第104話

 古風なしゃべり方をする獅子だ。その獅子がこちらを見下ろしている。


「いつのまに現れたのよ!」

『気づかなかったのだ』


 ルカとフェムが驚いている。

 ルカはともかくフェムに気づかれないというのはすごい。視覚だけでなく、匂いまでも誤魔化したのだ。


「ガルルルル……」

「それにしても大きいな」


 獅子は唸っている。体が大きいだけあって、声も大きい。

 立派なたてがみがもさもさしている。

 獅子の大きさは、巨大化したモーフィより一回り小さいぐらいだ。


 俺はフェムの背に飛び乗る。

 そうしておいてから、獅子に向かって語り掛けることにした。

 流暢に人の言葉を操る獅子なのだ。話し合いで戦闘を回避できればそれに越したことはない。


「偉大なる獅子よ。なにか御用ですか?」

「白々しいのじゃ。自分の胸に手を置いて考えるがよい!」


 獅子は大きく口を開いた。同時に口から魔力弾が飛んでくる。

 フェムとルカは距離をとりながら、かわす。


「危ないじゃないか。まずは話し合いを……」

「問答無用なのじゃ!」


 話し合いには応じてくれなさそうだ。

 獅子は口から魔力弾を連続で放ってくる。魔力弾の威力は強力だ。

 木をなぎ倒し、地面を吹き飛ばしていく。

 一撃でもまともに食らえば、無事ではすむまい。


「アル! どうするの?」

「ルカは距離をとって。俺がなんとかする」

「わかった」


 相手が魔法戦をする気なら、俺が相手するべきだろう。

 俺は魔力を練りながら、フェムの名を呼んだ。


「フェム!」

「わふっ!」


 それだけでフェムは俺の意思を理解してくれた。

 一気に獅子との間合いを詰めていく。飛んでくる魔力弾は魔法障壁で弾いた。

 そして、こちらも魔力弾をぶち込んだ。

 二発三発、四、五、六発。

 ついに俺の魔力弾が、獅子のはった魔法障壁を砕く。

 魔力弾が獅子の胴体をとらえそうになったその瞬間、獅子は巨体に見合わぬ速さで回避した。


「速いな、おい」

『負けないのだ!』


 フェムがライバル意識を持ったようだ。獅子の魔力弾を紙一重でかわしはじめた。

 さすがは魔天狼である。フェムも以前よりかなり速くなっていた。


「フェムも速いな」

「わふっ」


 ほめてやるとフェムは嬉しそうに鳴いた。フェムはまだまだ余裕がありそうだ。

 しばらく魔力弾の応酬が続く。

 ついに俺の放った魔力弾が獅子の胴体にめり込んだ。


「ぎゃぅうん」 

「貴様! 許さぬのじゃ!」


 獅子は悲鳴を上げた。同時に怒りの声も上げた。


「魔法戦では負ける気がしないぞ。話し合いに応じる気はないのか?」

「外道とかわす言葉などないわ」


 いま、言葉かわしてるじゃないかという突っ込みは心の中で納めておく。


「もう、許さぬのじゃ! 詫びても許さぬ。逃がしもしないのじゃ」


 獅子は俺を睨んでから、距離をとっているルカも睨んだ。

 そして叫ぶ。


「覚悟するのじゃ」

「なっ!」


 その瞬間、グレートドラゴンゾンビの死体を中心にして魔法陣が起動する。

 俺たちの周囲に強力な魔力の檻があらわれた。

 あらかじめ準備しておいたのだろう。


「アル、やばくない?」

「ちょっとまずいな」


 魔力の檻は人間を閉じ込めるだけのものではない。熱も逃がさない。

 ヴィヴィがよく使っているように、内部を一気に高温にすることも可能なのだ。

 そうなれば、中の俺たちは簡単に焼け死んでしまう。


「アル! アルやばいわよ!」

「これほどの魔法陣、見たことあるまい。この魔法陣から何者も逃げることあたわず! 内部に組み込まれた麻痺魔法陣にて動けなくしてやる!」



 ルカは焦っている。

 だが、獅子は致死性の魔法陣を中に仕込んでおいたわけではないらしい。


 麻痺の魔法陣だけならルカは壊せる。

 だが麻痺の魔法陣を魔法の檻が保護しているのだ。魔法の檻を壊さないと麻痺魔法陣は壊せない。


「安心しろ、手はある。俺が魔法の檻を壊したら麻痺の魔法陣の方を頼む」

「了解したわ。信用してるわよ」


 焦るルカに安心させるように言葉をかけた。

 獅子は唸ると同時に呆れたように言う。


