第83話

 次の日。

 俺が衛兵の業務についていると、ミレットとコレットがやってきた。

 魔法を教えにもらいに来たのだろう。


 ミレットたちに気づいたモーフィがじゃれつきに行く。


「ももう」

「モーフィちゃん、邪魔しないで」

「邪魔しちゃダメなの!」

「もう?」


 コレットとミレットに叱られて、モーフィは悲しそうに首をかしげる。


「モーフィ、おいで」

「もっもう!」


 俺が呼ぶとモーフィは大喜びでかけてきた。とりあえず、撫でてやる。

 それを見ていたフェムも撫でて欲しくなったのだろう。

 空いている俺の手をぺろぺろ舐める。


「フェム、どうした」

「わふ」


 とりあえず、フェムも撫でてやる。

 そうしている間に、ミレットとコレットは俺の前にやってきた。


「おっしゃん。魔法おしえて」

「アルさん、よろしくお願いします」

「うむ。がんばりたまえ」

「はい」「がんばります」「りゃああ」


 二人の生徒はやる気のようだ。

 なぜかシギショアラもコレットの横にならんで、羽をバタバタさせていた。


 最近では、シギも俺から離れて歩き回るようになった。古代竜の成長は早いようだ。

 とは言っても、俺が視界に入っていないと慌てて鳴き始める。

 それでもすごい進歩だ。俺から片時も離れなかった頃が懐かしい。


 一方、ヴィヴィはいつものように地面に魔法陣を描いていた。

 ちらちら、こちらを見ているので気になってはいるようだ。


「ヴィヴィも一緒にやるか?」

「わらわは一流の魔導士なのじゃ。初級者向けの授業など受けても仕方ないのじゃ」

「いや、教える側で」

「そ、そうじゃな。仕方ないのじゃ。気が向いたらしてやるのじゃ」


 ヴィヴィは満足げに、鼻息をふんふんさせていた。


 とりあえず、俺は授業に入る。


「まずは自分の中にある魔力を感じるところからだぞ」

「はい、せんせい!」「がんばります」「りゃあ」

「みなさんは自分の中にある魔力を感じたことはありますか?」

「ないとおもう」「ありません」「りゃありゃあ」


 シギも一緒に授業を受けているつもりのようだ。


 量はともかく、どんな人間も魔力を持っている。

 だが、体内に流れる血液を普段意識しないように、魔力を意識することはない。


 その魔力を意識することが魔法習得の第一歩だ。


「そうだな。とりあえず……」


 俺はミレットの手をそれぞれ握った。

 ミレットは頬を赤らめる。


「ア、アルさん」

「ほんの少しだけ魔力を流してみるから」

「あ、はいっ」「りゃあ」


 ミレットは真剣な表情になった。

 シギはよじよじと、俺の足を登りはじめた。もう授業ごっこに飽きたのかもしれない。


 俺はシギをそのままにして、ミレットにごくごく微量の魔力を流していく。

 俺の右手からミレットの左手を通して、ミレットの右手、俺の左手へと循環させる。


「なにか感じる?」

「あっはい!」


 ミレットは緊張気味だ。


 魔力を感じられるようになるまで、才能があるものでも時間がかかるのが普通だ。

 毎日師から流してもらって、一週間で感じ取れるようになれれば優秀だ。

 才能がないものは、一年続けても感じられない。


 ちなみに俺は、師に流される前から体内の魔力を感じていた。


「まあ、しばらくはなにも感じないかもだけど、毎日やっていればそのうち……」

「えっと、アルさんの右手から私の左手を通って、アルさんの左手の方に何かあったかい物が流れている気がするんですけど……」

「…………」「りゃありゃあ」


 絶句してしまった。

 ミレットはエルフだ。

 エルフは魔法が得意なものが多いというが、これほどとは。


 そんな中、シギは俺の肩まで登り切って満足げに鳴いていた。


 俺は平静を装って、語り掛ける。


「そ、そうか。それが魔力だぞ!」

「はいっ」

「この感覚を忘れないようにしよう」

「はい、がんばります」


 コレットがぴょんぴょん跳びはねる。


「コレットも、コレットもー」

「おお、コレットも、やってみような」

「やったー」


 ミレットの時と同じように、コレットの手を握る。

