第85話

 翌日、俺がいつものように衛兵業務についていると、冒険者たちがやってきた。

 冒険者たちは愛想よく挨拶してくれる。


「おはようございます」

「おはようございます。帰りもこの村に立ち寄られますか?」


 俺は懐に入れたシギショアラを服の上から優しくなでる。

 シギは大人しい。眠っているのかもしれない。


 俺の問いに、重戦士アントンが答える。


「任務が順調かに寄りますが、おそらく……」

「そうですか」


 俺たちが会話をしている間中、フェムは横で行儀よくお座りしている。

 まるでとても賢い忠犬のようだ。


 冒険者の一人、弓使いリザが笑顔で言う。


「温泉も最高でしたし。村長さんも優しくて。とてもいい村ですね」

「そう言っていただけると、嬉しいです」


 冒険者たちは、モーフィに目をやった。


 モーフィはフェムの隣でお座りしている。

 犬っぽく見えるフェムのお座りは自然だ。だが牛のモーフィのお座りは不自然この上ない。

 でも、モーフィなりに目立たないようにしているつもりなのだろう。


 軽戦士エミーが尋ねてくる。


「そういえば、昨日も牛がいましたね」

「ああ、この子ですか」

「もぅ」


 モーフィが首をかしげる。相変わらずかわいらしい。


「この子は家畜じゃなくて、ペットの様なものなんです」

「へぇ珍しいですね」

「可愛いですよ」

「もっもぅ」


 俺がモーフィを撫でると、モーフィは嬉しそうに鳴く。

 冒険者たちはそんなものかと思ったようだ。

 モーフィは可愛いので、ペットにしていても何もおかしくないのだ。


 しばらく話した後、冒険者たちは出立する。


「お気をつけて。ご無事をお祈りしています」

「ありがとうございます」


 笑顔で冒険者たちは去っていった。


『何事もなくてよかったのだ』

「そうだな」

「りゃっりゃ」


 懐の中のシギが、鳴き始めた。

 もぞもぞしている。


「どうした。シギ」

「りゃっりゃっ!」


 出してやると、シギは抗議をするように鳴いていた。

 狭くて暑かったのかもしれない。


「大人しくしてて、えらかったぞ」

「りゃぁ」


 ほめてやると、シギは自慢げに羽をバタバタさせていた。



 俺は冒険者たちに対して何の心配もしていなかった。

 彼らは優秀なBランク冒険者だ。

 そして、魔狼の森にはいま強力な魔獣はいない。その外にたまっていた凶悪な魔獣もフェムが追い払った。

 いま、この周囲は安全なのだ。



◇◇◇

 その日の夜。

 俺が気持ちよく寝ていると、フェムに起こされた。


「どうした?」

『誰かが近づいているのだ』

「魔人か?」

『今朝の冒険者なのだ』

「こんな時間にか」


 俺は起き上がる。モーフィもすでに起きていた。

 寝ていたシギが「りゃーー」と抗議の鳴き声を上げた。


「すまんなシギ。ここで寝ていてもいいぞ」

「りゃっ」


 ひしっと俺の腹にしがみつく。しょうがないので懐に入れる。


 小屋の外に出ると、夜の空気が肌寒かった。

 フェムとモーフィもついてきた。肌寒いのか、モーフィはぶるっと体を震わせる。


『二人なのだ』

「三人じゃなくて?」

『うむ』


 そして姿を見せた冒険者たちは全身がボロボロだった。

 弓使いは足を引きずり、軽戦士に肩を担がれている。

 軽戦士も無事ではない。頭には包帯を巻いている。

 包帯で止めきれなかった血が顔にべったりとついていた。


 そして、リーダー格の重戦士の姿はなかった。


「フェムっ!」

「わふ」


 名前を呼んだだけで、フェムは小屋の中へと走ってくれる。

 当代随一の回復術師、聖女ユリーナを呼びに行ってくれたのだ。


「その傷はどうされました?」

「手ごわい魔獣にやられて……」


 軽戦士の方が返答する。

 弓使いの方が重傷の様だ。ほとんど意識がない。放っておけば死ぬだろう。


 フェムがユリーナを連れてきてくれる。クルスも一緒だ。

 同じ部屋で寝ていたのだろう。

 ユリーナはクルスが大好きなのだ。すぐ一緒に寝たがる。


「……何事なのだわ?」

「けが人だ。頼む」

