第84話

 魔法を教え始めて一週間後。

 ミレットもコレットも筋がよかった。すでに初級魔術は使えるようになった。

 シギショアラも元気だ。イモの成長も順調だ。


 そんなある日。

 俺が衛兵業務についていると、フェムがびくりとして、立ち上がった。


『誰か来たのだ』

「魔人?」

『人間なのだ』

「行商人かな」


 ムルグ村には定期的に行商人が来てくれている。

 だが、行商人以外の来訪者はめったにない。


『ちがうのだ。知らない人間なのだ』

「なるほど。ありがとう」


 フェムは本当に頼りになる。

 知らぬ人間が近づいてきたということで、警戒しているのだろう。魔狼たちは子魔狼たちを咥えて狼小屋の中に運んでいた。

 さすが魔狼たちは知能が高い。手際が良くて助かる。


 俺もシギを隠したほうがいいだろう。

 近くで遊んでいたシギを抱きかかえて、懐の中に入れる。


「りゃあ?」

「しばらく大人しくしといてな」

「……りゃ」


 シギはわかってなさそうだ。不安である。

 一応、フェムにも言う。


「フェム。フェムはいいけど、フェム以外の魔狼たちも、一応隠れておいた方がいいかも」

「わふ?」

「魔狼みたら怯えるかもしれないしな」

『魔狼は強くて恐ろしいから仕方ないのである』


 体を小さくしているフェムはひときわ大きな大型犬程度だ。

 だが、他の魔狼たちは並みの狼より二回りほど大きい。その群れは威圧感がすごい。


「わふわふ」

「わふぅ」「わふ」


 フェムが魔狼たちのところで、静かに吠える。

 魔狼たちは返事をして狼小屋の中に入っていった。


「もっもう!」

「モーフィは、そうだなぁ」


 モーフィがキラキラした目でこちらを見つめてくる。

 モーフィも隠れたいのかもしれない。


 モーフィは近くにあったかごを器用に頭の上にかぶせると伏せた。

 お尻が出ているというか頭しか隠れていないが、モーフィは隠れているつもりかもしれない。


「もっも」

「モーフィは別に隠れなくていいぞ」

「も?」


 モーフィは、ぱっと見で牛なのだ。普通と違うのは、毛並みがきれいで、かわいらしいというぐらいだ。

 ムルグ村は牧畜を営む農村だ。モーフィの存在はとても自然だ。


「モーフィ何してるのじゃ?」

「も、もう」


 農作業していたヴィヴィが畑から戻ってきた。

 いつものように、つなぎを着て麦わら帽子をかぶっている。


 モーフィはかごをかぶったまま、ヴィヴィに体をこすりつけている。


「なんか知らない人間が近づいてるんだって」

「む? そうなのかや。それでモーフィはかごをかぶっているのじゃな?」

「もっも!」


 俺はモーフィの被っているかごをとってやった。

 そして頭を優しくなでる。


「わらわも隠れていた方がいいのかや?」

「いや、別に隠れなくていいだろ。そもそも、魔族がいても何の問題もないし」

「そうなのじゃな」


 その時俺は思い出した。

 ムルグ村の領主は魔族嫌いで有名だと村長に聞いたことを。


「あ、やっぱり隠れていた方がいいかも。領主の手のものだと面倒だし」

「なるほどのう。ならばわらわは衛兵小屋にでもいるとするのじゃ」

「あ、ヴィヴィ。戻るならシギを頼む」


 最近、シギは俺以外に抱かれても暴れなくなった。

 俺の姿が見えなくても大丈夫になってきている。成長が著しい。


 服の中で隠しておくより、ヴィヴィに小屋の中に連れて行ってもらった方がいいだろう。


「任せるのじゃ」

「シギ。ヴィヴィの言うことをよく聞いていい子にしてるんだよ」

「りゃ」


 ヴィヴィに抱かれて、シギは衛兵小屋へと戻っていった。


 しばらくして、フェムの尻尾がピンと立つ。


『来たのだ』

「そうか。ありがとう」


 フェムが来訪者の存在を告げてから結構時間がたっている。

