第121話
俺が目を覚ました時、すでに日は沈んでいた。二時間ぐらい眠っていたらしい。
その間、クルスが添い寝してくれていたようだ。とてもありがたい。
ひざはまだ痛い。だが、気絶するほどではない。
「あ、起きましたか?」
「クルス。ありがとう」
痛みが治まって、眠れたのもクルスのおかげかもしれない。
ユリーナもいた。当然、添い寝しているわけじゃない。
ベッドの外からひざを真剣な目で見ている。
「ユリーナもありがとう」
「アルが寝ている間に診察したのだわ」
「ありがとう。それでどうだった?」
「ひざの中に大きめの石みたいなのがあるのだわ」
「石?」
ユリーナは深刻そうにうなずく。
俺は痛む左ひざに手を置いた。
「今朝、骨が剥がれかけているって言ったわよね。それが急速に大きくなったのかもしれないわ」
「そんなに早く大きくなるものなの?」
「普通は大きくはならないわね。だから関節のネズミじゃなかったのだわ。私の誤診ね」
「……謎の急成長する石」
恐ろしい。俺のひざで謎の事態が発生しているらしい。
クルスが首をかしげる。
「ネズミって何ですか?」
「正式には関節内遊離体っていうのだわ。関節の骨が剥がれて動くから、すごく痛くなるの。まあ、アルのひざはもっと厄介なものっぽいけど」
「なんですか、それ。怖いです」
「りゃ、りゃああ……」「……もぅ」「わふ」
シギショアラもモーフィもフェムも怯えるように鳴いた。
痛さを想像したのだろう。シギは尻尾を股に挟んで、両手で顔を覆っている。
古代竜(エンシェントドラゴン)も怯えると尻尾を股に挟むらしい。
新発見である。あとでルカに教えてあげよう。
そんなことを考えていると、ユリーナが恐ろしいことを言う。
「とりあえず切開して取り出した方がいいのだわ」
「え……。切り開くの?」
「そうね」
怯える俺にユリーナは平然と告げる。
「ひえ」「わふぅ」「りゃ……」「もう」
クルスと獣たちも怯えていた。
シギだけじゃなく、フェムも尻尾を股に挟む。
「ひざの中にある石は自然には消えないのよ。そして石がある以上、ずっと痛み続けるわ」
「そ、そうか。それなら頼む」
「アルさん大丈夫ですか?」
クルスは心配そうだ。
これは治療のための我慢なのだ。つまり苦い薬のようなものである。
シギやクルスたちに苦い薬を我慢して飲めと言っている以上、俺も我慢しなくてはなるまい。
「じゃあ、すぐに切るのだわ」
「へ。麻酔とかは?」
「ないのだわ。そんなもの」
「……そんな」
ユリーナは本当に恐ろしいことをいう。
麻酔自体が体に悪い。なるべく使わないのが一般的だとユリーナは言う。
だが怖い。
「体に悪くない麻酔、誰か開発してくれないものだろうか」
「魔法でできるようになればいいんですけどねー」
クルスの言うとおりである。幻術魔法で何とかならないものか。
「アル、天井のシミでも数えていればいいのだわ」
「……はい」
「すぐ終わらせるから、安心するのだわ」
ユリーナはぱっぱと準備を済ませる。その過程でユリーナに口に布を突っ込まれた。舌をかまないようにだろう。
いよいよ怖い。
心の準備をする前に、ユリーナは俺の左ひざを鋭い刃物で切り開きはじめた。
「――ふぉっとふぁって!」
ちょっと待って、そう叫んだつもりだったが、ちゃんとした言葉にはならなかった。
ユリーナは手を緩めることなく切開していく。
当たり前だが、ものすごく痛い。
もたもたせずに即座に切り開いてくれるのはありがたかったかもしれない。
「いくぞ、いくぞっ」と溜められる方が怖いのだ。
ユリーナは人体を切り裂く魔術も扱える。
だが、鋭い刃物を使っても効果が変わらないので刃物を使うのだ。魔力の節約である。
縫合や術後の治癒魔法のために魔力を取っておかねばならぬのだ。
「がんばってください!」
クルスが応援してくれる。ありがたいが、応援されても痛みは変わらない。
俺は自分の左ひざを見た。ユリーナの手技はみごとなものだった。
最小限にしか刃を入れていない。痛みの割に出血も少ない。
「わ、わふぅ」
ふと横を見ると、フェムが顔を背けていた。フェムの頭のうえではシギが震えていた。
フェムもシギも股に尻尾を挟んでいる。
シギは顔を両手で覆っているが、指の間からちらちら見ていた。怖いもの見たさかもしれない。
「もっにゅもにゅ」
一方、モーフィはクルスの右手をハムハムしていた。
心配のあまり、ハムハムせざるを得ないのだろう。いや、本当にそうだろうか。
ただ、ハムハムしたいだけなのでは?
