第143話

 陳情に来た村人が帰ると、クルスは鼻息を荒くした。

 どや顔でこちらを見てくる。


「どうですか、アルさん!」

「おお、よかったと思うぞ」

「えへへ」


 クルスは照れていた。

 ヴィヴィがモーフィを撫でながら言う。


「クルスは陳情の対応うまいのじゃな」

「そうかな? えへへ」


 クルスは特殊な育ち方をしてはいるが、庶民出身だ。

 だから庶民相手の陳情の対応などはうまいのかもしれない。

 この前の、代官補佐に対する訓示も大したものだった。

 もしかしてクルスは領主向けの人材なのかもしれない。


「もっもー」

 モーフィもヴィヴィに同意するように鳴く。

 それが嬉しかったのか、クルスはモーフィを撫でにいく。


「モーフィえらいねー」

「もにゅもにゅ」


 撫でに行ったクルスの右手を、素早くモーフィは咥えた。

 右手を咥えさせたまま、クルスは左手でモーフィを撫でまくる。


「もう、モーフィはすぐ手を咥えるんだからー」

「もっもにゅ」

「りゃありゃあ」


 シギショアラも楽しそうだと思ったのか、クルスのところに飛んでいく。

 クルスの肩に乗って髪の毛の中にもぐろうとする。

 それからクルスの口を無理やり開けさせ、口の中に手を突っ込んでいる。


「ふぉっふぉ、ふぃふぃ、ふゅふぃふぁふぁふぇふぇ」


 さすがに何を言っているかわからない。

 口を無理やり開けさせられて、舌をつかまれている。仕方ない。

 きっと、「ちょっとシギ、口はやめて」とか言っているのだろう。


「クルスは大人気じゃな」

「ふぇふぇふぇー」


 なぜかクルスは照れていた。

 あまりにやりすぎだと思うので、シギをクルスから離して机に乗せる。


「りゃ?」

「人の口をいじったり、舌をつかんではいけません」

「りゃあ」


 これも大事な躾けである。見知らぬ人の舌をつかみに行く子になっては困る。

 一方、フェムは俺の手を鼻先で下から突っついていた。まるで俺の手を自分の頭の上に乗せようとしているようだ。

 とりあえず、無言で俺はフェムの頭を撫でておいた。


「わふぅ」


 フェムが気持ちよさそうに鳴く。尻尾もぶんぶん揺れている。

 そこに代官が帰ってきた。クルスが笑顔で出迎える。


「あ、おかえりなさい。早かったですね」

「はい。それにしても便利ですね。転移魔法陣を二つくぐれば、すぐ王都とは」

「いつでも使っていいですけど、一応内緒ですよー」

「はい、心得ております」


 王都の転移魔法陣は、クルスの館にある。

 そろそろ、魔法陣部屋には防御魔法陣を描いたほうがいいかもしれない。

 俺がそんなことを考えていると、クルスは代官に向かって不安そうに尋ねる。


「ところで、代官代行やってくれそうな人は見つかりましたか?」

「なんとか見つかりそうです」

「それはよかったです」


 クルスは安心したようだ。

 だが俺はまだ不安である。


「どのような方ですか?」

「はい、子爵閣下。内務省を引退したばかりの方なのですが、責任感の強い立派な方です」


 代官がそういうのならば、ひとまず安心である。

 クルス領の行政の正常化まではまだ少しかかりそうだ。

 だが、正常化への目途はついたのかもしれない。


 クルスと代官は真剣な表情で、代官代理人事や代官補佐業務について話し合いはじめた。

 その間、俺とヴィヴィは獣たちを撫でながら過ごした。

 日がそろそろ沈みそうになったころ、やっと話し合いは終わった。


「それじゃあ。代官お願いね」

「お任せください」


 深々と礼をする代官に見送られて、俺たちはムルグ村へと戻った。

 ムルグ村の転移魔法陣を設置してある部屋に到着する。

 そこで俺は切り出した。


「クルス。ヴィヴィ。転移魔法陣の防犯を考えよう」

「防犯ですか?」

「ふむ? つまりどういうことじゃ?」