 それだけフェムの気配察知能力が高いということだ。

 頼りになる狼である。


 やってきたのは三人組の冒険者だった。

 外見から判断するに重戦士と軽戦士と弓使いの計三人だ。

 全員、まだ若い。重戦士だけが男性だ。



 重戦士は金属製の鎧をつけて、幅広の直剣と金属製の盾を装備している。

 軽戦士は革の鎧に革盾、細めの直剣を装備し、弓使いは革鎧に上等な弓を装備していた。

 冒険者としてはよくある装備だ。


 冒険者たちが村の入り口まで来たので話しかける。


「ムルグ村になにか御用ですか?」

「補給させていただきたくて、立ち寄らせていただきました」


 リーダー格らしい重戦士が応対してくれる。

 冒険者たちは俺の横にいるフェムをちらちら見ている。

 フェムは知らない人が見れば、大きな犬に見えるだろう。フェムは立派なので気になるのは仕方がない。


「なるほど。皆さんは冒険者の方ですよね」

「そうなんです」

「一応冒険者カードを見せていただけますか?」


 村に入れるものの身元チェックは衛兵本来の業務である。

 冒険者のふりをした盗賊などを入れるわけにはいかないのだ。


「はい。どうぞ」

「ほう。みなさんBランク冒険者の方なのですか。お若いのに立派なことです」

「いやあ、それほどでもないです」


 冒険者たちは、照れている。

 冒険者カードによると、全員二十歳そこそこだ。それでBランクは本当に大したものだ。

 重戦士がアントン、軽戦士がエミー、弓使いがリザというらしい。


「Bランクの方々がどんな任務でこんな片田舎に?」

「珍しい薬草の採取です」

「Bランクの方々が薬草採取ですか? 意外ですね」


 薬草採取は、基本的に初心者向けの任務だ。

 Bランクはそこそこ強い魔獣退治が主任務になる。


「この辺りは魔獣が強いとかで、薬草採取も難しいんです」

「なるほど、それでBランクの方々にご依頼がいったのですね」


 ムルグ村周辺には魔狼とかバジリスクがいるのだから危険というのは間違いはない。

 それに実は魔猪も結構強い魔獣に入る。

 突進を受ければ、骨がバキバキに折れてしまう。牙が刺されば簡単に命を落とすことになる。

 その上背中の毛皮は分厚くて容易に矢も剣も通さない。


 軽戦士エミーから尋ねられた。


「おじさんも、こんな村で衛兵してるってことは腕に覚えがあるんでしょう?」

「こら、エミー失礼だぞ」


 アントンがこんな村呼ばわりをしたエミーをたしなめる。

 アントンがこのパーティーのリーダー格の様だ。


「ご、ごめんなさい。周囲の敵が強いっていう意味で……わるい意味で言ったつもりでは」

「いえいえ、気にしませんよ」


 エミーが慌てた様子で頭を下げてくる。俺は笑顔で応対した。

 基本素直な性格の様だ。


「俺も昔は冒険者だったんだけどな。ひざに矢を受けてしまって」

「そうでしたか。それは大変でしたね」


 弓使いリザからいたわりの言葉をかけられた。

 基本心優しい奴らなのだろう。


「この村は田舎なので、満足いただける補給ができるかはわかりませんが、ゆっくりしていってください」

「はい、ありがとうございます」


 冒険者たちは村の中へと入っていった。

 それを見送ったフェムが言う。


『薬草……。ミレットがよく採取している奴なのだな?』

「かもしれないな。でも季節も違うし、また別の薬草なんじゃないかな」

『ふむ。パーティーに魔法使いがいないのだな?』

「魔法使いは貴重だから。いないパーティーの方が多いぞ」

「わふ」


 村の中を見ると、冒険者たちを見つけた村長が歓待していた。

 やはり若い来訪者は大歓迎なのだろう。


 それを見ながら、俺は冒険者たちが無事任務を果たせることを心の中で祈った。

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