第138話

 ティミショアラの後ろ姿があっという間に見えなくなる。

 それを見ていたルカが言う。


「相変わらず速いわね」

「ほんとに速いな」

「りゃっりゃ!」


 シギショアラも興奮気味に羽をパタパタさせる。

 ふわふわ浮いていて可愛らしい。


「ぎゃ……」

「む?」


 控えめな声がした。

 振り返るとドービィがいた。ドービィはヴァリミエが可愛がっているグレートドラゴンだ。

 リンドバルの森から転移魔法陣を通ってきたのだろう。

 ドービィが通れるように、倉庫を改装した甲斐があるというものだ。


「ドービィどうしたんだ? そんなところで」

「……ぎゃ」

「がう?」


 ドービィは倉庫の陰から顔だけ出して、こっちを覗いている。

 ドービィの陰にライもいた。ライはヴァリミエの相方の大きな魔獣の獅子である。

 そんなドービィとライをみて、ヴァリミエは首をかしげる。


「どうしたのじゃ、ライとドービィ。まるで怯えているようではないか」

「ぎゃ……」

「ドービィ、ほんとにどうした?」


 特にドービィの様子がおかしい。

 俺は倉庫の陰に、ドービィの様子を見に行った。

 ドービィは股の間に尻尾を挟んでプルプルしていた。地面には黄色めの液体が広がっている。

 これは漏らしたに違いない。

 ライも少し怯え気味ではあるがドービィほどではない。


「ど、どうしたのじゃ!」

「ぎゃうぎゃう」


 驚くヴァリミエに、ドービィは頭を押し付ける。

 そんなドービィをヴァリミエは優しく抱きしめて、撫でてやっていた。

 それを見ていたフェムが言う。


『フェムにはわかるのだ』

「なにが?」

『おそらくヴァリミエを追って、ドービィは倉庫から出てきたのだ。そして、ティミショアラを見たのだ』

「ふむふむ」

『ならば、こうなるのも必然なのだ』


 フェムはどや顔をしている。

 フェムの尻尾がびゅんびゅん揺れていた。


「古代竜の姿を見て怯えたってこと?」

『そうなのだ。古代竜の威容はすごいからな。フェムみたいな特別勇敢な獣以外はああなっても仕方ないのだ』


 フェムも怯えまくっていた癖によく言うものである。

 ティミに怯えてなかったのはモーフィぐらいだ。


「ああ、そう」


 だが、俺はフェムに突っ込むのはやめておいた。

 魔狼がどこで見ているかわからないのだ。王の矜持を傷つけてはかわいそうである。


「もっも!」

 一方、モーフィはドービィのお腹をべろべろ舐めていた。

 モーフィなりに励まそうというのだろう。効果があるのかわからない。


「ぎゃ……」

『怖がらなくていいのだぞ?』

「ぎゃ?」

『アルの方が強いのだからな』

「……ぎゃっぎゃ」


 そんなことをどや顔でフェムが語っている。

 それは昨日俺が言ったことではないか。


 シギはふわふわ飛んで行って、ドービィの頭を撫でていた。

 クルスも慰めるように言う。


「ドービィちゃん。怖がらなくても大丈夫だよ。あの人は怖くない人だからね」

「人って言うか竜だけどな」

「ぎゃぁ」


 ドービィがムルグ村を怖がるようになったら可哀そうだ。

 ムルグ村で楽しい思いをしてもらおうと思う。


「ドービィ。何かやりたいこととかある?」

「ぎゃ?」

『温泉にでもはいるといいのだ』

「さすがに衛兵小屋の温泉は無理だぞ」

『村の外にもあるのだ』


 フェムがすたすた歩いていく。

 俺たちもドービィを連れて、ついて行く。


「ぎゃあ」

 怯えたドービィは両手でヴァリミエの腕をつかんでいる。

 ドービィはティミほどではないが、充分巨大だ。まるでヴァリミエを爪の先でつまんでいるように見える。

 ライもヴァリミエに寄り添うようにくっついている。なんか可愛い。

 しばらく歩いて、フェムが止まった。


『ついたのだ』

「いつの間にこんなものを……」

『小屋を作るときにアルが石材と粘土をとった跡地を利用したのだ』

「結構大きいな」

『魔狼たちと一緒に穴を掘って広げたりしたのだ』


 いつの間にそんなことをしていたのだろうか。俺はまったく知らなかった。

 ドービィも入れそうな大きな温泉である。


『近くに温泉が湧き出ているとこがあったから、引き込んだのだ』

「フェムすごい!」

「わふ!」


 クルスにほめられて、フェムは自慢げだ。尻尾を振りながらこっちをちらちら見てくる。

 俺にもほめて欲しいのかもしれない。


「フェム、すごいぞ」

「わふわふ!」

「もっも」


 一方、モーフィは、すでに温泉に入っていた。

 気持ちよさそうに、くつろいでいる。


『ドービィも入るといいのだ。気持ちいいのだぞ』

「ぎゃっぎゃ」


 ドービィは恐る恐るといった感じで温泉へと入る。

 そして、気持ちよさげに、伸びをした。


「がうがぅ」

 ライも入って泳ぎはじめた。気持ちよさそうだ。

 ネコ科なのにライは温泉が気に入ったらしい。


「ぎゃあ」

「どうしたのじゃ?」


 ドービィが温泉から首を伸ばしてヴァリミエに鼻を押し付けていた。

 ふんふん言っている。


「ドービィはヴァリミエに一緒に入ってほしいんじゃない?」

「そうなのかや?」

「ぎゃっぎゃ!」

「でも、恥ずかしいのじゃ」

「これは気付かなくてすまなかった。俺は離れておこう」


 俺は後ろを向いた。


「気を使わせてすまないのじゃ」

「いやいや、当然だぞ。俺は小屋にいるから、思う存分楽しんでくれ」


 俺は小屋に戻ろうとした。その時、

「もっもーー」

「うぉ!」


 いつの間にか回り込んでいた、モーフィの突撃を食らった。

 吹っ飛ばされて温泉に落ちる。


「うわ!」「ちょっと!」

 ヴァリミエやクルス、ヴィヴィ、ルカ、ユリーナも次々飛ばされて、温泉に落ちてきた。

 みんなを温泉に吹っ飛ばしたモーフィはどや顔をしている。

 そしてモーフィ自身も温泉に入ってきた。


「もっもー!」

「モーフィ。急にどうした」

「モーフィはみんなで温泉に入りたかったのじゃ」


 ヴィヴィはぷかぷか浮いている。

 着衣のまま、温泉に入るのは初めてかもしれない。


「服のまま入るのも、意外と気持ちいいな」

「着替えるのが面倒だけど」

「たまにはこういうのもいいのだわ」

「まあ。いいかー」

 クルスたちも気に入ったようだ。適当にくつろいでいる。


「ぎゃっぎゃ」

「ドービィ、元気になったかや?」

「ぎゃあ!」


 ヴァリミエと一緒に温泉に入れて、ドービィはとても嬉しそうだった。

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