「悪い人に勝手に利用されたら困るだろ? 防御魔法陣で魔法陣の部屋を固めたりゴーレムを配置したらいいと思って」

「それもそうじゃな」

「たしかに」


 ヴィヴィとクルスは納得してくれた。

 早速、転移魔法陣を通って、王都のクルスの屋敷に向かう。

 クルスの屋敷についたヴィヴィは、壁を調べながら言う。


「クルスの屋敷には、すでに防御魔法陣を刻んであるのじゃな?」

「うん。そうだよー」

「でも、脆弱なのじゃ」

「そうなの? 結構高かったんだけどー」

「わらわに任せるのじゃ」


 素早くヴィヴィが魔法陣を刻んでいく。

 クルスの館の使用人は、ヴィヴィを見ても慌てない。慣れたものである。

 ムルグ村に帰る途中のルカが通りかかった。


「あら。アルたちじゃない。どうしたの? こんなところで」

「うむ。転移魔法陣の部屋と、クルスの屋敷の防犯を考えようということになってな」

「なるほど、確かに大事ね」


 ヴィヴィは手慣れたものである。防御魔法陣をてきぱき描いて行っている。

 俺も負けてはいられない。


「俺はゴーレムを作ろう」

「あまり大きいのは作らないほうがいいわよ?」

「わかってるって。室内だしな」


 魔法の鞄からオリハルコンを取り出すと、成型する。

 大きさは小さめだ。ヴィヴィより一回り小さいぐらいの人型を作った。

 それをみてルカが言う。


「小さくてかわいいわね」

「そうだろう、そうだろう。あとは動かすための魔法陣を刻まねば」


 素早い動きと耐久力、そして攻撃力を兼ね備えたゴーレムを作らねばならない。

 自分なりに満足のいくゴーレムができた。


「完成だ」

「これどういう判断で攻撃開始するの?」

「……それは考えてなかった」

「じゃあ、ダメじゃないの」

「たしかに……」


 ルカの指摘のとおりである。

 一番簡単なのは動くものを攻撃する方式だ。その場合、ルカたちも攻撃されてしまう。

 少なくとも敵味方を識別する機能がないと困る。


「そうなると、かなり複雑になるな……」


 この場で構築するのは難しい。

 そんなことを考えていると、魔法陣部屋の外からシギの声が聞こえてきた。


「りゃっりゃー」

「もう、シギちゃんスカートを引っ張ったらだめなのだわ」


 部屋の外をみると、シギがユリーナのスカートを引っ張って遊んでいた。

 ユリーナもムルグ村に帰るためにここを通ったのだろう。


「シギ。スカートをめくってはいけません」

「りゃ?」


 なんで? シギの目はそう言っている気がした。


「スカートをめくったら下着が見えちゃうでしょ?」

「りゃ?」


 それでも、シギはなぜダメなのかわかっていないようだ。

 基本全裸の、古代竜に羞恥心について教えるのは難しい。

 そこにクルスがヴァリミエを連れてやってきた。


「あのねシギちゃん。スカートの中には見られたくないものがあるんだよ」

「りゃあ?」

「隠し武器とか」

「りゃ!」


 やっと、シギは納得したようだった。

 ひとまずスカートをめくってはいけないということを学べたのならいいと思う。

 ヴァリミエが言う。


「クルスに呼ばれてきたのじゃが……防犯対策をしておるそうじゃな?」

「そうそう。いまヴィヴィが防御魔法陣を描いてくれているんだ」

「ムルグ村の倉庫にはすでに防御魔法陣は描いておるのじゃったな?」

「うん、リンドバルの森の方は?」

「もちろん、ばっちりじゃぞ」


 そう答えた後ヴァリミエは考える。


「そうじゃなー。一ついい方法が思いついたからわらわに任せるのじゃ」

「それはいいけど……」

「ふふん。明後日ぐらいにはできるからのう。見て驚くがよいのじゃ」


 ヴァリミエは自信ありげにそういった。

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