第144話

 クルスの館に防御魔法陣を描いてから俺たちはムルグ村に帰還した。

 セキュリティ装置についてはヴァリミエが考えてくれるらしいのでお任せすることにした。

 統合的なセキュリティシステムを考えてくれるらしい。


 その日の夜。

 俺が寝ようと自室に戻ると、クルスが待っていた。

 眼鏡をかけて読書をしている。


「あ、アルさん。もう寝ますか?」

「そうするつもりだったけど……、今日はなんの本を読んでいるの?」

「支配と論理って本ですよー」

「へ、へー」


 この前読んでいたのは伝記だった。それに比べて難しそうなタイトルである。

 クルスに理解できるのであろうか。


「頑張っているんだなぁ」

「えへへ」

『ほんとにわかっているの――わふっ!』


 フェムが余計なことを言いかけたので、後ろから抱きかかえた。

 クルスのやる気をそぐようなことは言わなくていいのだ。

 俺に持ち上げられたフェムは前足をピンと前に出し、後ろ足だけで立っている状態だ。


「フェムはいい子だなー、よーしよしよしよし」

「わ、わふ!」

「いい子だねー」

「わふぅ」

「もっも」


 俺が後ろからお腹を撫でまくると、クルスも一緒に撫で始める。

 そして、モーフィもフェムをべろべろ舐め始めた。

 フェムは立ったまま困惑して、きょろきょろしていた。

 そのまま、フェムをベッドに連れていく。


「よーしよしよし」

「もふもふだねー」

「もっもっも」

「りゃっりゃっりゃ」


 とにかくフェムを撫でまくった。

 当初のクルスのやる気をそぐ発言を防ぐという目的など忘れて撫でまくった。

 モーフィもぺろぺろフェムを舐めて毛づくろいしている。

 シギショアラも小さな手で一生懸命フェムを撫でていた。俺の真似をしているのかもしれない。


「わふう」

 撫でられまくったフェムがうとうとし始めたので、みんな眠った。



 次の日は朝から代官所の支所に転移魔法陣を届ける準備を始めた。

 俺は準備をしながら、クルスに尋ねる。


「支所って執務室みたいなのってあるのかな?」

「どうでしょうか。あるんじゃないですかね」

「ないと思うのじゃ。もしあったとしても使われてない部屋はないと思うのじゃ」


 ヴィヴィの指摘は正しい気がした。

 領主裁判の時、代官所の支所に立ちよった。建物の中を詳しく調べたわけではない。

 だが、領主の館に比べて小さかった。使っていない部屋はないと考えたほうがいいだろう。


「じゃあ、転移魔法陣を設置する小屋も建てないとだな」

「そうじゃな……どうせなら……」


 ヴィヴィがにやりと笑う。

 何かいいことを思いついたようだ。


「いつもの防御魔法陣だけでなく、隠ぺいの魔術もかけてみたらどうじゃ?」

「代官補佐たちに転移魔法陣の存在を知らせないってこと?」

「そのとおりじゃ。少し離れた場所にこっそり小屋を建ててじゃな……」


 そこまで言って、ヴィヴィはクルスを見る。

 この作戦はクルスが賛成するかどうかが一番大事なことだ。


「クルスはどう思うのじゃ?」

「うーん。面白いかもー、でもばれたときに壊されないかな?」

「クルスの名前を彫っておけばいいのじゃ」

「なるほどー。じゃあ、そうしよっかー」


 クルスの同意を得たので、隠ぺい作戦を前提にして準備を進める。

 速やかに、かつひそかに小屋を建て、魔法陣を設置しなければならない。

 小屋の資材もこちらから持って行った方がいいだろう。


「これからの季節、木材は燃料にもなるし、石を中心に持って行こうか」

「そうじゃな」

「魔法の鞄につっこんでいきますねー」


 衛兵小屋を建てたときに使った資材が余っているのだ。

 それを魔法の鞄に入れていく。クルスと俺の魔法の鞄になら、小屋四つ分の資材は充分入る。


 準備を終えると、出発した。

 昨日と同じく、俺はフェムに、ヴィヴィはモーフィに乗って、クルスは走る。

 一時間ほどで、代官所の支所の近くに到着した。

 ムルグ村から最寄りの支所、つまりムルグ村を担当する支所である。

 代官補佐は更迭したばかりなので今は不在だ。


「これ以上近づいたらばれそうだからな」

「アルさん、隠ぺいの魔法お願いします」

「了解」


 俺は自分たちに隠ぺいの魔法をかける。

 これは主に敵の多いエリアを進むときに使う魔法である。認識阻害系魔法の一種だ。

