5章

第139話

 服のまま温泉に入って遊んだ日の午後である。

 衛兵業務についていた俺の横でクルスが本を読んでいた。

 そんなクルスが言う。


「そうだ。アルさん。転移魔法陣を領主の館と支所に設置しましょう」

「ほう? いいかもしれないけど」

「でしょ! ヴィヴィちゃんどうかな!」


 いつものように地面に魔法陣を描いていたヴィヴィが立ち上がる。

 ヴィヴィは大きく伸びをした。

 立ち上がったヴィヴィに反応して、モーフィが鼻を押し付けに行く。


「そうじゃな。さほど手間でもないし、かまわないのじゃ」

「ありがとう」


 ヴィヴィはモーフィを撫でていた。

 モーフィは気持ちよさそうだ。


「代官所と支所に転移魔法陣があれば、いつでも行けるようになるし。緊張感が生まれるかもな」

「アルさん、さすがです。それが狙いなんです。抜き打ち検査とかもしやすいしー」


 クルスも一生懸命考えているようだ。

 自分の所領で代官補佐に好き勝手やられたのがよほどショックだったのだろう。

 クルスは、もともと努力家で真面目なのだ。

 モーフィを撫でながらヴィヴィが言う。


「で、魔法陣を刻むのにちょうどいいアイテムはあるのかや?」

「えっとね……」


 クルスが魔法の鞄を、がさごそ探し始める。

 絶対また、なかなか見つからないパターンである。

 俺の肩の上に乗っていたシギショアラがクルスに向けてパタパタ飛んでいく。


「りゃ!」

「シギちゃん、どうしたの?」


 シギはクルスの頭の上に乗った。

 シギにとって、クルスの魔法の鞄はおもちゃが入っているものという認識なのだろう。

 ちなみに俺の魔法の鞄はご飯が入っているものという認識である。

 お腹が減ると、俺の魔法の鞄をいじり始めるのだ。


「これはどうかなー?」

「いや、無理じゃろ」

「りゃっりゃ!」


 クルスが出してきたのはお皿だった。なぜかそのお皿はミスリル製だった。

 お皿がミスリルであることの必然性が感じられない。素材の無駄遣いが過ぎると思う。


「お皿じゃ無理なんだね」

「お皿がダメというより、ある程度大きくないと無理なのじゃ。魔法陣の小型化はとても難しいのじゃぞ?」

「りゃっりゃー」


 シギはお皿を持ってふわふわ浮かぶ。

 おもちゃだと思っていそうだ。落としても割れないので、ミスリルはおもちゃの素材としてはいいのかもしれない。

 だが、お皿で遊ぶようになっては困る。


「シギ。お皿で遊んではいけません」

「りゃ?」

「だーめ」

「……りゃあ」


 シギは少ししょんぼりした様子で、皿を元の場所へと戻す。

 とても偉いと思う。


「えらいぞ」

「りゃっりゃ!」


 ほめてやると、シギは嬉しそうに鳴いた。

 クルスはまだかばんをがさごそしている。


「竜の鱗はこの前つかったものなー」

「別に、前につかった奴でもいいと思うぞ」

「えー。それだと、ヴィヴィちゃんがワクワクしないのでは?」

「わらわは別に、魔法陣の土台にワクワクは求めていないのじゃ」

「えっ?」「りゃ?」


 クルスは信じられないという表情でヴィヴィを見る。

 一緒にシギまでヴィヴィの方を見ていた。


「な、なんじゃ」

「ヴィヴィちゃんはワクワク最優先だと思ってたよー」

「わらわはアルとは違うのじゃ。ワクワクよりも実利を求めておるのじゃ」

「そうだったのかー」

「いや、別に俺も滅多にワクワクを求めたりしないぞ」


 ゴーレムづくり以外でワクワクを求めたことはないと思う。俺は実利優先の魔導士なのだ。

 クルスは鞄から盾とか鱗とかを取り出し始める。


「その盾、ミスリル?」

「はい。これはミスリルで、こっちはミスリルにオリハルコンを混ぜた奴です」

「クルスよ。そなたが戦闘時に盾を使ってるのを見たことないのじゃが」

「そうだね、あんまりつかわないねー」

「盾使わないのに、なんでそんなに持っているのじゃ?」

「たまに使うしー」


 俺もクルスが盾を使っているのを見たことはほとんどない。

 前見たときは、盾を飛ばして敵にぶつけていた。

 まともに盾として使っているのを見たことはないかもしれない。


「ヴィヴィちゃん、これになら転移魔法陣描ける?」

「素材も良いし、大きさも十分じゃ」

「やったー。お願い!」

「任せるのじゃ」


 ヴィヴィは早速魔法陣作成に取り掛かる。

 転移魔法陣はとても高難度の魔法陣だ。複雑で記述量もかなり多い。

 ヴィヴィは真剣な表情だ。


「りゃー?」

「もっも」


 シギとモーフィがヴィヴィに向かって行こうとするのを止めた。

 集中力が必要な作業だ。邪魔したら悪い。


「シギも、モーフィも、邪魔しちゃダメ」

「りゃ?」「もっ?」


 シギとモーフィはきょとんとしていた。

 そんなシギとモーフィにフェムが近寄る。


「わふ」

「りゃ?」「もう」


 フェムがシギとモーフィに何事かを語り掛け、どこかへと連れていく。

 子守をしてくれるつもりなのだろう。優しい狼だ。


「じゃあ、俺はゴーレムでも作るかなー」

「ゴーレムですか?」

「うむ。防衛用ゴーレムも欲しいしな」

「魔力使って大丈夫ですか?」

「作るだけなら大丈夫だよ。ゴーレムを魔法で浮かせたりしなければ」

「なるほどー」


 ヴァリミエが作ってくれた手本を思いだしながら、ゴーレムを作る。

 最初に農作業用ゴーレムを一体作った。軽さと繊細な動作性を重視した。

 次に防衛用ゴーレムだ。前回作ったミスリルゴーレムの強化版である。

 前回作った分も、近いうちに完全に防衛用へと作り替えようと思う。

 防衛用ゴーレム三体が完成した。


「すごいです! はやいですね!」

「前に作ってるし、お手本もあるからなー」

「アルさん、とりあえず、ひざを見せてください」


 クルスがひざをチェックしてくれる。

 魔力を消費したので診てくれているのだろう。


「大丈夫だと思います!」

「ありがとう」


 クルスにそう言ってもらえると安心する。

 ひざの中で成長する禍々しい気を、クルスは感じ取れるので頼りになるのだ。

 その時、ヴィヴィが立ち上がった。


「できたのじゃ」

「嘘だろ?」

「なにがじゃ?」


 ヴィヴィはきょとんとしている。

 転移魔法陣は難しいのだ。一般的には熟練の魔導士が一か月かけて描くものだ。

 そんなにはやく作れるものではない。

 俺はヴィヴィの描いた魔法陣を見る。


「……ほんとにできてる」

「だからそう言ったのじゃ」

「ヴィヴィちゃん、ありがとう!」

「まだ一つしかできてないのじゃがな!」


 ヴィヴィの魔法陣作成技術が、急成長しているようだ。

 負けないように、俺も転移魔法陣作成を手伝った。


 遠くでは、獣たちが魔力弾を撃ってねずみを狩っていた。

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