第103話

 次の日の朝。俺たちは王都へと向かう。

 ヴィヴィは自室から出てこなかった。

 モーフィがヴィヴィの部屋から出てきてヴィヴィのご飯を運んだりしていた。


 留守番はクルスとヴィヴィとモーフィだ。

 被り物をかぶるのは俺一人だ。

 いつも被り物を一緒にかぶっているヴィヴィがいないので、少し恥ずかしい。


 王都のクルスの家を出たところでルカが俺のひざあたりを見ながら、心配そうに尋ねてくる。


「フェムに乗る?」

「いや、さすがに魔狼王は目立ちすぎるからな。王都を出るまで歩いていく」

「そう」


 いつも王都に来るとき、フェムは小型化している。その状態だと特大の大型犬に見えなくもない。

 だが、馬より大きい本来の姿に戻ってしまえば、どこからどうみても強大な魔獣である。

 王都の民が怯えてしまう。


「昨日助けた冒険者たちからお話聞いたほうがいいよね?」

「そうだな」


 昨日は重傷だったこともあり、詳しくは聞けなかった。

 改めて聞けば、なにか分かるかもしれない。


「じゃあ、いこっか」

「え、ちょっ!」


 ルカが俺を小脇に抱えると走り出した。

 ルカの胸が背中に当たる。こいつは恥ずかしくないのだろうか。


「黙ってなさい。舌噛むわよ!」

「わっふわふぅ」


 ユリーナを置き去りにして、ルカは走る。フェムは嬉しそうに並走していた。

 あっという間に、教会についた。


「ユリーナと目的地が一緒なのだから、一緒でよかったのでは?」

「それもそうね」


 すぐにユリーナも追いつく。

 勇者パーティーの一員だけあって、ユリーナもそれなりに足が速いのだ。


「ぜぇぜぇ……なにも私を置き去りにしなくてもいいのだわ」

「たまには運動したほうがいいわよ。太るし」

「太ってないし、運動してるのだわ!」


 ユリーナが心外そうに文句を言う。

 その間俺は抱えられたままだ。


「あの、ルカさん、そろそろ降ろしてくださいませんか」

「ああ、忘れてたわ」


 俺をおろしてからルカが言う。


「速かったでしょ?」

「速いけどさ……」


 俺は文句を言うのをあきらめた。

 俺はひざが痛くて走れない。それゆえ、ルカが抱えて走った方が効率的に移動できるのは確かなのだ。


 切り替えて、俺はユリーナに頼む。


「昨日助けた冒険者とお話したいから、色々お願い」

「仕方ないのだわ。ついてきて」


 ユリーナは教会の聖女である。そのユリーナが手配してくれれば、教会ではなにも面倒はない。

 すぐに昨日助けた冒険者たちの前に案内された。


「ルカさん、それに狼さんも。昨日はありがとうございました」

「気にしないで。冒険者は助け合いだから」


 狼さんとは俺のことだ。フェムが自分のことかと思ったのか、少しびくりとしたのが面白かった。

 声で正体がばれたら困るので、俺は無言でルカの横に立つ。

 事情聴取はルカに全部お任せだ。


「昨日のグレートドラゴンとの遭遇について聞きたいのだけど」

「はい、あれはちょうど……」


 冒険者は真剣な顔で、語りだす。

 任務達成が遅れて、閉門時間に間に合わなかったので川のほとりで野宿を開始した。

 しばらくした後、グレートドラゴンが現れたのだという。


「ほかに誰か人間を見たりした?」

「全く見ていないです」

「魔族とかも?」

「はい。全く」

「そう、ありがとう」


 俺たちは事情聴取を終えて教会から出る。

 考え込みながらルカがつぶやく。


「魔族見てないのね」

「姿隠しの呪文を使っていたのなら、姿を見なくても不思議はないけど」

「とりあえず、川の向こうを調べるしかないわね」


 俺たちは教会を出て、昨日のグレートドラゴン戦跡地に向かうことにした。

 王都の入り口までまたルカに担がれた。恥ずかしい。


 王都から出てしばらくたったところで、おろしてもらう。


「フェム頼む」

『仕方がないのだ』


 すぐにフェムは大きくなる。

 フェムの尻尾はブンブン揺れていた。


「わふわふぅ」

「りゃっりゃあ」


 フェムがご機嫌な様子で走り出すと、シギショアラが顔を出して喜んでいた。

 やはり、むかい風が好きなのだろう。


 あっというまに、グレートドラゴンゾンビ戦跡地に到着した。


