第119話

 ゴーレムの材料を買うには王都に行くのが一番だ。


「じゃあ、王都に行くか……つっ」

「りゃ?」

 王都に行こうと立ち上がった瞬間、ひざに痛みが走った。

 固まった俺を見てシギショアラは不安そうに鳴く。


 魔法に熱中して、ひざが痛いことを忘れていた。まあ忘れる程度の痛みだったということでもある。


「ひざが痛いのじゃな? 休んでいるがいいのじゃ」

「今はそうでもないぞ。材料の買い付けぐらいなら大丈夫だ」


 夜は本当に死ぬかと思ったが、今はさほどである。

 昔、小指の爪がはがれてから10分後ぐらいの痛みだ。はがれる瞬間の痛みじゃないので我慢できなくはない。


「アル、痛くないのかや?」

「痛いけど」

「どのくらい痛いんですか?」「もにゅ?」


 クルスも心配そうに聞いてくる。またモーフィは俺の左手をはむはむしていた。

 モーフィなりに心配している……のだろうか。モーフィは隙あれば、はむはむしてくるのだ。

 よだれでべとべとになるから困る。


 俺は正直に言うことにした。


「爪がはがれて、しばらくたったときぐらい」

「ひぇ」「……わふぅ」

「なるほどー」


 ヴィヴィとフェムはびくりとした。痛さを想像したのだろう。

 冒険者として激しい戦闘を潜り抜けてきたクルスは逆に少しほっとしたように見える。

 クルスも俺も、爪がはがれたことは何度かある。

 はがれた瞬間はものすごく痛い。だがそのあとはそうでもないのだ。


「ともかく、アルは大人しくしておくのじゃ」

「アルさんはお留守番しててください!」「もう!」


 クルスとヴィヴィが俺を置いて出発する。

 モーフィは当然のようにヴィヴィたちについて行こうとした。

「いや、モーフィもお留守番だぞ」

「も?」


 俺に止められて、モーフィは首をかしげる。

 戦闘や長距離移動する予定がないならば、獣たちは留守番の方がいい。

 王都に獣が行ったらやはり目立つ。


「モーフィもフェムも目立ちすぎるからな。必要がないなら行かないほうがいいんだぞ」

『今更なのだ』「も」

 モーフィとフェムが少し呆れた様子でこっちを見ていた。



 クルスたちが出かけた後、俺はいつものように村の入り口に座る。

 ひざは痛いが、座っている分には我慢できなくもない。

 というより、横になっても痛みがましにならないのだ。どうせなら座って仕事をした方がいい。


 ミレットは仕事をするため、コレットは遊ぶために村の中へと戻っていった。

 おいて行かれた獣たちは、俺から少し離れたところに集まっている。


「わふ」「もっも」「りゃあ」

 フェム、モーフィ、シギは何か相談している。獣たちには獣たちの仕事があるのだ。


 それから、畑を回り始める。フェムが害獣駆除をするためだ。

 モーフィはフェムの横で雑草を食べて回っている。農作物には口をつけず雑草だけ食べる賢いモーフィは村人から頼られているのだ。


「りゃっりゃー」

 シギはフェムの害獣駆除を手伝っている。狩りについて学んでいるのだろう。

「わふわふ」

 フェムもシギの手本になるように、動いているように見える。

 この前、シギは子魔狼たちと初めての狩りを成功させた。それもフェムの教育のおかげかもしれない。


 獣たちは順番に村の畑を回っていく。それが終わると村の中に入って見回りする。

 村の中にもネズミはわくし、雑草も生えるのだ。


「フェムちゃんもモーフィちゃんもお疲れ様。今日もありがとうね」

「わふ!」「もっもー」

「シギちゃんも今日も可愛いね!」

「りゃー」


 獣たちは村人たちに可愛がられながら、村を見回っていた。


 村内の見回りが終わると、獣たちは村の入り口に戻ってくる。

 そして、

「がおおおおおおおおおん」

「もおおおおおおおおおおぅ」

「りゃああああああああああ」

 獣たちは一斉に吠えた。

 

