第120話

 俺は衛兵業務を切り上げて衛兵小屋へと戻った。

 衛兵業務は特にすることもないし、ミレットに報告したので大丈夫だろう。


「大丈夫ですか? 私が付き添いますよ」

「大丈夫大丈夫。ありがとね」


 ミレットの申し出を断って、俺は衛兵小屋内の温泉に向かった。

 温泉は常にかけ流しなので、いつでも入れるのだ。とてもありがたい。

 フェムとモーフィが付いてきてくれた。シギショアラは当然のように一緒だ。


 俺は浴室に入ると、まず温泉に足を入れた。


「むう。ききますなぁ」

「もぅ?」「りゃあ?」


 モーフィとシギショアラは心配そうだ。

 ひざを温泉に入れたとき、少しマシになった気がした。ほんの少しだけである。

 もしかしたら気のせいかもしれない。


『大丈夫なのだな?』

「たぶんな」

『昨日から急になにがあったのだ?』


 フェムに尋ねられて俺は考える。特に心当たりがない。

 ひざを酷使した覚えもない。


「なにもないはずだ」

『魔人との戦いで何かあった可能性もあるのだ』

「ふむ」

 魔人は別に呪詛の言葉も、最後の攻撃も特にしてこなかった。


「やはり、魔人ではないと思う。もしかしたら季節かも」

『寒いと痛くなるのだな?』

「そうかもしれない」


 よくわからないが、多分そうなのではないだろうか。

 俺は痛む左ひざを撫でる。熱を持って拍動している。

 まるで別の生き物みたいだ。


『ぐろいのだ。気持ち悪いのだぞ』

「否定できない」


 フェムと会話をして気を紛らわせようとしたのだが難しい。

 温泉に入れた直後は痛みがましになった気がしたのだが、今は痛みが増している気がする。

 あついはずなのに、脂汗がだらだら流れる。


「もしかしたら温泉、効果ないかもしれない」

「もう!」「りゃあ」

『ならば出たほうがいいのだ』

「そうだな」


 温泉から出ようとした俺は、これまでにない痛みに襲われ意識を失った。



 ふと気が付くと、脱衣所の床に寝ていた。

「もっも」「りゃ」

 モーフィが心配そうに俺のひざをぺろぺろしていた。

 シギは心配そうにしつつ、俺の胸の上に乗っていた。


「すまん」

『気にしなくていいのだ』

「フェムとモーフィがここまで運んでくれたのか?」

『そうなのだ』

 頼りになる狼と牛である。俺はモーフィとフェムを撫でまくった。


「ありがとう」

『ひざはどうなのだ?』

「少しましになった気も」


 まだ痛い。だが、気を失うほどではない。

 気を失った時が痛みのピークだったのだろう。 


 俺はフェムとモーフィに支えられ、脱衣所から食堂へと向かう。


「あ、アルさん大丈夫ですか?」

「無理をするからじゃぞ!」

 すでにクルスとヴィヴィが帰宅していた。食堂の椅子に座っている。


「痛いが、我慢できないレベルではない」

「そうなんですか。うむー」


 クルスは俺を椅子に座らせると、左ひざを調べ始めた。


「やっぱり怪しいですねー」

「怪しいの?」

「はい」

「怪しいってのはどういう?」

「なんといえばいいのかー」


 怪しいとは何がどう怪しいのか。とても知りたいのだが、クルスは言語化できないようだ。

 勇者独特の感覚なのかもしれない。


 俺は気を取り直して、ヴィヴィに尋ねる。


「鉄はちゃんと買えた?」

「クルス一人ならともかく、わらわがついているのじゃ。心配するでない」

「えー、ぼくだけでも大丈夫だよー」


 クルスは不満げだが、種イモ詐欺に引っかかった前科があるのだ。信用が低くても仕方がない。

 クルスだけなら、鉄ではなく別の金属を買わされる可能性もある。

 それはそれで面白そうだ。謎の金属で作るゴーレムというのも面白いかもしれない。


「ならば、今のうちにゴーレム作っておこうか。夕食までに二体ぐらいなら作れるかな」

「いやいやいや、何を言うのじゃ」

「む?」

「先ほど魔力を使いすぎたらひざが痛くなったのじゃろ。今日はゆっくりしておくがよい」

「昨晩は大して魔力を使ってないのに痛くなったし。魔力消費とは関係ないと思う」

「倒れたらどうするのじゃ」

「そうですよ、アルさん!」


 ヴィヴィもクルスも心配そうだ。

 大丈夫だと安心させようとしたとき、獣たちが言う。


『さっき風呂で倒れたのだ』

『たおれた』「りゃっりゃ!」

 ヴィヴィに、睨まれた。クルスは「はわわ」とか言っている。


「なんじゃと! もう今日は寝ておくがいいのじゃ」

「そうはいっても……」

「言い訳するでないのじゃ!」

 ヴィヴィに強引に自室へと連れていかれた。


「りゃあ……」

 シギは本当に心配そうに、ずっと俺にしがみついている。


「シギ、心配させてごめんな」

「りゃ」


 フェムとモーフィとクルスも部屋についてきた。心配してくれているのだろう。

 俺をベッドに寝かせて、ヴィヴィが言う。


「尿路結石レベルの痛さなのであろ? 痛さで死んでしまったらどうするのじゃ」

「ヴィヴィ、尿路結石わかるの?」

「わらわはなったことはない。だが、森のオークが呻きながら、うずくまっていたのじゃ。全く動けていなかったのじゃ」

「まじか」


 オークは二足歩行で体の大きい強い魔獣だ。痛みに鈍いのが特徴である。

 そのオークが動けなくなるというのは大変なことだ。

 それでも痛みで死ぬということはないと思う。


 それにしても、ヴァリミエはオークとも仲がいいのか。驚いた。

 グレートドラゴンとも仲がいいのは、ドービィを見たので知っていたのだが。


 ミレットも、心配した様子で部屋に来た。


「アルさん。よく眠れるお薬です」

「ありがとう」


 薬を飲んで、俺は眠りについた。

 俺が眠りにつくまで、クルスがずっとひざを撫でてくれていた。

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