「昨日、調べたけどもう一回調べてみよう」

「そうね。明るいと新しい発見もあるかもしれないし」


 新たな発見は特になかった。


 当初の予定通り、川の向こうに渡ってみる。

 フェムが一生懸命匂いを嗅ぎはじめた。

 十数分、辺りを嗅ぎまわった後、フェムがピンと尻尾を立てる。


『森の隠者の匂いがしたのだ』

「お、フェムでかした」

「すごいわ!」

「わふわふ」


 ほめられてフェムは嬉しそうに尻尾を振る。

 俺がフェムに乗ると、フェムは一気に走りはじめる。


 20分ほど走った後、フェムが言う。


『臭いのだ』

「何の臭い?」

『腐臭なのだ』

「ゾンビとか?」

『ゾンビより臭いのだ。森の隠者の匂いを追いにくいほどなのだぞ』


 ゾンビより臭いとはただ事ではない。

 さらにしばらく走ると、俺にも感じられるほど臭いが強くなった。


「本当に臭いな」

「臭いわね」

「りゃ」


 ルカも顔をしかめている。シギも不機嫌そうに鳴いた。

 さらに少し走ると、臭いの元が目に入った。


「これって、グレートドラゴンか?」

「そうね。しかも、これ何体?」

「今見えているだけで20体だな」

「……いったいどういうことなの?」


 俺とルカはグレートドラゴンの死骸を調べる。

 シギは一瞬、顔だけ出したがすぐに引っ込んだ。臭すぎたからだろう。

 フェムは俺に鼻を押し付けている。臭いのだろう。


「グレートドラゴン20体が、王都近くに出現って。冒険者ギルドの責任問題になりそうだな」

「……いやなことをいうわね」


 冒険者ギルドのお偉いさんであるルカは険しい顔になる。

 グレートドラゴンの死体は、どれも腐敗がだいぶ進んでいる。だが程度に差があった。

 

「こいつらが倒されたのってかなり前だよな」

「一番新しい死体でも、一週間ぐらい前に見えるわね」

「ゾンビ?」

「腐りすぎてて、ちょっとわからないわ。研究室で調べてみないと」


 ゾンビも腐っていることが多い。だが、普通の死体とは腐り方が微妙に違うのだ。

 ここまで腐っていると、その違いも見分けがつかなくなってしまう。


 俺に鼻を付けたままフェムが言う。


『ゾンビなのだ』

「わかるの?」

『わかるのだ。死体の臭さに独特のアクが含まれるのだ』

「……アクとな?」


 アクの含まれる臭いとは一体なんだろうか。ちょっとわからない。

 嗅覚の鋭い狼ならではの感覚なのかもしれない。


「フェムがゾンビだっていうなら、きっとゾンビなんだろうな」

「そうね。きっとゾンビね」


 グレートドラゴンの死体からサンプルを回収していたルカが賛同してくれた。

 こと臭いに関しては、魔天狼の感覚は信用できる。

 ゾンビになりかけたヒドラの肉を食べて、魔狼たちがお腹を壊したことは忘れてあげよう。


「ルカ。サンプル回収したら言ってくれ。全部燃やすから」

「そうね、臭いし」

『そうなのだ。臭いのだ』

「りゃっりゃ」


 グレートドラゴンは体が大きい。それが20体だ。

 これだけ大量の死体があれば、疫病のもとになりかねない。

 グレートドラゴンの死体が餌となり、魔鼠が大発生する恐れもある。

 先日、森の隠者を追っている最中に襲ってきた雑魚魔獣はここで増えたものかもしれない。


『戦利品の回収はしなくていいのだな? 本能なのであろ?』

「さすがに……臭いし。あたしはいらないわ」

「そもそも、鱗とか肝とか戦利品になりそうなところも腐ってるし。臭いし」

『そうなのだな』


 フェムも納得したようだ。

 ちなみにずっと鼻を俺に押し付けている。


「りゃ!!」


 シギが懐の中で鳴く。不機嫌な鳴き声だ。臭いと抗議しているのだろう。


 俺が火炎魔法を発動するため、魔力を練りはじめた。

 高火力で一気に燃やしたいが、延焼は最低限に抑えなければならない。


「魔法障壁で囲んで燃やしたらいい感じかなー」


 俺が独り言をつぶやいたその時。


「貴様ら! やっと尻尾を見せおったな。成敗してくれるのじゃ!!」


 目の前に巨大な獅子が現れた。

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