そんなことを考えていると、ユリーナが言う。
「もうちょっとなのだわ」
ユリーナは俺のひざから石を取り出した。
――からん
膿盆に石を入れると、ユリーナは縫合に入った。
魔法の糸で縫い合わせていく。あっという間に傷口はふさがった。
「あとは治癒魔法をかけて終わりなのだわ」
治癒魔法をかけられると痛みが嘘みたいに引いていく。
「アル。終わったのだわ。大丈夫?」
「ありがとう。今なら全力疾走できそうだぞ」
「冗談だと思うけど、一応言っておくわね。やめておいた方がいいのだわ」
クルスたちは膿盆にのせられた石を見ている。
「痛そうな形ですねー」
「……りゃあ」「……もっも」
『おぞましい形なのだ』
クルスたちはドン引きしていた。
俺も石を見る。
「うわ、なにこれ……」
俺はドン引きした。恐ろしい。
石は親指の先程の大きさで、幾何学的な形をしていた。突起の目立つ正多面体だ。
「これって、大星型(だいほしがた)十二面体?」
「これって、そういう名前なの?」
「たぶん」
俺も幾何学には詳しくはない。だが、そんな名前だった気がする。
とげとげしい恐ろしい形をしている。鋭角の頂点が20もあるのだ。
こんなものがひざの中に入っていたとは恐ろしすぎる。
石を観察しながらユリーナが言う。
「この頂点から、何か出してたっぽいのだわ」
「何かってなんだろうか」
「神経に作用する系の物質ね。痛みは多分そのせい。形のせいじゃないのだわ。尿路結石よりおそらく痛かったと思うわ。頑張ったわね」
「そうなのか」
こんな痛そうな形なのに、痛みの原因は形ではなかったとは。
その物質が何なのかとても気になる。
「形のせいだったほうがましかもしれない」
「今は痛い?」
「いや、ほとんど痛くないかも」
「それならよかったわ」
ユリーナがほっとしたように言う。
一方クルスは、俺の左ひざを真剣な目で見つめていた。
「まだ、嫌な感じはしますねー」
「まじか」
怖い話だ。まだ痛みは続くのだろう。
「クルス。取り出した石はどんな感じがする?」
「まがまがしいですね。これまでにないほど嫌な気配を感じます。いまのアルさんのひざより危険な空気かも」
クルスがそういうならそうなのだろう。
石がとても危険な物質なのは間違いなさそうだ。
「この石はきちんと調べておくのだわ」
「ユリーナ、何からなにまで、ありがとう」
「気にしなくていいのだわ。それよりひざを労わって、ちゃんとご飯を食べるのだわ」
回復魔法では体力は回復しない。血も大量というほどではないが、少し流れた。
ご飯を食べるのは大切だ。
ありがたいことに、痛みは引いている。俺は手術の後始末を手伝うことにした。
「後始末はこっちでやっておくのだわ」
ユリーナはそういうが、そうもいくまい。
血が飛び散らないようにシーツを敷いたり、いろいろしてもらったのだ。
準備をユリーナに任せっきりにしたのに、後始末まで丸投げするわけにはいかない。
後始末を済ませると、俺たちは食堂へと向かう。
「おはようなのじゃ」
「お、アル起きたのじゃな。ひざは大丈夫なのかや?」
食堂には、ヴァリミエとヴィヴィがいた。
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