第130話

 リンドバルの森に遊びに行くなら、ヴィヴィも誘った方がいいだろう。

 俺は倉庫を出て、村の入り口で魔法陣を描いているヴィヴィに声をかける。


「ヴィヴィ。ドービィ向けの倉庫出入り口の拡張終わったぞ」

「そうか。お疲れ様なのじゃ。こっちはまだかかりそうじゃ」

「いまから、クルスと一緒にリンドバルの森に行こうと思うのだが、ヴィヴィはどうする?」

「わらわはいいのじゃ。魔法陣も完成させねばならぬしのう」

「え? ほんとにいいの?」


 意外である。故郷なのだからぜひ行きたいと言うと思った。


「いいのじゃ。というか、今朝もリンドバルの森に行ったのじゃぞ?」

「え? そうなの?」

「うむ。森との転移魔法陣が開通してから、ちょくちょく行っておるのじゃ」

「そうだったのか」


 知らなかった。誘ってくれてもいいのに。

 だが、姉妹同士色々あるのかもしれない。


「じゃあ、リンドバルの森に行ってくるぞ」

「姉上によろしくなのじゃ」


 俺はクルスと獣たちを連れて、リンドバルの森に向かった。



◇◇◇◇

 転移魔法陣をくぐると、そこは石造りの建物だった。

 広々としている空間だ。装飾らしきものもない。

 ただ、綺麗な鐘の音が響いていた。


「ふわー。趣味のいい建物ですね」

「入り口も広いし、建物自体も大きいし。ドービィが通るのに支障はなさそうだな」

「ドービィ元気かな」


 クルスは楽しそうだ。

 獣たちはくんくんとしきりに鼻を動かしている。匂いを嗅いでいるのだろう。

 すぐに、ヴァリミエがやってきた。


「む? アルとクルスじゃったか」

「急に来てごめん」

「気にしなくてよいのじゃ。わらわもムルグ村に急に行くでな」


 ヴァリミエの後ろにはライがついている。

 ライとの再会が嬉しいのだろう。

 フェムやモーフィ、シギショアラはライと嬉しそうに匂いを嗅ぎあっている。


「歓迎するのじゃ。アルにクルス。獣たち。ところでなんのようじゃ? もちろん、用がなくてもいいのじゃぞ」

「ドービィが通れるように、倉庫を改装したんだ。その報告に来たんだよ」

「それはありがたいのじゃ。すぐに改装してくれるとはとても嬉しい」

「あと、森を少し見たいなと思って」

「好きなだけ見ていくがよいのじゃ」


 俺は周囲を見回した。ドービィはいない。


「ドービィは?」

「ドービィはいま森を見回りしてくれておるのじゃ」

「グレートドラゴンは飛行速度速いもんな」

「そうじゃ。ドービィは強い上に、機動力がやはり高いからのう。よく見回りしてくれているのじゃ」

「働き者だな」

「異変があったらすぐ教えてくれるのじゃぞ。それから、わらわとライが解決に向かうのじゃ」


 そうやって、森の治安は守られているに違いない。

 ムルグ村周囲の魔狼の森における、魔狼たちの見回りみたいなものだろう。


「ドービィが帰ってくるまでどのくらいかかりそう?」

「うーん、そうじゃな。あと1時間ぐらいで帰ってくるとは思うのじゃ」


 ヴァリミエは考えながらそう言った。

 クルスが俺の袖をくいくい引っ張る。


「アルさん、森を散歩しましょう!」

「ヴァリミエ。散歩しても大丈夫?」

「構わぬのじゃ」

「やったー」

 クルスは嬉しそうだ。


「りゃりゃ」

 シギショアラも嬉しそうに鳴いている。

 ヴァリミエがそれを見て少し真面目な顔で言う。


「アルにクルス。基本的にこの辺りの魔獣はわらわが保護しておるのじゃ」

「保護?」

「魔獣たち、襲ってこないの?」

 クルスは首をかしげていた。


「襲ってくるものもおるのじゃ。魔獣だから仕方がないことじゃ」

「それはそうだな」

「こちらが強いことを示せば大体逃げていくものじゃ。野生じゃからな」


 ヴァリミエの横では、ライが誇らしげにビシっと立っている。

 そんなライをヴァリミエは優しく撫でる。


「やむを得ない場合を除いて、退治はしないでほしいのじゃ」

「了解。たぶん大丈夫だ」

「助かるのじゃ」

「ぼくに任せてください」

 クルスも自信満々だ。


「わらわは仕事があるから、一緒に行けぬが、ライをつけるのじゃ」

「それは心強い」

「もっも」「わふ」

 獣たちも嬉しそうだ。


 俺とクルスと獣たち一行はリンドバルの森を散策した。

 獣も魔獣も多い森だ。


「たくさんいますねー」

『魔狼もいるのだ』


 異なる群れのフェムが来たことで、魔狼たちは特にピリピリしているようだ。

 少し遠くからこちらをうかがっている。遠吠えなども聞こえてきた。


「めちゃくちゃ警戒されてるな」

『フェムの強さにビビっているのだ』


 フェムはどこか自慢げだ。だが、走り出すことはしない。

