第169話

 前死王のアジトを処理した後、俺たちは教団へと戻った。

 チェルノボクは、行きと同じくクルスの胸元に入っている。

 今度は門番も、クルスの豊満になった胸に何も言わなかった。


 教団の建物内部では、司祭が待っていた。


「ど、どうでし……、あっ。まずはこちらに……」


 司祭は一度尋ねかけて、周囲に信者がいることを思い出す。

 慌てたようすで奥の部屋へと通された。


「どうなりましたでしょうか」

「ちゃんと倒せましたよ」

『たおしたー』


 クルスの胸元からチェルノボクが飛び出した。地面でぴょんぴょんとはねている。

 モーフィがすぐにチェルノボクに駆け寄る。鼻先で突っついたりして遊び始めた。

 フェムもチェルノボクの体を前足でつんつんしている。


「ぴぎぴぎー」

「もっもう!」

「わふう」


 チェルもモーフィもフェムも楽しそうである。

 シギショアラも、混ざりたくなったのだろう。俺の懐から飛び出していく。


「りゃっりゃ!」

「ピギ!」


 シギはふわふわ飛びながら、チェルノボクの上に乗る。

 チェルノボクは楽しそうにふるふるしている。

 そんな様子を司祭は微笑みながら眺めていた。


「そうですか。先代は無事に神のもとに還りましたか……」

「クルスが聖剣で切り裂いて、チェルノボクがターンアンデッドで天に還しました」

「ありがとうございます……。やっと肩の荷が下りました」


 死神教団にとって、先代死王の討伐は、神託によって下された神命だ。

 命に代えても達成しなければいけないものだ。

 達成できずにいた日々における精神的な重圧はすごいものがあったのだろう。


「先代はゾンビになっていましたよ」

「なんと……」


 司祭は唖然とする。

 仮にも死神の使徒だったのだ。ゾンビになどなるわけないと思っていたのだろう。

 リッチやドラウグル、スペクターなどになったと予想していたのかもしれない。

 俺もそう思っていた。


「神罰……なのでしょうか」

「わからないです。神の意思は人の身で推察する事など不可能かと」

「魔神の使徒さまがそうおっしゃるなら、そうなのかもしれませんね」

「私も神の意志など感じたこともありませんし……」

「ぼくもないですねー」

「先代は神託を受けたりされてたんですか?」

「恐らく受けてないと思います……」


 チェルノボクを撫でていたヴィヴィがこちらを見た。


「チェルは死神のお気に入りなのじゃな」

「ぴぎ?」

「そうかもな」


 そのあと、教団で夕食をごちそうになった。

 お礼を兼ねているのだろう。

 夕食が運ばれてくる頃には、とっくに太陽は沈んでいた。


「ぴぎ!」

「チェルノボクのご飯は人間の食べ物と同じなんだな」

『そなのー』


 司祭が言う。


「主上はなんでもお食べになります」

「なんでもっていうと?」

「草花から虫まで……その他にもいろいろ……」

『でもごはんおいしいー』


 なんでも食べられるが、人間の食べ物が好きということだろう。

 食べられると食べたいは違う。人間だってヒドラの肉を食べられるが食べたくはない。


 食事が終わった後、司祭が深々と頭を下げた。


「使徒さまがたにお願いがあります」

「なんでしょうか」

「主上を……保護していただきたいのです」

「保護ですか?」


 司祭はチェルノボクを見てから、深くうなずいた。


「そうなのです。主上はここにいるべきではないと思います」

「どうして、この教団に居たらだめなの? チェルちゃん、主上だし偉いんじゃないの?」

「もちろん偉いです。ですが、我が教団の戦闘力は乏しいのです。裏山にいるドラゴンゾンビも倒せないほどで……」


 それは普通のことだ。乏しいというほどでもない。

 だが、ムルグ村に比べたら戦闘力は乏しいだろう。


「もしまた魔人王のようなものが現れたら、主上はさらわれ利用されてしまいます」

「それは確かにそうじゃな。チェル自体の戦闘力が乏しくても、使徒の権能は便利じゃし」

『こわいー』


 チェルノボクはぷるぷるしている。これは恐怖からの震えなのかもしれない。


「アル。どうするのじゃ?」

「ぼくはチェルちゃんと暮らすの楽しそうだと思うなー」

「チェルはどう思う? 司祭と離れても平気なの?」

『うーん』


 チェルノボクは考え込んだ。スライムの表面がふよんと揺れている。

 司祭はもともとチェルノボクの飼育係だったとのことだ。

 飼育係とスライムというのがどういう関係なのかは、俺にはよくわからない。


 そんなチェルノボクに向けて司祭が言う。


「使徒さまたちの村はそう遠くありませんし、すぐに会えますし」

『うーん。なら、だいじょうぶだよー』

「そうか。チェルも一緒にムルグ村に来るか」

『いくー』


 ヴィヴィが司祭に向けて尋ねる。


「教団は大丈夫なのかや? 使徒は一番偉いのじゃろ?」

「それは大丈夫です。使徒さまは常にいらっしゃるわけではないですし」

「教団が分裂したりとかはしないのかや?」

「それも大丈夫だと思います。主上は近くにいるわけですし」


 教団も安定して、チェルノボクも一緒に来たいのなら俺としては文句はない。

 チェルノボクをムルグ村へと連れて帰ることにした。

 クルスは嬉しそうにチェルノボクを撫でる。


「チェルちゃん、よろしくね」

「ぴぎ!」


 チェルノボクを撫でていたクルスが、思い出したように言う。


「あ、税のこと忘れてた」

「あぅ」


 司祭が一瞬ひるむ。


「宗教団体だから税率の設定とか難しいんですよねー」

「はい……」

「うーん。代官……、もしくは代官代行を向かわせるのでよろしくです!」


 代官はムルグ村周辺の代官補佐業務で忙しい。代官代行もおそらく忙しい。

 だからといって、代官補佐には荷が重い。代官補佐は基本的に農村出身者なのだ。

 畑の査定は得意でも宗教団体の査定は難しかろう。

 だから代官か代官代行でなければならないのだ。


「わかりました……」

「そう、悪くしないように言っておきますから安心してください!」

「よろしくお願いいたします」


 司祭はもう一度深々と頭を下げた。

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