第69話

 鳴き声で俺が飛び起きると、フェムも立ち上がる。

 尻尾と耳をピンと立てて緊張していた。


「ぶへ、な、なんじゃなんなのじゃ」

「もうも!」


 テントの中でヴィヴィが慌てている。モーフィもバタバタしていた。

 ヴィヴィがテントから出てくるまで少しかかりそうだ。


「いまのなんだと思う?」

『わからぬのだ』


 フェムもわからないらしい。

 そうこうしている間に、ヴィヴィがテントから這い出てきた。


「一体何の声なのじゃ?」

「わからん。が、鳴き声の主が、異変の元凶かもしれんな」

「ふむ」


 俺は会話しながら、ヴィヴィをさりげなく見る。

 幸いなことに漏らしてはいないようだ。


「鳴き声に魔力が混じってたよな」

『混じっていたのだ』

「フェムも鳴き声に魔力混ぜたりするよね。自分と比べてどうだ?」

『遠いところから響いてきた声なのに、混じっている魔力の量が多めなのだ』

「ふむ」

『遠吠えみたいに声だけ遠くに届けるのは難しくないのだ。だけど、魔力は距離で弱くなるのだ』


 音に比べて魔力は距離による減衰が激しいということだろう。


『……悔しいけど、フェムより明らかに強いのだ』

「そうか」


 フェムは本気で悔しがっている。魔狼王としてのプライドがあるのだろう。


 魔獣たちはこの場所から、魔狼王の縄張りの隣に逃げて来たのだ。

 フェムの方が怖くないと魔獣たちが考えているのは確かだろう。


 魔力の混じった吠え声は、魔法と言っても過言ではない。

 浴びたものを委縮させ、怯えさせる。

 動物と魔獣たちが逃げだしたのも、この鳴き声のせいに違いない。


「ヴィヴィ、ここで待機しておく?」

「なぜじゃ?」

「今の鳴き声より、きついの食らうぞ?」


 近づけば近づくほど、鳴き声をまともに食らうだろう。それは確実に地竜の吠え声よりはるかに強力だ。

 地竜の吠え声を食らって、漏らしてしまったヴィヴィはきっと何もできない。


「なめるではないのじゃ。余裕なのじゃぞ?」

「そうか」


 ヴィヴィは見栄を張っているのか、そんなことを言う。

 絶対に漏らすと思う。


 俺はモーフィに小声でささやく。


「……モーフィ。ヴィヴィのことたのむな」

「……もぅ」


 モーフィも小声で鳴いて頷いた。



 俺たちは日の出まで、もう一度眠った。

 巨大な吠え声は日の出までに三度響いた。そのたびに起こされてしまった。


「鳴き声のせいで、熟睡できなかったのじゃ……」

「無理するなよ」


 俺は長年冒険者をしていた。冒険者は冒険中基本的に熟睡しない。だから平気だ。

 野生の警戒心を持つフェムやモーフィも元から熟睡しないのだろう。平気な感じだ。

 だが、冒険者経験のないヴィヴィは眠そうだ。



 朝食を食べたら出発する。

 出発の前にフェムとモーフィに言う。


「山道だからな。あまり急がなくていいぞ」

「わふ?」

「いざ戦闘ってなったとき、疲れきっていると困るからな」

『了解なのだ』

「もぅ」


 順調に山道を進んでいく。

 この辺りは、強い魔獣が生息している地域だ。

 通常であれば強力な魔獣と戦いながら進まなければならなかっただろう。


「魔獣がいないのは楽でいいが……」

「厄介な魔獣を全て逃亡させる奴が控えているのじゃ」

「そう考えたら怖いな」


 山を登っていくと、フェムが緊張し始める。

 強大な敵の気配を感じているのだろう。


「フェム。強そうな敵の気配か?」

『やばい』


 フェムの念話がモーフィなみに片言になっている。

 本気でビビっていそうだ。


「モーフィ、大丈夫か」

『だいじょうぶ』


 モーフィは平気そうだ。この違いは何だろう。

 魔獣と霊獣の違いか。それとも肉食動物と草食動物の違いか。


 昼過ぎころ。


「Ryaaaaaaa」

「聞こえたな」

「うむ。わらわにも聞こえたのじゃ」


 魔力は混じっていない。昨日に比べれば小さな声だ。

 だがフェムはそれでもびくっとした。


「慎重に進むぞ。静かにな」

「了解なのじゃ」

「わふ」「もう」


 さらにしばらく進むと、遠くに巨大な生き物が見えた。