「がるるる」

「手はある? 貴様がいかに有能な暗黒魔導士だろうと初めて見た魔法陣を即座に解析することは不可能!」


 確かに普通はその通りだ。

 だが、俺は魔法の檻を初めて見たわけではないのだ。


「抵抗は無駄なのじゃ!」

 獅子が麻痺魔法陣を起動させようとしたので、俺は魔法の檻に魔力を流す。

 魔法陣の構造はよく知っている。ヴィヴィの作る魔法陣によく似ているのだ。


 ――ガギィイイン


 高い音をだして、魔法の檻は砕け散る。その瞬間、ルカが麻痺魔法陣を破壊した。

 ルカは保護されてさえいなければ、魔法陣を壊すのは得意なのだ。


「初見で壊すだと。貴様何者だ……」

 獅子が驚いたような声を出す。


「初見ではない。それにたとえ初見でも、俺なら壊せる」

「そんなバカな話が……」


 獅子は唖然としている。

 だが、本当に俺は魔法の檻を壊す方法をいくつも思いついていた。

 力づくで破壊する方法や、魔法陣の魔力回路に高負荷の魔力を流すなどだ。

 強大な魔力と、優れた魔法の技量がなければ難しいが、俺ならできる。


「貴様ら……」


 魔法陣はとっておきの切り札だったのだろう。簡単に破られて、獅子は少し後ずさる。

 そんな獅子に向かって俺は言う。


「逃がすつもりはないので、話し合いません?」

「くっ」


 獅子の焦りが伝わってくるようだ。

 隙を見せずに、いかに逃げるかを必死になって考えているのだろう。


 獅子がじりじりと下がりはじめたその瞬間。


「がおおおおおおおおおおおおおおおん!」

「りゃあああああああああああああああ!」


 魔天狼フェムが吠えた。魔力の混じった吠え声だ。魔狼だったころの吠え声より威力が上がっている。

 シギも真似して吠えていたが、多分効果はないだろう。

 獅子は、一瞬その巨体をびくりとさせた。


「ひぃ」

 ――どさっ


 小さな悲鳴が上がると同時に、獅子のたてがみから一人の少女が地面に落ちた。

 もふもふの中にうずくまっていたのだろう。


 慌てた様子で、獅子が少女を咥えようとしたので、重力魔法を獅子にかける。

 動けないよう獅子を地面に押さえつけた。


「がるるる」


 獅子はこちらを睨みながら唸る。

 フェムの吠え声が効いたのだろう。少女は足腰が立たない様子だ。

 少女は這うようにして後ずさる。


「き、きさまら……わらわをどうするつもりじゃ……」


 魔族の少女だ。

 胸が大きくて身長が高い以外、ヴィヴィによく似ている。


「人語をしゃべってたのは、獅子ではなくあなたでしたか」

「なんかおかしいと思ったのよねー」


 獅子のたてがみの中で、しゃべっていたのだろう。

 ルカも納得した様子で、うんうんと頷いていた。


「いくら辱めようとも、心だけは……」

「辱める予定はないです」


 ヴィヴィと初めて会った時のことを思い出す。

 俺はこれまでの会話で、少女がゾンビ化の犯人ではないと判断していた。

 だから丁寧に話しかける。


「森の隠者、ヴァリミエ・リンドバル殿ですね」

「……名前まで知っておるのか」


 ヴァリミエは絶望の表情を浮かべた。

 そして、懐から短刀を出す。


「かくなる上は……」

「ちょっと待て!」


 出した短刀で自害しかけたので、慌てて止めた。


「早まるな。俺は殺そうとしていないし、辱めようとも思っていない」

「ゾンビになどなりとうないのじゃ」

「ゾンビになどするか!」


 誤解があるようだ。

 やはりヴァリミエは俺たちがゾンビ化の犯人だと思っているらしい。


「我々はゾンビ化事件の犯人を追っているものです」

「信じられぬのじゃ」


 俺は狼の被り物をとると、冒険者カードをヴァリミエに見せる。


「俺は勇者パーティーの一員ですよ。ゾンビ化に手を貸すわけないでしょう?」

「……それも、そうじゃな」


 ヴァリミエはやっと納得したようだった。

 聖神の使徒である勇者は、ゾンビとは対極の存在なのだ。信頼度は高い。

 これでやっと冷静に会話ができそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る