 完全ではないが、素人相手には充分効果が見込める。

 そうしておいてから小屋を建てる。


「素早くいくぞ」

「はい」


 土台を整地し、石を組み立てる。

 一辺が成人男性の身長の二倍ほどの立方体を作っていく。

 10分ほどで完成した。


「あとはわらわに任せるのじゃ」

「頼む」


 ヴィヴィが防御魔法陣と隠ぺい魔法陣を刻んでいく。

 それが終わった後、転移魔法陣を設置し起動して終了だ。


「あ、ぼくの名前を書いておかないと」

「それは任せろ」


 俺はクルスの名前を小屋の正面に刻んでいく。

 魔法陣を壊さないように気を付けつつ、魔法で石に刻むのだ。


「こんなもんかな」

「なんて書いたんですか?」

「ん? こんな感じ」


 『これはクルス・コンラディン伯の所有物なり。触ることまかりならぬ』


「なるほどー。これなら、代官補佐たちにばれても壊されなさそうですね」

「よし、次に行くぞ、次」


 素早く次の支所へと向かう。

 転移魔法陣を通ってムルグ村に戻って、領主の館に行く。そこから次の支所に向かうのだ。

 領主の館から各支所は大体、馬で二時間ほどの距離にある。

 ムルグ村から向かうよりも速いのだ。


「領主の館から各支所へは、フェムたちの足なら一時間で行けるからな」

「残り三か所、三時間で回れますね」

「休憩もはさんだり、小屋を建てたりする時間も考えても一日で回れそうだな」

「いいですね!」


 転移魔法陣設置作業は、順調に進む。


「もっもー」

「わふ」


 モーフィは思いっきり走れて嬉しそうだ。

 フェムもさっぱりした顔をしている、ような気がする。ストレス解消にいいのだろう。


「フェム、最近ちゃんと走ったり穴掘ったりしてる?」

「わふ?」

「体動かさないと、うずうずしてこない?」

『大丈夫なのだ。適度に動かしているのだ』

「それならいいけど」


 ドービィが入った温泉づくり。あれもストレス解消の穴掘りだったのかもしれない。

 適度に穴掘りしてほしいものである。


 日没前には、四つの支所すべてに転移魔法陣を設置できた。

 ムルグ村に帰ると、ヴァリミエが待っていてくれる。


「お、終わったのじゃな?」

「無事設置できたぞ」

「ふむ。ちゃんと防御魔法陣で囲んであるのじゃな?」

「姉上、任せるのじゃ。わらわがきちんとやったのじゃぞ」

「偉いのじゃ」


 ヴァリミエはヴィヴィの頭をよしよしと撫でる。


「ヴァリミエ。セキュリティの件だけど……」

「うむ。安心するのじゃ。防御魔法陣に囲まれているのならば、さほど難しくはない」

「そうなの? 敵味方識別とかも大丈夫?」

「それも大丈夫じゃ。ヴィヴィ」

「姉上、なんじゃ?」

「ヴィヴィの作った防空の危機察知魔法陣のコアに接続させてもらってよいかのう?」

「コアはかなり余裕をもって作ってあるから構わないのじゃ」


 姉妹で専門的な会話を始める。

 少しついて行けない。


「どういうこと?」

「うむ。説明するのじゃ」


 ヴァリミエが説明してくれる。

 味方以外は扉を開けられないようにするというのが、ヴァリミエの考えたセキュリティだ。

 それにヴィヴィの作った危機察知魔法陣の敵味方識別機能を利用するのだという。


「どうやって接続するのか見せてもらっていい?」

「興味があるのじゃな。構わぬのじゃ」


 ヴァリミエはてきぱきと、各転移魔法陣と、コアとの間の魔術的接続をつなげていく。

 俺の知らない技術もかなり含まれていた。

 魔族側で発展した魔法体系なのだろう。


「セキュリティを起動する前に、登録しないとダメじゃ」

「あ、代官呼んできますね」


 クルスが代官を連れてくる頃には、ルカたちも帰宅していた。

 ヴァリミエにライとドービィという、リンドバルの森組も登録した。

 全員の味方登録が済んだ後、セキュリティを起動する。


「これで、登録されていないものが魔法陣部屋の扉を開けることができなくなったのじゃ」

「ヴァリミエ、ヴィヴィ、ありがとう」

「気にするでないのじゃ」

「えへへ」


 ヴァリミエとヴィヴィは照れていた。

 これで転移魔法陣が悪用される可能性はかなり低くなった。安心である。


 ほっとした瞬間。俺の左ひざに激痛が走った。

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