 最大になったときのモーフィの2倍はあるドラゴンだ。


「古代竜(エンシェントドラゴン)じゃねーか」

「初めて見るのじゃ……」


 古代竜は、神代から生きると言われている最強のドラゴンだ。

 竜王(ドラゴンロード)と呼ばれるドラゴンはすべて古代竜になる。


 普通の竜とは魔力の量が桁違いだ。


 俺とヴィヴィはフェムとモーフィから降りて相談を始めた。


「神に匹敵するという古代竜がなぜこんなところにおるのじゃ……」

「わからん」


 普通、古代竜はこのようなところにはいない。

 極寒の極地や、空気が薄くて人間の生存がつらいほどの高地、深海など。

 古代竜がいる場所は、人間が訪れることすら困難な場所ばかりだ。


「古代竜ってことは、数万歳なのじゃな?」

「いや、そうとは限らないぞ」

「む?」


 俺はルカから聞いたうんちくを披露する。

 古代竜は大体高齢だから誤解されているが、古代竜という種族なのだ。

 たとえ生まれたばかりでも古代竜は古代竜らしい。


「じゃあ、あれはもしかして五歳とかの可能性も?」

「いや、それはない。古代竜も生まれたばかりの時は小さいらしいからな。あの大きさまで育つには、結構かかるんじゃないか?」

「そうなのじゃな」


 古代竜の生態は学者でもほとんどわかっていないらしい。

 訪れることも難しい場所にいるから研究も難しいのだろう。

 古代竜というのが種族だと判明したことすら最近なのだ。


「ルカを連れてくれば喜んだだろうな」

「そうじゃな。かわいそうなことをしたのじゃ」


 生の古代竜に会える機会はめったにない。


「ryaaaaaa」


 その時、古代竜は小さな声で鳴いた。

 一定のリズムで、小さく鳴いている。


「もしかして、あれって寝息じゃないか?」

「魔力が混じっていないし、かもしれないのじゃ」


 それを聞いたフェムが身震いする。


『どうするのだ? 先制攻撃するのだな?』

「しなくていいぞ」


 フェムがやけに攻撃的になっている。

 内心の恐れをかくしているのだろう。気持ちはわかる。


「古代竜は知能が高い。そして戦闘力も尋常ではない。戦闘は極力避ける」

「会話で何とかできるのかや?」

「わからん。だが何とかなるならそのほうがいい。結果として戦闘になるとしても、こちらから戦闘に持ち込む必要はない」

「で、アル。戦闘になったら勝てるのかや?」

「勝てるぞ。だがヴィヴィたちは逃げたほうがいい」

「なぜじゃ」

「守りながら戦う自信はないからだ」


 正直なところ、勝てるかどうかは分からない。

 勝てないかもというと、ヴィヴィたちが一緒に戦うと言い張りかねないのでそう言ったのだ。


 クルスやルカ、ユリーナと一緒なら確実に勝てる。

 だが、俺ひとりだとどうだろうか。勝てるような勝てないような。たぶん勝てるんじゃないだろうか。


「フェムも逃げたほうがいいぞ」

『断るのだ。フェムはアルの騎獣なのだからな』

「ありがとう」


 ものすごくフェムがデレた気がする。

 そういってもらえるのは嬉しい。


「ヴィヴィも行くのじゃ」

「もぅ」


 俺は止めた。だが、ヴィヴィとモーフィの意思は固かった。

 モーフィに再度ささやく。


「万一、戦闘になったらヴィヴィを頼む。いざとなれば逃げてくれ」

『わかった』


 モーフィならヴィヴィを連れて逃げ出すことぐらいはできるだろう。


「フェムも、やばいと思ったら全力で逃げろよ?」

『嫌なのだ』

「万一の時はルカやクルス、ユリーナたちに知らせてくれ」

「わふ」

「頼む」

『わかったのだ』


 俺とヴィヴィはそれぞれ、フェムとモーフィに乗った。

 そして、静かに俺たちは古代竜に近づいていく。


 不謹慎だとわかっている。だが、久しぶりの強敵に、俺はワクワクしていた。

 クルスたちにいつも偉そうなことを言っているが、俺は戦闘狂のきらいがある。


「もう、いい歳だというのにな」


 俺は小さな声で独り言をつぶやいた。

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