第132話

 クルスは真面目な顔で言う。


「まさか悪徳領主が、ぼくだったなんて」

「クルス、悪いやつだったの?」

 コレットがクルスに向けてビシビシパンチを繰り出している。


「りゃっりゃーー」

 シギショアラも嬉しそうにクルスに向かってパンチしていた。

「もっもー」

 モーフィはクルスの手を咥えていた。

 特に意味はなさそうだ。モーフィは隙さえあれば、すぐ人の手を咥えるのだ。

 クルスは反省しているようにみえた。


「ぼくが悪徳領主でごめんなさい」

「笑い事じゃないわよ」

「はい」


 ルカにも叱られて、クルスはしょんぼりしている。


「確かに、代官に任せるのが一般的だけど。こういう事態になったのは無責任が過ぎると思うわ」

「はい」

「ちゃんと代官は選んだの?」

「内務省の元官僚さんを紹介してもらったんだよ」

「ちゃんと会って選んだの?」

「うん。ちゃんと会った」


 ユリーナが優しく尋ねる。

「クルスは代官に会ってどう思ったの?」

「えっと、頭のよさそうなおじいちゃんだった」

「悪そうな感じはしなかったのね?」

「うん。しなかった」

「そうなのね。おかしいのだわ」


 ユリーナは首をかしげる。

 まるでクルスが悪い人だと思わなかったのだから代官は悪い人ではないはずと言いたげだ。

 それを聞いていたヴィヴィが言う。


「クルスの人を見る目を信用してはいけないのじゃ」

「そ、そんなことないよ」

「クルスは、詐欺師と種イモ業者を間違えたのじゃ」

「それは……そうだけど」


 俺はユリーナよりヴィヴィの意見に賛成である。

 歴戦の悪人にとって、クルスをだますのは容易かろう。


『クルスの人を見る目は節穴なのだ』

「そんなことないよ!」


 クルスはフェムにも突っ込まれていた。

 真剣に考えていた様子のルカが村長に尋ねる。


「代官補佐って、去年と同じ人でしたか?」

「そうですね。同じでした。ここ数年はずっと同じ方です」

「やはり」


 ルカはうなずく。なにか納得できたのだろう。

 何に納得したのか俺にはわからなかった。

 俺が尋ねようとするより先に、ユリーナが尋ねた。


「ルカ、どういうことなのだわ?」

「えっとね、ムルグ村の領主が替わったわけよね」


 クルスが領地を与えられたのは、魔人王討伐の功績によってである。

 ほとんど時間はたっていない。

 