 ミレット同様、コレットも才能があるかもしれない。


「なにか流れるのを感じたら、いってね」

「わかった」


 俺は魔力を流すタイミングをうかがった。

 コレットと見つめあう格好だ。


「おっしゃん、にらめっこみたい」

「まじめにやるんだぞ」

「はーい」「もっもう」


 コレットはぷうっと頬を膨らませたりしている。

 一方モーフィは俺のお尻に鼻をぐいぐい押し付けていた。暇なのだろう。

 真面目な場面なのに、モーフィのせいで気が散ってしょうがない。


「モーフィ、やめなさい」

「もう?」

「ぷふふふ」「りゃぁ」


 にらめっこ状態だった、コレットが笑う。

 シギはぴょんとコレットの肩へと飛び移った。


 その瞬間、俺は魔力をほんの少し流した。


「あっ。なんか来た! おっしゃん、なんか来たよ?」

「……」


 再び、絶句してしまった。

 一番気がそれた瞬間を狙ったのに、正確に把握された。


 この姉妹は、少なくとも魔力感受性には優れているようだ。


「コレット、それが魔力だぞ」

「これが魔力なのかー」

「そうだぞ。その流れを色々なものに変換することで魔法が発動するんだ」

「なるほどー」


 そのあと、何度かテストをした。

 結果、ミレットもコレットも本当に魔力を感じ取れていることが分かった。


「魔力を感じられるまでもう少しかかると思ったのだけど」

「おっしゃん、コレット優秀? 才能ある?」

「今のところはな」

「やったー」

「でも、まだわからないぞ」


 感受性が高くても他がダメなら才能がないということになる。

 魔力操作、魔力の量など、魔法の才には色々な要素があるのだ。


「さっきは俺が魔力を流したけど、自分だけで同じことができるようになろう」

「どういうことでしょう?」「むむ?」

「りゃー」「もう」「わふぅ」


 ミレットとコレットが首をかしげる。

 シギとモーフィとフェムまで一緒に首をかしげていた。


 俺は両手を合わせた。


「こうやって、魔力を循環させるんだよ。それができれば第一段階修了だ」

「がんばります」「わかったの!」「りゃあ」


 それができるということは、自身の魔力を感じ取り操作できるということだ。

 コレットとミレットは俺の真似をして両手を合わせる。


 シギも真似した。羽に加えて手と足がある古代竜だから真似できるのだ。

 真似できないフェムとモーフィは俺の足にまとわりついている。



「あ、流れましたよ!」「コレットもー」「りゃ」

「……さすがに嘘じゃろ」


 横で聞いていたヴィヴィが立ち上がった。


「ほんとだよ?」

「嘘ついてもばれるのじゃぞ」


 ヴィヴィは魔力探知を開始する。すぐに俺も開始した。

 確かに流れている。


「……ほんとだったのじゃ」

「ね?」「ヴィヴィちゃんは疑い深いんだから」


 そう言って姉妹は笑う。

 ものすごく才能がありそうだ。千人、もしかしたら、万人に一人の才能だろう。


「りゃぁあ」


 手を合わせたままのシギが、少し不満げに鳴いた。

 魔力を循環しているとアピールしているのだろうか。


「シギもできたのか?」

「りゃあ!」


 シギは自慢げだ。

 もしかして言葉を解しているのだろうか。まさかである。

 いくら古代竜の成長が早く知能が高いとはいえ、まだ生まれて間もない。


「そっか。シギもえらいぞ」

「りゃあ」


 とりあえず、ほめてやると満足げにシギは鳴いた。



 今日の授業はここまでにした。あまり詰め込んでもあれだと思ったからだ。

 二人が去った後、ヴィヴィが言う。


「結構才能ありそうじゃな」

「そうだなぁ」

「まあ、わらわほどではないのじゃ」

「そうか」

「ほんとじゃぞ」

「疑ってないぞ」

「ならばよいのじゃ」


 これから教えるのが楽しみだ。


 一方、シギは、子魔狼たちとじゃれあっていた。


「りゃあ」「わふ」「わふわふっ」


 仲が良いようで何よりだ。シギの成長もすごく楽しみである。

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