第131話

 急いでドービィに森に帰ってもらってから、俺たちは倉庫をでる。

 倉庫の外には村長とミレットがいた。


「アルフレッドさん……」

「領主の手の者は?」

「すでにお帰りになりました」

「ヴィヴィが魔法陣を刻んでいた盾を没収されたとか?」

「……はい」

 村長は悔しそうにうつむいた。


「許せないです! 筋が通りません」

 ミレットは怒っている。


「どういう理屈で没収されたんですか?」

「魔族の呪物で、危険であるということで」


 聞いていたヴァリミエが憤慨した。

「なんじゃと? そのような理屈がとおるのか? アル。王国の法はそれほど理不尽なのかや?」

「いや、普通はそんな理屈は通らないぞ。いくら領主でも個人の財産を侵害するには相応の理由がいる」

「舐めた話じゃ。ヴィヴィも抵抗しなかったかや?」


 ヴァリミエに聞かれて、ヴィヴィは悔しそうに唇をかむ。


「戦ってやろうとも思ったのじゃ……。わらわの腕ならば、領主の部下をひねるなど容易いことじゃし」

「それはそうだな」

 ヴィヴィは戦闘向きな魔導士ではない。それでも精鋭でもない領主の部下など怖くはない。


 悔しそうなヴィヴィを励まそうというのだろう。モーフィがヴィヴィに体をこすりつけていた。

「もっも」

 ヴィヴィはモーフィを優しく撫でながら言う。

「戦っては村のみんなの迷惑になるかと思ったのじゃ。クルスの盾だから、わらわの、つまり魔族の持ち物ではないと訴えたのじゃが……」

「そうか。いい判断だ」

 以前、ヴィヴィはルカと戦って火事を起こした。その反省があるのだろう。


「そうじゃな。ヴィヴィの判断は正しいと思うのじゃ」

「はい。領主ともめたら村はとても大変になります」

 ヴァリミエと村長もヴィヴィの判断を正しいと考えているようだ。


 クルスは不満げに頬を膨らませる。

「あの盾、もともと、ぼくのなのにー」

「すまぬのじゃ」

 ヴィヴィが謝ると、否定するようにクルスは腕をぶんぶん振る。


「ヴィヴィちゃんのせいじゃないよ! 悪いのは領主だね! 懲らしめないと」

「こら。クルス短絡的だぞ。ヴィヴィがせっかく我慢したんだから」

「はい」


 クルスは素直だ。

 ミレットが真剣な目で尋ねてくる。


「アルさん。取り返す方法はないのでしょうか?」

「村に直接来る役人って代官のさらに下の代官補佐あたりでしょ? 代官補佐の私利私欲の強奪ならなんとかなるかも」


 領主になるような大貴族は一年の大半を王都で過ごす。

 基本、代官が統治をおこなうのだ。そして代官の手足となって働くのが代官補佐である。


「代官補佐の上司にあたる、代官に訴えて、それでもだめなら領主に訴えるしかないな」

「領主ですか……。私もあったことがありません」


 村長は暗い表情をしていた。

 領主は村人にとって、雲の上の存在なのだ。代官補佐を通じて人となりを感じる程度だ。

 魔族が嫌いというのも、代官補佐の行動を通じて知っているだけだ。


「領主は領主裁判権を持っていますからね。領主がどう判断するか次第になると思います」

「領主が、代官補佐の強奪を認めなければ、どうしようもないのでしょうか?」

「司法省を通じて、国王直属の宗秩寮(そうちつりょう)に訴えることはできますけど……。現実的ではないかも知れないですね」


 宗秩寮は貴族の懲戒などをつかさどる機関である。


 だが、領主の自領での裁量は大きい。税をいくらにするか、どのような法律を作るか。

 領主はかなり自由に決められる。

 税の一部として取り上げたと抗弁されたら、反論は難しい。

 真剣な表情でミレットが尋ねてくる。


「現実的ではないのですか?」

「一応訴える制度はあるけど、それは王家への反逆の証拠をつかんだとか、村人を何人も殺したとか、奴隷にして売り払ったとか、そういう事件を訴えるものだからな」

「泥棒ぐらいでは動いてくれないということですか?」

「事実上、確実に窃盗ではあるんだが、窃盗自体は領主裁判権が扱う範疇だしな。それに領主は盾を取り上げたのは徴税の一環だと言われたらどうしょうもないかも」

「そうなんですか」


 ミレットは悔しそうだ。村人は無力である。

 俺は貴族であるが、他の領主の支配地ではほとんど無力だ。

 それぐらい領主の力は強いのだ。


「そもそも領主は貴族の中でも、大貴族ばかりだからな」

「大貴族だと、やっぱり司法省もソウチツリョウ? とかいうのも、遠慮しちゃうのでしょうか?」

