第171話

 ムルグ村が見えてきたころには、時刻は昼過ぎになっていた。

 チェルノボクに念話のやり方を教えながら走ったので少し時間がかかったのだ。

 休憩も長めにとっておいた。


「チェル。あれがムルグ村だぞー」

『きれいなところー』

「あの建物が衛兵小屋だぞー」

『こやー』


 チェルノボクの念話の声から、はしゃいでいる様子が伝わってくる。

 今、俺は念話の魔法を使っていない。

 なんと、チェルノボクは念話をマスターしたのだ。


「簡単な魔法とはいえ、さすがに早すぎるのじゃ」

『わーい』


 ほめられたチェルノボクが嬉しそうにふるふるした。


「眷属の司祭と念話みたいなのつかってコミュニケーション取ってたからな」

「念話技術をマスターするのも早かったってことですか?」

「たぶんそうだ。力の入れ方とかそういうのが似てるんだろ」

「なるほどー」


 クルスは感心した様子で、肩の上のチェルノボクを撫でている。


「それに、念話自体は簡単な魔法だからな。使徒にとっては難しくないかも」

「じゃあ、ぼくも使えるようになりますかね?」

「練習すれば、多分」

「練習しようかなー」

『教えてやるから頑張るのだ』

「もっもう!」


 念話を使える獣たちがクルスを励ます。


「ぼくも練習しよー」

『がんばって』

「りゃっりゃ!」


 チェルノボクもクルスを励ましていた。

 シギショアラは俺の懐から顔だけ出した。シギもきっと励ましているのだろう。


 そのとき、少し遠くに見える衛兵小屋の扉がバンっと開いた。

 そして、人間形態のティミショアラが顔を出す。


「シギショアラの声が聞こえたのではないか!」

「ティミさん聞こえてないですよー」

「ティミねーちゃん、今朝から、もう五回目だよー?」


 大声で叫ぶティミのことを、ミレットとコレットがなだめていた。

 きょろきょろしていた、ティミがこちらを見る。


「あっ! シギショアラ!」

「りゃっりゃー」


 ティミショアラが駆けてくる。とても速い。

 顔が真剣過ぎて、少し怖い。


「お、おう。ティミショアラ。ただいま」

「あ、おかえり。シギショアラー。元気であったかー」


 俺の挨拶は軽く流された。ティミはシギの頭を撫でる。

 抱きしめたいのだろう。だがシギは俺の懐に入っている。

 取り上げていいものか悩んでいるのだろう。


「シギ、叔母さんにご挨拶なさい」

「りゃあ」


 シギはふわふわと浮かびながら懐から出る。


「シギショアラー。今日も可愛いな!」

「りゃっ」


 ティミはシギをほおずりしている。

 シギはそんなティミの頭を優しく撫でていた。心優しい子である。


 俺たちはティミと一緒に歩いて衛兵小屋へと向かう。


「おっしゃーん」

「アルさんおかえりなさい」


 コレットとミレットも走ってきた。

 コレットの頭を撫でてやる。


「ただいま」

「その子は?」

「ふよふよだ!」

『よろしくー』


 ミレットとコレットはチェルノボクが気になるようだ。

 まったく気にしていなかったティミとは大違いだ。


「立ち話もなんだし、小屋の中でお話ししよう」

「わかった!」

「みなさん、お昼ごはん食べましたか?」

「まだだぞ」

「用意できてますよ」


 ミレットの言葉に、ヴィヴィたちは目を輝かせた。


「ありがたいのじゃ! お腹がすいたのじゃ」

「ぼくもすごくお腹減ったよー」

「もっも!」


 フェムだけは無言だった。魔狼たちの手前、お腹が減ったとか言わないのだろう。

 だが、尻尾はびゅんびゅんとゆれていた。



◇◇◇◇

 ティミショアラとミレット、コレットに、これまでの経緯とチェルノボクについて説明した。

 その間に、ヴィヴィは転移魔法陣を倉庫に設置しに行った。だがすぐに戻ってくる。


「チェルちゃん、死神の使徒なんですね」

『よろしくー』

「内緒な。知られると誘拐されるかもだし」

「わかりました」

「わかった!」


 ミレットとコレットは真剣な表情でうなずいた。

 ティミはシギを撫でている。村に帰って来てから、ずっとシギを抱いている。


「死王はスライムであったか」

『よろしくー』

「ティミの方はなにかあった?」

「大公の宮殿への来客はあったぞ。古代竜の伯爵とか子爵とかだな。土産物もってやってきたぞ」

「りゃ?」

「シギショアラは何も心配しなくていいのだぞー。面倒くさいお礼状とかは全部われがやっておくのだ」

「りゃあ」

「よいよい。お礼など。叔母として当然のことだ」


 ティミとシギはとても仲が良い。良いことである。

 そんなことをしていると、ルカとユリーナが帰宅した。


「ルカもユリーナも今日は早いな」

「そろそろ帰ってくるかなって思ってね。早退したのだわ」

「もし、大変な事態になってたら駆けつけないと行けないし」


 仮にも死王を相手にするということで、心配していてくれたのだろう。

 とてもありがたい。

 俺はルカとユリーナにも昨日の経緯を説明した。


「死王はスライムだったとはねー」

「意外なのだわ」

『よろしくー』


 ティミと同じような反応だ。やはりスライムが死王だとは普通思わない。

 ユリーナが俺の左ひざに手を触れる。


「ひざは?」

「おかげさまでだいぶいいよ」

「昨日は魔法使ったのよね?」


 そう言いながら、ユリーナは魔法でひざを調べてくれる。


「うん。石はできてないわね」

「痛みはどうなの?」


 ルカも心配そうに俺のひざを観察する。


「少し痛いけど、我慢できない痛みではないぞ」

「そうなのね」

「チェルノボクが言うには不死殺しの矢で魂を傷つけられたから、痛みは完全にはなくならないみたい」

「厄介な話ね」


 それを聞いていたミレットが言う。


「でも、これまでみたいに発作みたいなのは起きないのでしょう?」

「おっしゃん、よかったね!」

「うん。ありがと。色々心配かけた」

「ひざの痛みがましになったお祝いと、チェルちゃんの歓迎会を兼ねて夕ご飯はごちそうにしましょう!」

『たのしみー』


 チェルノボクは嬉しそうにフルフルと震えた。

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