「はいはい。任せて」


 眠気をこらえるようにユリーナは言う。


 生物は常に変化する。

 その動態を正確に把握した上で、その一瞬先を予測して魔法をかけるのだ。

 だから治癒魔法は難しい。


 俺にも動態把握は無理だ。同じ魔法使いと言っても、治癒術師とそれ以外の魔導士は全く違う。


「妹を、リザを先にお願いします」

「わかってるのだわ。でも二人ぐらいなら同時でも」


 ユリーナの発動した治癒魔術はみごとなものだ。一瞬で、二人の傷が癒えていく。


 どうやら軽戦士と弓使いは姉妹だったらしい。


 回復してもらった軽戦士は深々と頭を下げる。

 弓使いは緊張の糸が切れたのだろう。意識を完全に失った。


「まさか治癒術師の方がいらっしゃるとは。助かりました。ありがとうございます」

「失われた血までは戻せないから。しばらく大人しくしておくのだわ」

「妹をお願いします。私は戻らなければなりません」

「無茶を言うな」

「ですが、お兄ちゃんがまだ……」


 どうやら、重戦士と軽戦士も兄妹だったようだ。三人兄妹のパーティーなのだ。

 軽戦士は気丈にも立ち上がり、戻ろうとする。だが、行っても無駄死にするだけだ。


 その時、後ろからルカの声が届いた。


「で、どこでどんな魔獣にやられたの?」

「えっと……」

「彼女は魔獣学者なんだ。説明すれば対処法を考えてくれる」


 戸惑う軽戦士に俺が説明すると、納得したようだ。

 軽戦士は説明していく。


 薬草の生息場所にいったら、5体のバジリスクに襲われたのだという。

 バジリスクはBランクの魔獣だ。

 Bランク冒険者である彼らは単体のバジリスクならば問題なく倒すことができるだろう。

 だが、5体は無理だ。Aランク冒険者のパーティーでも苦戦する。


 全滅必至のところを、リーダーである重戦士が足止めして、逃がしたくれたのだという。


「そのあたりって……」

『魔狼の森の中なのだ』

「だよな」


 魔狼の森のバジリスクは魔狼たちが追い出しているはずだ。

 魔狼たちが見逃したのだろうか。


「お兄ちゃんを助けないと……」

「一人で行っても死ぬだけだぞ」

「でも!」


 それに言葉にはしないが、一人で残ったのなら、もう死んでいる可能性が高い。

 だが、パーティーメンバーを見捨てるわけにはいかないと思う気持ちはわかる。

 兄妹ならばなおさらだ。


 俺はクルスたちに向かって言う。


「ちょっと、行ってくる」

「はい。村は任せてください」

「あたしもついていったほうがいい?」

「ルカ、心配してくれてありがとう。大丈夫だ。それよりもシギを……」

「りゃっ!」


 その時、懐の中のシギが強めに鳴いた。

 まるで一緒についていくという強い意思表示の様だ。


 魔導士の戦いを見せるのも教育のためにいいかもしれない。


「シギはしょうがないな。大人しくしとくんだぞ」

「りゃ」

「フェム。頼む。乗せてくれ」

『任せるのだ』


 フェムはたちまち馬よりも大きくなる。

 それを見ていた軽戦士が驚きのあまり呆然と口を開いていた。


 俺は気にせず軽戦士に尋ねる。


「馬には乗れるか?」

「あ、はい。一応」

「じゃあ、馬も牛もあまり変わらんから乗れるだろう。モーフィに乗って案内してくれ」

「もっもう!」

「はい。よろしくお願いします」


 すでにルカがモーフィに鞍を取り付けてくれていた。

 何も言っていないのに、こうなると予想して動いてくれていたのだ。

 ルカは、ものすごく気が利く良い子である。


「まあ、私も行った方がいいわよね」

「そうだな。頼む」


 ユリーナがフェムに乗ってきた。

 冷静に考えれば回復魔法が間に合う状況だとは思いにくい。

 死んでしまえば、回復魔法は意味がない。遺体回収任務になる可能性が一番高いだろう。


 それでも幸運にも瀕死ですんでいた場合、ユリーナがいたら助かる可能性が出てくる。


 緊張した様子の軽戦士エミーがモーフィに乗ると、フェムが走り出した。

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