「宗秩寮はともかく、司法省は遠慮してしまうだろうな」


 領地をもつ貴族は貴族の中でも特別なのだ。

 俺もルカもユリーナも子爵だが、領地は持っていない。


 普通、領地をもつのは侯爵以上になる。

 伯爵であるクルスも最近まで領地を持っていなかった。

 クルスが領地を与えられたのは、魔王討伐で伯爵になった後に、魔人王まで討伐したからだ。

 それにクルスは民に絶大なる人気がある。

 侯爵に陞爵(しょうしゃく)させるには期間が短すぎる。だが伯爵のままにしておくわけにもいかない。それで伯爵なのに領地をもらったのだ。


 子爵のヴァリミエがリンドバルの森を領地として認められたのは特例に近い。

 既にリンドバルの森を実効支配していた。それが大きい。

 それに加えて功績が大きく、さらにすでに保有していた軍事力、ゴーレムの数と質が強大だったからだ。


 村長がますます暗い顔になる。

「ムルグ村の領主さまは魔族嫌いで有名です……。魔族であるヴィヴィさんから盾を奪ったと聞いたら喜ぶかもしれません」

「ぐぬぬ。許せぬのじゃ。のう、ヴィヴィ」

「姉上、その通りなのじゃ! そんな下郎。領主の風上にも置けぬのじゃ」


 魔族であるヴァリミエとヴィヴィは怒っていた。それも当然である。

 俺は村長に尋ねる。


「ところで、税の査定の方は?」

「いつもより高いです。通常の基準ではありえないほどです」

「……豊作だったからですかね?」

「それを考慮してもあり得ないほど高いです。今年の冬は厳しくなりそうです」

「最悪ですね」

「……はい」

 村長は深刻そうな表情を浮かべている。

 冬を越すためには食料が必要だ。そして食料を手に入れるためにはお金が必要なのだ。


「今年のお役人は、いつものお役人よりひどいと思います」

 ミレットも暗い顔をしている。村にとって税率は死活問題だ。


「村長、むしろ盾の窃盗よりも、不当に高い税率の方が深刻ですよね」

「はい。いつもの税率に何とか抑えてもらいたいのですが……」

「大きく育てた牛と魔石を売って、何とかしのぐしかないかもしれませんね」

 俺がそういうと、村長とミレットは頷いた。


「ひどい領主もいたものですね」

「そうだな」

「許せないです」

 正義感の強いクルスの憤りは並ではなかった。



 それから、俺たちは領主の館へ直訴に行く相談をした。

 領主の館と言っても、常駐しているのは代官である。


「領主の館ってどのあたりにあるのですか?」

「馬で半日ほどでしょうか。代官補佐が常駐している代官所の支所なら2時間ほどです」


 村長は村長就任の際に行ったことがあるらしい。

 ムルグ村は領地の中でも端にあるので、遠いのだ。


「代官は代官補佐の悪事を認めるでしょうか?」

 ミレットは不安そうだ。


「どうだろうな。代官が代官補佐の悪事を認めなければ、領主に直接訴えるしかない」

 ヴィヴィが真剣な顔で言う。

「やはり領主は王都にいるのじゃな?」

「おそらくは王都だと思うぞ。もしかしたら別荘かもだが」


 大貴族が別荘にいるのは夏が多い。

 すでに夏は終わったので王都にいる可能性の方が高いだろう。


 そんなことを相談していたら、夕方になる。

 ルカとユリーナが帰ってきた。


「どうしたの? 深刻そうな顔して」

「なにがあったのだわ?」


 ルカとユリーナに、事情を説明する。


「ということで、明日にでも領主の館に直訴に行こうと思ってな」

 俺がそういうと、ルカとユリーナは不思議そうな顔で首をかしげた。


「どうした?」

「え? あ、そっか」

「なんだ? ルカ」

「そういえば、言ってなかったのだわ」

「そうね、言ってなかったわね」

「何の話だ?」


 ルカは真面目な顔で言う。

「言ってなかったけど、ここの領主ってクルスよ?」

「「え!?」」

 ミレットや村長がびっくりする。俺も驚いた。


「りゃ!!」

『わん』

「もにゅ?」

 シギはミレットの驚く声に驚いていた。

 フェムも驚いている。フェムは驚くと、念話で犬みたいに鳴くので面白い。

 モーフィはわかってなさそうだ。俺の手をハムハムしていた。


 クルスはガタンと、椅子から立ち上がる。

「え!?  そうなんですか!」

「……なんで、クルスが一番驚いてるんだよ」

「えへへ」

 俺がそういうと、クルスはなぜか照れていた。

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