第102話

 俺たちは怪我した冒険者を抱えて、王都の門まで全力で走った。

 向かっている途中、俺は冒険者に尋ねてみた。

 狼の仮面をかぶっているのに、冒険者は動じない。そんな余裕がないだけかもしれない。

 もしくは、ヴィヴィの牛の仮面を見て、既に慣れただけかもしれない。


「大丈夫か?」

「はい。おかげさまで、なんとか」


 冒険者の傷口には、傷薬を塗られて包帯がまかれている。

 ルカが戦っている間に、ヴィヴィが治療したのだろう。きっとポーションも飲ませたに違いない。

 ゆっくりはしていられないが、今すぐに死ぬということはなさそうだ。


「どういう経緯でドラゴンに遭遇したんだ?」

「任務の達成が遅れて、野宿していたら……」

「そうか。それは災難だったな」


 会話している間に王都の門に到着する。俺たちに気づいて、衛兵が数人出てきた。

 そして、ルカに向かって叫ぶように呼びかけてくる。


「ラーンガウ卿、止まってください!」

「けが人よ! 手配をお願い」

「……了解いたしました。おい」


 衛兵は、けが人を見て一瞬考えると部下に向かって指示を出し始めた。

 けが人の重傷度を理解してくれたのだろう。


 衛兵に抱えられた冒険者がうめくように言う。

「ありがとうございます。このご恩は……」

「気にするな。冒険者は助け合いだ」

「ありがとうございます……」


 冒険者は何度も何度もお礼を言う。

 衛兵たちは手際よく怪我した冒険者たちを抱えて、門の中へと運んでくれる。

 このまま治癒魔術師のいる教会へ連れて行ってくれるはずだ。


「ラーンガウ卿はどうされますか? 特別に開門することもできますが」

「今は、まだその必要はないわ。外でやることが終わってないから」

「了解いたしました。お気をつけてください」

「ありがとう」


 そしてルカは街道を再度走り出す。

 俺たちはルカを追った。


「森の隠者を追わないと」

「もう、逃げられた後だろうけどな」

「それでも、一応ね」


 ルカはそういいながら走っていく。

 途中にユニコーンの死骸や、弱い魔獣の死骸が転がっていた。

 走っている間中、ヴィヴィはずっと無言だった。


「……戦利品の回収したいな」

『回収していくのだな?』

「いや、森の隠者を追うのが先だ」

『わかったのだ』


 残念ながら、今はまだ戦利品の回収はできない。急いで進む。


 あっという間にグレートドラゴンと戦った跡地に到着した。


「フェム、モーフィ、匂いは追えるか?」

「わふ」「もう」


 フェムとモーフィは一生懸命匂いを嗅ぐ。

 シギショアラも顔を出して、周囲を観察している。


『混ざりすぎてるし、川もあるし。追えないのだ』

「もう……」

「そうか。それなら仕方ない」


 グレートドラゴンのゾンビと冒険者たち、それにルカたちの匂いも混じっているのだ。

 その上、川が流れている。

 森の隠者は川を渡ったのかもしれない。ならば、いくらフェムたちでも匂いは追えない。


「明るくなってからもう一度調査しないとダメね」

「そうだな」


 ルカは悔しそうだ。

 俺は切り替えて、グレートドラゴンのゾンビの戦利品を回収する。

 回収しながらルカに言う。


「森の隠者を追った先で、ドラゴンゾンビが出て来たんだ。かなり怪しいよな」

「そうね」

「…………」


 ルカも解体を開始する。

 一方、ヴィヴィは真剣な表情で無言のまま、じっと空を見ていた。


「ヴィヴィ大丈夫か?」

「……大丈夫じゃ」


 大丈夫じゃないように見える。

 姉がゾンビ化事件に深くかかわっているのかもしれないのだ。

 ヴィヴィの心痛は理解できる。


「りゃあ」


 俺の懐からシギが飛び出した。そしてヴィヴィによじ登る。


「どうしたのじゃ?」

「りゃっりゃあ」


 シギはぐしぐしヴィヴィの顔に頭をこすりつけていた。シギなりに励まそうとしているのだろう。

 それを理解して、ヴィヴィも少し笑顔になる。


「ふふ。ありがとうなのじゃ」

「りゃあ」


 俺たちは魔獣から戦利品を回収しつつ、王都へと戻った。

 戦利品の回収には、死体の処理も含まれる。


 死体を放置することは百害あって一利なしだ。

 死体を食べに他の魔獣が集まるし、死体が腐れば病気のもとになる。


 だから、戦利品の回収は冒険者の本能であり、大切なマナーでもあるのだ。


 王都の門に到着すると、衛兵が出てくる。

 ルカは冒険者カードを衛兵に提示する。


「夜になんども申し訳ないわね」

「いえ、それが仕事ですから」


 衛兵に許可を取り王都へと入った。フェムは小さくなってから、王都へと入る。

 まっすぐ、クルスの家に向かって、魔法陣を通りムルグ村へと帰った。


 ムルグ村に帰ると、小屋の外でクルスが待っていた。

 勢いよく飛びついてくる。


「アルさーーん」

「留守番、お疲れ様。大丈夫だったか?」

「はい! 大丈夫でした」


 一応周囲を観察する。クルスは強力な魔獣を倒していても大丈夫とかいうので油断できない。

 見たところ、魔獣の死骸は転がっていなかった。


「襲撃はなかったのか」

「はい!」


 それなら一安心である。


「アルさん、森の隠者には会えましたか?」

「逃げられてしまった」

「そうでしたか」

「今後のことを相談するぞ」

「はい!」


 俺たちは食堂へと向かう。

 ユリーナとクルスを交えて、食堂で話し合いをするためだ。


 だが、ヴィヴィは思いつめた顔で言う。

「少し、疲れたのじゃ。先に休ませてもらうのじゃ」

「ヴィヴィ。まだはっきりと決まったわけじゃないんだ。思いつめるなよ」

「わかっておるのじゃ」


 ヴィヴィはわかっていなさそうな表情だ。

 とぼとぼと自室へと帰っていった。


「もっもぅ」

 心配したモーフィが、ヴィヴィの部屋までついていった。

 ヴィヴィがへこむ気持ちはわかる。とても心配だ。


 そんなヴィヴィを見送りながらユリーナが尋ねる。


「なにがあったの?」

「それがな……」


 俺とルカは経緯を説明した。


「そう。それならヴィヴィちゃんの気持ちはわかるのだわ」

「疑惑が深まっちゃったからね」

「そうだな」


 森の隠者を追ったら、妨害するようにグレートドラゴンのゾンビが出てきたのだ。

 森の隠者がゾンビを操っていると考えるのが自然だ。


 ヴィヴィにとって、森の隠者は師匠であり、実の姉である。それにヴィヴィは姉をとても尊敬しているようだった。

 そんな、森の隠者の悪事を知り、ヴィヴィはショックを受けたのだろう。


「明日、もう一度調査に行きたいんだが」

「そうね。あたしも手伝うわ」


 俺の提案に、ルカは賛同してくれた。

 ユリーナが残念そうに言う。


「私も行きたいけど、教会の業務を休めないのだわ」

「それは仕方がない。けが人病人は常にいるからな」


 そして、クルスは薄い胸を張っていう。


「ぼく、明日休みですから、ヴィヴィちゃんとお留守番してますよ!」

「クルスありがと。せっかくの休みなのにすまないな。助かる」

「気にしないでください!」


 俺とルカは明日も調査に向かうことにした。

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