 刺激をしないように俺たちにぴったりくっついて、大人しくしている。


「もっもー」

 一方、モーフィは駆けまわっていた。

 草食動物だから警戒されにくいのだろう。


「アルさん、ゴーレムがいますよ!」

「どこどこ?」

「あそこです!」


 クルスの指さした先にはゴーレムがいた。

 とても遠くだ。遠すぎてよく見えない。


「よく気付いたな」

「えへへ」


 俺は遠見の魔法を自分にかける。

 石で作られたゴーレムが林業に従事している。枝打ちをしたり、木の苗を植えていた。


「石で作ったゴーレム、それもあんなに小さいゴーレムに細かな作業を実行させられるとは……」

 ヴァリミエのゴーレムづくりの技術は素晴らしい。

 石は魔力伝導性が低いのだ。単純な作業ならともかく、複雑な作業をさせるのはとても難しい。


 さらに少し進むと、近くで魔狼の大きな遠吠えが聞こえた。

『フェムたちを襲う気なのだ』

 縄張りの侵犯が看過できないということなのだろう。


「そろそろ引き返すか」

『それがいいのだ』

 リンドバルの森の魔狼と縄張り争いするつもりはない。


 城に戻ると、ヴァリミエが出迎えてくれた。


「おお、戻ったのじゃな。森はどうであった?」

「獣がたくさんいた!」

「そうであろう、そうであろう。魔獣たちを保護するために、色々苦労したのじゃ」

 クルスの素直な感想に、ヴァリミエは笑顔になる。


「ゴーレムがすごいな。石であれほど細かい作業させられるとは」

「それに気づくとはアルはさすがじゃな。あれも苦労したのじゃ」

 ヴァリミエは自慢げだ。


「そうじゃ。城のゴーレムを見学していくがよいのじゃ」

「いいの?」

「かまわぬのじゃ!」


 ヴァリミエに城を案内してもらう。

 城のいたるところに、ゴーレムがいた。

 巨大な城だが、使用人は一人もいない。すべての労働力をゴーレムで賄っているのだ。


「これはすごいな」

「ふふふ。これだけ動かすとなると、魔石が必要になるのじゃ」


 ゴーレムは術者の魔力でも動かせる。

 だが、大量かつ同時にうごかそうとすれば、術者の魔力では賄いきれない。

 それゆえ、代わりの魔力源が必要になる。


「魔石はどこから?」

「土壌改良魔法陣じゃな。アルも知っておるじゃろう? ヴィヴィが開発した奴じゃ」

「なるほど。森の土地も魔力含んでるの?」

「そうじゃぞ。旧魔王領の土地は魔鉱石を含んでいることが多いのじゃ」


 そういえば、ヴィヴィがそんなことを以前言っていた。

 ムルグ村でも魔石は結構産出できている。

 リンドバルの森は広いので産出量には困らないだろう。

 そんなことを話しているうちに、立派なゴーレムの前に来た。


「かっこいいです!」

 クルスに褒められ、ヴァリミエは嬉しそうだ。 


「これが防衛用ゴーレムじゃ」

「素材はオリハルコンとミスリル?」

「うむ。これが100体あるのじゃ」

「それはすごい」


 このゴーレム100体が守る城をおとそうと思えば。兵がどれだけいるだろうか。

 1万や2万の兵隊では、心もとないかもしれない。

 ヴァリミエに城を案内してもらっていると、ライが吠えた。


「がう!」

「お、もうそんな時間なのじゃな」

「どしたの?」

「ドービィが帰ってくる頃じゃ」


 俺たちは、ドービィを出迎えるために、転移魔法陣の建物へと向かう。

「ぎゃっぎゃ」

 ドービィは俺たちに気づいて、嬉しそうに近づいてくる。

 大きい。だが、ティミショアラを見た後だと小さく見える。


「ドービィが通れるように、向こうの建物改装したから、ちょっと通ってみて」

「ぎゃ」


 ドービィと一緒に、俺たちはムルグ村へと向かう。

「わらわの仕事も終わったし、ムルグ村に一緒に行くのじゃ」

「がう」


 ヴァリミエとライもついてきてくれるらしい。

 少し大人数になってしまったが、無事に通れた。


「ドービィ、倉庫の入り口とか通れそう? きつくない?」

「ぎゃっぎゃー」

 ドービィは無事に通れた。嬉しそうに鳴いている。


「よかった。いつでも遊びに来ていいからな」

「ぎゃあ」


 そのとき、倉庫の扉が開かれた。ヴィヴィが駆けこんできた。


「お、ヴィヴィどうした?」

「検地が来たのじゃ!」


 検地とは、税額を決定するための領主の視察だ。

 領主の部下である役人がムルグ村に来たのだ。


「ついに来てしまったか」

「何を悠長に言っておるのじゃ! オリハルコンの盾を没収されてしまったのじゃ!」

「え?」


 何か良くないことが起こったようだった。

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