第122話

 ヴィヴィが心配そうに歩み寄ってきた。

「もう、ひざはいいのかや?」

「ユリーナのおかげで、何とかね」

「それはなによりなのじゃ」


 ヴィヴィは笑顔になった。モーフィが嬉しそうにヴィヴィに頭をこすりつけにいく。


「いや、ちょっとまって」

「なんじゃ」

「なんでヴァリミエがいるの?」


 ヴァリミエはきょとんとする。

「いつでも来ていいといったではないかや?」

「そういう問題じゃなくて」

「まずかったかのう?」

「まずくはないけど! ヴァリミエは森に帰ったばかりじゃないか。どうやって……」


 クルスが笑顔で言う。

「あー、アルさんは王都に行ってないから気付かなかったんですねー」

「何に?」

「王都への転移魔法陣の横に、リンドバルの森への転移魔法陣設置されてたんですよ」

「……そ、そうだったのか」


 ヴィヴィに転移魔法陣を描いてもらえば、魔法が不得意なクルスでも設置できたのだ。

 魔法が得意なヴァリミエならば楽に設置できるだろう。


「アルはずっと王都に行ってなかったからのう。気づかなくても仕方ないのじゃ」

「もっもう」

 ヴィヴィが励ますように俺の肩を叩いてくる。

 モーフィも励ますように俺の袖をハムハムしていた。いや、これは励まそうとしているのだろうか。


 倉庫の中、入り口近くの小部屋に転移魔法陣は設置してある。

 倉庫に入っても、小部屋に入らなければ気づかないのだ。

 王都に魔法陣を通じて何度も行っているクルスたちは当然気づいていたのだろう。


「よく考えたら、簡単に設置できるのに、設置しないわけないよな……」

「「そうじゃぞ」」

 ヴィヴィとヴァリミエは胸を張った。


「わふぅ?」「りゃっりゃ?」

 フェムとシギショアラはきょろきょろしていた。匂いも一生懸命嗅いでいる。

 ライを探しているのだろう。


「ライは?」

「お留守番じゃぞ?」

「わふ……」「りゃ……」「も……」


 獣たちはがっかりしたように見えた。

 それを見てヴァリミエは笑顔になる。順番に獣たちの頭を撫でる。

「ライと仲良くしてくれてありがとうなのじゃ。ライは森で色々することがあるのじゃ。今度はきっと連れてくるのじゃ」

「ドービィは?」

「元気じゃぞ。だが、ドービィは体が大きすぎるのじゃ」

「そうだな」

 魔法陣は多分通れる。だが、倉庫の入り口を通るのが難しい。

 それを聞いて獣たちは、さらにがっかりしたようだ。


「……りゃぁ」

 特にシギのがっかり具合は際立っている。シギは同じドラゴン属だからか、ドービィに懐いているのだ。

 今朝、シギが食べた肉はグレートドラゴンの肉だということは内緒にしておこう。


「倉庫の入り口も、ドービィが通れるぐらい改造したほうがいいかもな」

「そうじゃな」

 ヴィヴィもうんうんと頷いていた。


 その時、ルカが帰ってきた。

「ただいま。あら、ヴァリミエもいらっしゃい」

 少しも驚いていない。やはり、森への転移魔法陣が設置されていたのは周知の事実だったのだろう。


 しばらくヴァリミエと会話したあと、ルカは気付いた。

「その禍々しい大星型(だいほしがた)十二面体はなに?」 

 俺のひざから取り出された石のことである。

 膿盆に入れられ、食堂のテーブルの上に無造作に置かれていた。


「俺のひざで急成長した謎の石だぞ。ユリーナが取り出してくれたんだ」

「うげえ。痛そう」

「ひざの中にある時もすごく痛かったし、切開して取り出すのもとても痛かったぞ」


 それを聞いていたヴァリミエは首を傾げた。

「む? 切開するなら麻酔を使えばいいのじゃ。そうすれば痛みは激減するのじゃぞ」

「麻酔薬は劇薬だしな。高価だし」

「魔法陣で何とかすればいいじゃろ」

 ヴァリミエはこともなげに言う。

 初耳である。もっと早くいってほしかった。俺は抗議しようかと、ヴィヴィの方をちらりと見る。 

 だが、ヴィヴィは俺以上に驚いていた。


「まことか!」

「お、おう。そうじゃぞ」

 ヴァリミエはヴィヴィが知らなかったことに驚いていた。

 麻酔効果を得られる魔法陣について、ヴァリミエは優しくヴィヴィに説明しはじめた。

 真剣な表情でヴィヴィは聞いている。


 ヴィヴィはしばらく考えて、つぶやく。

「それなら、できると思うのじゃ」

「そうなのか。さすがヴィヴィだな」

「魔狼たちがヒドラ肉を食べたときに描いた魔法陣があるじゃろ? あれを改造すればいけるのじゃ」

「そういえば、そんなこともあったな」


 ゾンビになりかけのヒドラの肉をクルスと魔狼たちが食べてお腹を壊したことがあった。

 その時、ヴィヴィが描いたのが、リラックスできる魔法陣だ。麻酔と効果は似ているのかもしれない。

 今度から、ひざが痛いときは、ヴィヴィに頼もうと思う。


 そんな会話をしている間、ルカは真剣な表情で石を観察していた。

「ルカ。なにか分かった?」

「これに似たもの見たことがあるわ」

「ほほう?」


 ものすごく気になる。みんなもそうなのだろう。

 ルカの次の言葉を真剣な表情でじっと待った。


「特殊な寄生型魔獣がこういうのを埋め込むのよ」

「寄生型?」

「大星型十二面体の頂点から特殊な魔力を含んだ液体が出るの。それで体を乗っ取るのよ」

「え、怖い」

「ま、これがそれと同種とは限らないけどね」


 ルカの言葉にクルスとユリーナが真剣な顔でうなずいた。

「乗っ取り……。ありえますね」

「ありえるのだわ。というか、それ以外ないかも」


 そういうことを言われると、怖くなるのでやめてほしい。


「もしかして、どこかで魔王が復活したのかしら?」

 ルカまで怖いことを言いはじめた。

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