに村々を回っているのだろう。


「そうでしたか。大変ですね」

「急いで検地を終えなければいけませんので。休んでいられません」


 代官はとても忙しそうだ。いま、死神教団について説明しても意味はないかもしれない。

 死神教団の税の査定については後回しでいいと思う。

 どちらにしろ、クルスが考えることだ。


「そうでしたか。お体にお気を付けください」

「ありがとうございます。伯爵閣下によろしくお伝えください」


 慌ただしく代官は去っていった。

 本当に忙しそうだ。


 代官が見えなくなってから、俺は村長に尋ねる。


「今年の税はどうなりましたか?」

「はい。去年よりも安くなりました」

「それはよかった」

「本当に、助かります」


 具体的な税額を聞いたヴィヴィが言う。


「ふむ。別に安くないのじゃ。正当な額じゃな」

「これまでの代官補佐が高めにとってたってことだろう」


 推定収穫量や、収穫物の品質など代官補佐はかなり高く査定するのが普通なのだ。

 正当な額に戻ったのなら何よりである。


「ところで、アルさん。肉の販売の方ですが……」

「明日にでも売りに行くことにしましょう」

「ありがとうございます」


 俺は税金を払うため、牛肉を売りに行くことにした。

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