 最近の日課である。これにより害獣を追い払うのだ。

 当初は村人たちに告知していたが、最近では無断でやっても大丈夫になった。村人も毎日のことなので慣れたのだ。

 それでもヴィヴィには告知している。今日はヴィヴィが王都に出かけているので安心だ。


「わふ」「も?」「りゃ?」

 獣たちが俺のところに来て、どや顔をする。


「任務お疲れさま。偉いぞ」

 俺は獣たちをほめてやる。たくさん撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振る。

 シギもパタパタ尻尾を振っていた。


「まだ吠え声に魔力を混ぜられるのはフェムだけだな」

『むずかしい』「りゃ」

 モーフィとシギは悔しそうだ。

 魔力が混じってなくても、古代竜のシギや聖獣モーフィの吠え声ならば、弱い獣には効果がありそうではある。


「気長にな」

「もっも」「りゃ」


 モーフィとシギを励ましていると、ミレットとコレットがやってきた。

「アルさん」

「おっしゃーん」

 吠え声を聞いて、獣たちの見回りが終わったと知ったのだろう。


「先生! 今日もお願いします!」

「おっしゃん、魔法教えて」

「おお、いいぞ」


 俺は、ミレットとコレットに魔法を教えた。

 ひざが痛くても、教えるぐらいはできるのだ。

 ミレットとコレットは、いまだに基本魔法の練習だ。それでも魔法の習得スピードとしてはかなりはやい。

 やはり才能がある。


 その間、シギたちは集まって何かしていた。獣同士話すこともあるのだろう。


 俺はミレットたちに魔法を教えながらシギたちを横目で見る。

 何やら、魔力弾の練習をしているみたいだった。

 ライの魔力弾に触発されたのかもしれない。ヴァリミエの相棒である獅子のライは口から魔力弾を撃っていた。

 その姿はとてもかっこよかった。


「ガッガウ」「もっもーう」「りゃっりゃーー」

 口を開いて、何か出そうとしているが、声しか出ていない。

 それでも、何度もチャレンジしていた。


 何十回目のチャレンジで、

「――ゥゥゥガゥ」

「――モゥ」

「リャッリャアアア」

 ついにフェムの口から魔力弾が出た。

 同時に、モーフィの角から魔力弾が出た。

 口を大きく開けて、角から上空にびゅうっと魔力弾が飛んでいった。

 モーフィは口から出そうとしていたのに、なぜか角から出たのだ。全くコントロールできてなさそうで恐ろしい。


 フェムは魔天狼で、モーフィは聖獣だ。魔力弾を出せたこと自体は、なにもおかしくない。


 魔力弾を出せたフェムとモーフィはこっちに来てドヤ顔をする。

「わふぅ」「もぉ」

「すごいぞ。さすがだな」

 フェムとモーフィは誇らしげに尻尾をぶんぶん振っている。

 それを横目で見ながら、シギは一生懸命羽をバタバタさせながら頑張っていた。


「シギはまだ赤ちゃんなんだから焦らなくていいんだぞ」

 俺がそういっても、シギは頑張るのをやめない。


「リャッリャりゃああ」

 しばらく頑張ったシギの口からも魔力弾が出た。

 当たっても魔鼠も倒せないほどの微弱な魔力弾だ。それでもすごい。


「うぁ?」

 あまりのことに、俺は驚きすぎて、つい声が出てしまった。


「わふぅ?」「もっもおお?」

「りゃ?」

 フェムとモーフィも驚いている。シギ自身も驚いていた。

 シギが慌てた様子でこっちにかけてくる。


「りゃっりゃ! りゃっりゃ!」

 シギは混乱した様子で、ヒシっと俺の足にしがみつく。

 俺はシギを抱き上げてやる。落ち着くように優しくなでた。


「すごいぞ。シギ」

「りゃあ」


 シギは古代竜(エンシェントドラゴン)の大公の公子なのだ。将来的にすごい魔法が使えるようになるのは確実である。

 だが、赤ちゃんなのに魔力弾をうてるとは思わなかった。さすがである。

 やはり天才であった。


 魔法の練習をしていたミレットとコレットも、シギを撫でる。


「シギちゃんすごい」

「コレットも負けないの」

 ミレットとコレットもやる気になったようだ。とても良いことである。


 そんなことを考えていると、また急にひざが痛み始めた。

 昨日の夜のような痛みである。具体的に言うと尿路結石のような痛みだ。


「……ぐぅ」

「アルさん、だ、だいじょうぶですか?」

「おっしゃん、顔真っ青だよ!」

「りゃ……」


 ミレットとコレットが心配してくれる。シギも心配そうにこっちを見ていた。


「だ、だいじょうぶだ……だが、ちょっとひざを温めてくる」

 あまりに痛いので、俺は衛兵小屋の中にある温泉へと向かった。

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