「領主が替わって代官も替わったけど、代官補佐は替わってないのよ」

「それは一般的なこと?」

「珍しくはないわ」


 ルカの説明によれば、代官までは中央からの人材、代官補佐は地元の人間が多いのだそうだ。

 だから、領主が替わって、代官が替わっても、代官補佐はそのままというパターンは普通だという。


「なるほど。それはよい情報だな」

 俺がそういうと、クルスがきょとんとする。


「良い情報なんですか?」

「代官と代官補佐のつきあいは最近始まったってことだ。つまり結託して悪事を働いている可能性は低いってことだな」

「なるほどー」


 ルカが深刻そうな顔で言う。

「新任の代官が、まだ掌握できていない間に私腹を肥やそうってことかもしれないわね」

「どちらにしても許せないです」

「その通りね」


 ミレットも怒っていた。

 俺はルカとユリーナに向けて尋ねる。


「ところで、なんで領主が替わったんだ?」

 クルスが領地をもらったのは、魔王に加えて魔人王討伐と功績が大きかったからだ。

 だが、クルスがムルグ村を領地としてもらうには、前の領主が領地を失っていなければならない。


「話せば長くなるのだけど……。元領主が魔族嫌いってのは聞いているわよね?」

「それは聞いたな」


 だから、魔王軍を再興しようと魔猪を巨大化させたヴィヴィを領主に引き渡さなかったのだ。

 引き渡したら死刑になりかねないからだ。


「元領主は有力貴族で、貴族院でも対魔族強硬派の中心人物だったのよ」

「大物だったんだな」

「でも、王家や宰相など政権中枢は対魔族融和派なのよね」

「王家との方針の違いか」

「もちろんそれだけでは取り潰されないわ」


 王家に真っ向から異議を唱えれば、目を付けられる。だがそれだけではつぶせない。

 仮にも大貴族なのだ。

 領地を取り上げられる決定的な事件があったはずである。


「王都で自分の行列の前を通った魔族の子供を半殺しにしたの」

「それはひどい」

「半殺しっていうけど、殺す気だったのだわ。衛兵とか通りかかった冒険者が必死に助けたの」


 大貴族相手から、魔族の子供を助ける人たちがいたということは素晴らしい。

 勇気のある人たちだ。


「その子はどうなったんだ?」

「教会に運び込まれたときは、死にかけてたのだわ。私が治癒魔術で癒したから、今では元気よ」

「同じ魔族として礼を言うのじゃ」

 ヴィヴィとヴァリミエがユリーナに対して頭を下げた。


「気にしないで。別に魔族だから助けたわけじゃないわ。仮にどの種族でも助けたわ」

「それでもありがとうなのじゃ」

 ユリーナは顔を真っ赤にしていた。お礼を言われるとすぐ照れるのだ。

 ルカが説明を続ける。


「それで、魔族や一部冒険者から、元領主糾弾の動きが出たわ。あと一歩で反乱になりそうな勢いだった」

「それは、知らなかった」

 俺も何度か王都に行ったが、そんな雰囲気はあまり感じなかった。


「暴徒化していたわけではないしね。合法的な陳情とかの段階だったし。ただ陳情書の文面は超が付くほど過激だったし。秘密裏に武器を集め始めていたみたいだし」

「それは大ごとだな」

「そうよ。それに加えて、宗秩寮(そうちつりょう)から内偵が入ったのよ。それで不正蓄財が判明」


 宗秩寮とは王家直属の貴族の懲戒、礼遇などを決める機関である。

 貴族相手の内偵も仕事の一つだ。


「不正蓄財?」

「そ。大貴族だけあって、国家の要職にもついていたのだけどそれを利用して私腹を肥やしていたのよ」

「呆れるのじゃ。ただでさえ貴族は税を払わなくていいうえ、今は平和だから兵も出さなくていいというのに……」


 ヴィヴィの言うとおりだ。普通にやっていれば財産は増える。

 今は貴族にとって、暮らしやすい時代だ。


「いい口実ってことで、侯爵から伯爵に爵位を下げられて、領地は没収」

「なるほどなー」

「で、没収した領地の一部は王家の直轄地に、一部はクルスにってわけ」


 クルス最大の功績は魔族の王である魔王討伐だ。魔族戦で最大の功績を上げたのはクルスなのだ。

 そのクルスに領地を与えることによって、対魔族強硬派を納得させようとしたのだろう。

 同時に、魔族であるヴァリミエにも爵位を与えて領地を認めた。それによって魔族融和派とのバランスをとったのだ。

 ヴァリミエが領地を認められたのは、実効支配の事実と、軍事力の保持だけではなかったのだろう。


「クルスさんに、領主さまになっていただけて嬉しいです」

「えへへ」

 村長の言葉に、クルスは嬉しそうにする。


「村長さん、ぼくに任せてください! 代官補佐をとっちめてやりますから!」

「それは心強い!」

「代官補佐のいる場所に乗り込みましょう!」


 クルスはやる気である。

 早くも聖剣の柄に手を置いている。気がはやりすぎだ。


「ちょっと待ちなさい」

「えーなんでさー」


 ルカに止められて、クルスは不満げに口をとがらせる。

 俺はクルスに向かって優しく言う。


「クルス。より効果的な方法を考えようってことだ」

「はい!」


 クルスは相変わらず素直だった。

 そんなクルスにヴィヴィが尋ねる。


「クルスよ。代官と連絡とる手段ぐらいもっておるのじゃろ?」

「む?」

「魔道具とかないのかや? それで代官所支所に呼びつければいいのじゃ」

「そういえば、そんなのもあった気が」


 以前、ルカも持っていた魔道具だ。

 とても高価な魔道具だが、領地をもつ貴族ともなると当然持っている。

 いざ戦争といった時、王都から代官に連絡して兵を集めさせなければならないのだ。


「それを使って呼び出せばいいのじゃ」

「なるほどー」


 クルスはがさごそと、魔法の鞄をあさる。

 支所には代官補佐がいる。そこに代官を呼び出せれば、話が早い。

 それにムルグ村からの距離も、代官のいる領主の館より支所の方が近いのだ。


「えっとー、これかな。いや違うなー」


 魔法の鞄から意味不明なものがどんどん出てくる。

 獅子の被り物とか、ミスリルで作られたバジリスクの模型とか。異様なほど精巧だ。

 超リアルな尻尾や付け耳などもある。

 何に使うんだというものばかりだ。


「クルス、なんでもかんでも魔法の鞄に放り込むのやめなさい」

「うん。わかったー」

 完全に生返事である。


「クルスの王都の屋敷は広いのだから、そっちに置いときなさいよ」

「でも、いつ使うかわからないし」

 バジリスクの模型が緊急に必要になる場面が想像できない。


「りゃ!」

 だがシギは気に入ったようだ。バジリスクの模型に乗っかって、びしびし叩いている。

「わふ」「もっも」

 フェムはつけ耳の匂いを嗅いでいる。

 モーフィは獅子の被り物をかぶろうとしているのか、角でひっかけて頭の上に乗せていた。

 クルスの所持品は獣たちには大人気だ。


「あった!」

 しばらくしてクルスが魔道具を見つける。

 クルスはどや顔で魔道具をかかげた。


「これは最新型で、振動の仕方で情報を伝えることができるんだよ」


 本当にすごい。ルカが持っていた奴より高い奴だ。

 ルカが冒険者ギルドとの連絡に使っていたやつは振動の種類は一つだけだった。


「最新式、ギルドも導入したんだからね! 今度あたしも、もらう予定なんだから!」

 なぜかルカが弁解していた。弁解する必要はないと思う。

 ギルドは大きな組織だ。最新式を導入するのに少し時間がかかるのは当然だ。


「そのぐらい大して難しい技術ではないのじゃ」

 ヴィヴィがきょとんとして首をかしげていた。

 自慢しようというのですらない。なぜそれが最新式なのかわからないといった感じである。

 ヴィヴィの作った魔道具を売り出せば大儲けできるかもしれない。


「とりあえず、近くの代官所の支所に代官を呼び出しなさい」

「でも、王都に来いと兵を集めろの二種類しか登録してないんだけど」

「そういうことは早く言いなさいよ!」

「ごめんなさい」


 俺は謝るクルスの頭を撫でた。


「直接領主の館に乗り込めばいいさ。それから支所に使いをやって補佐を呼び出せばいいだろ」

「はい!」


 明日、領主の館に直接乗り込むことにした。

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