第170話

 帰ろうとする俺たちを司祭は引き留める。


「とっくに日もくれましたし、どうぞ泊まっていってください」


 ムルグ村までフェムたちが急いで3時間弱かかる。

 急ぎでもないのに、夜道を走りたくはない。


 それに司祭もチェルノボクとの別れも惜しみたいだろう。

 そう考えて、泊まらせてもらうことにした。


「アルフレッドラさまのお部屋はこちらです」

「ありがとうございます」

「ヴィヴィさまのお部屋は――」


 なんと一人一部屋与えられるようだ。

 よく考えたら普通のことなのだが、どうしても贅沢な気がしてしまう。


「モーフィさまはこちらで」

「もっ!」

『不要なのだ』


 なんともふもふたちにも、一部屋用意されているらしい。

 だが、モーフィもフェムも部屋はいらないという。

 そしてフェムもモーフィも俺の部屋に入ろうとしてくる。


「ベッド狭いけどいいのか?」

『気にしないのだ』

「もっも!」


 だが、ヴィヴィがモーフィの首に抱きついた。


「モーフィはわらわと一緒なのじゃ!」

「も?」


 それでもいいよ? という感じでモーフィはヴィヴィの部屋に向かった。

 ヴィヴィがモーフィと一緒に部屋の中に入った後、クルスがやってくる。


「今日はいっぱい体動かしましたねー」

「そうだな」

「早めに寝て、朝から村に向かって走りましょうか」

「それでいいぞ……、だがクルス」

「なんですか?」

「どうして俺のベッドに?」


 クルスは俺の部屋のベッドに自然な動作で入っていった。

 油断も隙も無い。

 フェムも気にした様子もなく、ベッドに横になっている。


「知らないところで一人で寝るのって心細くて」

「絶対嘘だ」

「嘘じゃないですよー」


 一緒に寝るのはかまわない。だが、衛兵小屋にある俺のベッドではないのだ。

 俺の寝るスペースが狭い。


「二人と一頭だと狭くないかな?」

『このままだと、アルが床で寝る羽目になるのだ』

「なんでまず俺が床なんだよ……」


 フェムはふわあと大きなあくびをする。


「仕方ないですねー、フェムちゃん、もっと詰めて」

『仕方ないのだなー』


 そんなことを言いながらスペースを作ってくれた。

 それでも狭い。だが、気にしない。

 冒険者はもっと過酷な場所で寝るのが普通なのだ。


 俺がシギと一緒にベッドに入ると、クルスがひざを触ってきた。


「ひざ、調子どうですか? 魔法結構使ってましたけど」

「調子がいいぞ。少し痛い程度だ」

「やはり前死王討伐とチェルちゃんの解呪の効果ですかね」

「だとおもうぞ」


 クルスはひざを撫でてくれる。シギも一緒に撫でてくれている。

 シギは可愛いだけでなく、優しい。


「ひざが治ったら、一線に復帰するんですか?」

「いやー。もともと魔王を倒したら隠居する予定だったからな」


 二十年ぐらい冒険者として死線を潜り抜け続けたのだ。

 休んでも罰は当たるまい。ずっとそう思っていた。


「それに、魔王になったから表立ってうごくのもな」

「なるほどー」


 クルスは俺のひざの治療のため、ずっと付き添ってくれていた。

 ものすごく世話になったと思う。


「クルス。ありがとうな」

「なにがですか?」

「ひざの石の成長を抑えるために、ずっとそばに居てくれただろ?」

「いえいえ、ぼくも楽しいですから!」


 無事に石の成長がなくなった。ということは俺に付き添う必要もなくなったのだ。

 クルスは勇者業に復帰するのだろうか。


「……なあ、クルス。仕事に……」

「くかーー」


 クルスはもう寝ていた。フェムを抱きしめている。

 そんなクルスの頭をシギが優しくなでていた。


「……わふ」


 少し困った顔をしてフェムがこちらを見てくる。

 なのでがんばれという視線を送ってから、俺は寝た。



◇◇◇◇

 次の日、俺たちは朝食をいただいてから帰ることになった。

 朝食後、全員がヴィヴィの部屋に呼び出された。


「これを見るのじゃ」

「ぴぎ?」

「これは一体なんでしょうか?」


 チェルノボクと司祭は何かわかっていない。

 だが、俺たちにはすぐわかった。転移魔法陣だ。


「これはじゃな……」


 ヴィヴィが丁寧に説明していく。勝手に設置して怒られないだろうか。


「ヴィヴィ、勝手に設置して……」

「いえ! とても嬉しいです!」

「そうであろそうであろ。この部屋自体にも防御魔法陣をしっかりかけておいたのじゃぞ」


 ヴィヴィは胸を張る。

 チェルノボクはふるふる震えた。何かしゃべりたいのかもしれない。

 念話を使えるようにする。


『ありがとー』

「とてもありがたいことです」

「セキュリティの関係があるからのう。司祭殿がすぐにこっちに来れるわけではないのじゃが……」

「それでもありがたいことです」


 司祭が転移魔法陣を使えるようにするには、セキュリティ登録しなければならない。

 そのためには、こちらからセキュリティ端末を教団へ運ぶ必要がある。


 内緒であることや、セキュリティの説明などをすませる。

 司祭は真剣な顔で聞いていた。


 それから帰る準備をする。

 準備を終えた俺たちに司祭はチェルノボクを手渡してきた。

 受け取ったのはクルスである。


「チェルちゃん、よろしくねー」

「ぴぎー」

「主上をどうかよろしくお願いいたします」

「はい。お任せください」


 司祭はとても名残惜しそうだ。

 そんな司祭に向けてヴィヴィが言う。


「村に着いたら、転移魔法陣を設置するから、来ようと思えばすぐに来れるのじゃ」

「そうですね。それなら寂しくないです」

「ぴっぴぎ!」

 

 司祭をおいて、俺たちは帰路につく。

 司祭はずっと頭を下げ続けていた。死神教団は司祭がいれば、きっと大丈夫だろう。



 ムルグ村への帰路をフェムたちは高速で走っていく。

 昨日はたくさん走ってもらった。


 ムルグ村から教団への往路。

 ドラゴンゾンビ退治の裏山登り。前死王のアジトへの移動。

 加えて戦闘時の機動も激しかった。


「昨日はいっぱい走ってもらったけど……大丈夫? 疲れてない?」

『一日眠ったから余裕なのだ。フェムは魔狼王なのだぞ』

「もっもう!」


 フェムとモーフィは元気だ。さすがである。

 体力が馬の比ではない。


「ありがとう。でも絶対無理はするなよ? 急ぎではないから」

「もう!」

『わかっているのだ!』


 そして俺はクルスを見た。

 クルスは肩にチェルノボクを乗せて走っている。


「クルスも大丈夫?」

「大丈夫ですよー。最近運動不足気味だったので気持ちいいです」

「クルスも無理するなよ」

「はーい」

「りゃっりゃー」


 シギショアラも元気だ。

 シギは高速移動中は、いつも大体ご機嫌なのだ。


 俺は走りながら、クルスの肩に乗るチェルノボクを見る。

 スライムの感情は、見た目ではよくわからない。

 俺は念話を使えるようにしてからチェルノボクに語り掛ける。


「チェル」

『どうしたの?』

「念話の練習してみよう」

『できるかなー』

『教えてやるのだぞ』

「多分できると思うぞ、難しい魔法じゃないしな」

『がんばるー』


 それからは念話の練習をしながら、ムルグ村へと走った。

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