第123話

 俺のひざの痛みが魔王復活の印なのだろうか。とても恐ろしい話である。

 しかもひざから取り出した石は、体を乗っ取る寄生型生物のものとそっくりだという。

 魔王が復活後の手先として、俺を操り人形にしようと考えたのだろうか。


 クルスが真剣な顔で言う。

「アルさんが乗っ取られてしまったら、大変です。世界の危機ですよ」

 本当に大変である。個人的に乗っ取られたら困る。

 だが、世界の危機というのは大げさだと思う。


『もしアルが乗っ取られたら、フェムがとどめを刺してあげるのだ』

「あ、ありがとう?」

『悲しいけど、頑張るのだ。だからアルは安心するといいのだ』

 フェムは良かれと思っているのだろうが、まったく安心できない。

 乗っ取られて悪いことをするぐらいならとどめを刺してもらった方がいいのは確かだ。

 だが、乗っ取りから救い出す方向で頑張ってほしいものである。


「……らありゃ」

 シギショアラは俺にヒシっと抱き着いた。会話内容を理解しているのだろう。


「大丈夫。俺はそう簡単に乗っ取られたりしないから」

 安心させるように、シギを右手で抱きしめる。


「もっも!」

 一方、モーフィは俺の左手を咥えてはむはむしていた。

 心配のあまり、ストレスを感じ、つい赤ちゃんのようになってしまうに違いない。

 きっとそうだ。ただ、咥えたいだけではないはずだ。


 俺はユリーナとルカに尋ねる。

「仮に乗っ取りを仕掛けられているとして、防ぐ方法ってないの?」


 ユリーナが真剣な顔で言う。

「石が大きくなるたびに、切開して取り出せばいいと思うのだわ」

「それって、どのくらいの頻度で切り開くことになるかな?」

「昨日、今日の成長ペースを考えれば、1日か2日おきかしら」

「そ、そうか」


 毎日のようにひざを切るとなると、とてもつらい。

 ヴィヴィに痛みを和らげる魔法陣を用意してもらったとしても、毎日はつらい。

 血も出るし、体力の消費も激しい。

「毎日となると、ユリーナにも悪いし、なるべく避けたいな」

「気にしなくていいのだわ! 毎日切ってあげる」

「お、おう。……ありがとう」


 ユリーナはなぜか張りきっていた。ありがたいことだ。

 だが、俺のひざを切ることに、張りきられるというのも少し複雑である。


 そのとき、考え込んでいたルカが口を開いた。

「アル、クルスにひざを撫でられたら痛みが引いたんでしょ?」

「そうだぞ。それは確実だな」

「ほかに、なにで痛みが引いたの?」

「ほかには無かったかも。温泉も効果なかったし……」

「ほうほう」


 ルカはしばらく真剣に考える。

「不死殺しの矢は魔王の技だったわけだし。クルスの聖なる力で対抗できるのかも」


 クルスは目を輝かせる。

「そうなの? ならぼくがずっと撫でますね!」

「かもしれないって程度だけど」


 俺も痛くなった時の状況を思い出す。

「そういえば、急激に痛くなった時、クルスがそばにいない時ばかりだったな」

「じゃあ、ぼくがずっとアルさんのそばについていますね」

「クルスは忙しいから、そういうわけにもいかないだろ」

「大丈夫です! 今は暇ですから。ね? ルカ」


 クルスは嬉しそうにルカに尋ねる。

 だが、ルカは冷静に言う。

「いや、そんなわけないでしょ。以前より暇になったと言っても、忙しいわよ?」

「でも、アルさんが乗っ取られたら、世界の危機だから、仕方ないよね」

「そんなわけ……、いや、そうかも……」

 ルカは真面目な表情だ。


「たしかにそうなのだわ。アルが能力そのまま魔王の支配下に入ったら厄介ってレベルじゃないのだわ」

「そうなのじゃ。やばいのじゃ」

 ユリーナとヴィヴィも同意した。

 どうやら、俺は高く評価されているようだ。


 そのあと相談の結果、俺にはクルスがなるべくつくことになった。

 クルスの仕事は極力休むが、外せない際には、俺も同行すると決まった。


『仕方ないのだな、フェムも頑張るのだ』

「もっも」


 フェムとモーフィもついてくる気満々だ。

 勇者クルスに同行するなら、移動も増えそうだ。ならばフェムについてきてもらった方がいいだろう。


「石についてはあたしとユリーナで全力で調べておくわね」

「頼む」

「魔王復活に関しては、噂がないかわらわも調べておくとするのじゃ」

 ヴァリミエも調べてくれるようだ。

 ヴァリミエは魔王領の魔獣に顔がきく。もしかしたら情報が手に入るかもしれない。


「みんなありがとう。俺は嬉しい」

 俺はお礼を言ってみんなに頭を下げた。


 和やかになりかけた空気の中、クルスが笑顔で聞く。

「ヴィヴィちゃん。魔王が復活してたらどうするの?」


 一瞬静まり返った。とても気まずい。

 ヴィヴィは魔王軍四天王であった。言うまでもないことだが、四天王は魔王軍最高幹部なのだ。


 ルカがぽつりと言う。

「……あえて聞かなかったのに」

「へ? でも大事なことだと思う!」

 クルスは無邪気だ。


 ヴィヴィは冷静に言う。

「いまさら魔王軍を復活させようとは思わないのじゃ」

「ヴィヴィ、魔王についてはどう思っておるのじゃ?」

「姉上……」


 ヴィヴィはしばらく考えた後、口を開く。

「わらわの知っている魔王はいい奴だったのじゃ。心優しい王様じゃった。魔族と魔獣が幸せに暮らせる国を作りたいと言っておった」


 だが、俺たちが戦った魔王軍は結構悪かった。

 ゾンビ軍団を操り、村を焼き、魔獣や魔族を力で支配していた。


「土壌を改良して食糧事情を改善しようとしていたのじゃぞ。魔王は奪えばいいと考えていたわけではないのじゃ」

「えー、もっと悪そうだったけどなー」

 クルスがそういうと、ヴィヴィはうなずく。


「わらわがおぬしらに敗れて戦線離脱した後、変わったのかも知れぬのじゃ」

 正直なところ、ヴィヴィが戦線離脱する前から結構悪いことはやっていた。

 ヴィヴィが知らなかっただけだろう。

 ヴィヴィ以外の四天王は人間を食べるのが好きとか言うやつも多かったのだ。


「魔王軍がゾンビ兵も使っていたと聞いたのじゃ。魔王はゾンビを忌み嫌っておったのに……」

 それは確かにヴィヴィが離脱した後だ。


 ヴァリミエも考えながら言う。

「わらわがヴィヴィの魔王軍参加を許したのも、魔王が優れた施政者だったからじゃぞ」

「ほう?」

「だが、ある時からおかしくなった気はするのじゃ」

「ある時っていつ頃?」

「おぬしたち勇者パーティーが魔王領に攻め込む半年ぐらい前かのう? そのころから人間領の村の略奪とかを始めたのじゃ」


 略奪が始まったからこそ、勇者クルスに討伐指令が下されたのだ。


「なるほどなぁ」

 魔王軍にもいろいろな事情があったのだろう。


「少なくとも、わらわは魔王の味方をしようと思ってないのじゃぞ」

「そうか。ありがとう」

 ヴィヴィがそういってくれて、俺はうれしかった。


「そうだ。アルさん。魔王領の調査に行きましょう!」

 クルスが元気にそういった。

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