第70話

 フェムに乗った俺は古代竜(エンシェントドラゴン)に近づいていく。

 ゆっくりと、焦らないように。


 モーフィに乗ったヴィヴィには、離れてついて来るよう言ってある。

 もちろんモーフィは本来の大きさに戻っている。


 フェムに乗ったまま、古代竜と対峙した。

 近づいてみると大きさに圧倒される。

 馬換算で何頭分だろうか。大きすぎてわからない。


「ryaaaa」


 古代竜は巨体の割に静かな寝息を立てている。

 人間と魔狼ごとき、古代竜にとっては羽虫のようなもの。起きる気配がない。


『……起こすのだな?』

「……いや、すこし待とう」


 寝起きは、どんな生き物も機嫌が悪いものだ。機嫌が悪い古代竜と交渉などしたくない。

 やむを得ず戦闘になったら、それは仕方のないことだ。

 だが、あくまでも避けられる戦闘は避けるべきだ。


「ryaaa……」

『……まだなのだな?』

「……まだだぞ」


 フェムの問いに小声で返す。

 相手は古代竜。普通にしゃべっていても起きない気もするが、念のためだ。

 フェムは緊張している。乗っている背がかすかにふるえていた。

 かろうじて尻尾を股に挟んでいないが、怯えているように感じる。


 近くで見る古代竜は、ため息が出るほど美しかった。全身が新雪のように白いのだ。


 後ろを見ると、モーフィとその背中にのる小さいヴィヴィが見える。

 モーフィは鼻息をふんふん鳴らしていた。

 恐れを知らない牛である。


「rya……」


 古代竜がまだ寝ている。吹き飛ばされそうになるぐらい鼻息がすごい。


 さらに十分ほどじっと待った。


「ryaaaaaa…………ryaっ!」


 古代竜が目を覚ました。

 目の前にいる俺とフェムを見て、一瞬びくりとした。


「お目覚めになりましたか、竜よ」

「……」


 敬意を払いつつ語りかける。

 古代竜は無言で俺たちをじっと見ている。


「わたしはこの近くにあるムルグという名の村の者。神にも等しいと言われる古代竜が何故このような場所におられるのですか?」

「……」

「あなたさまの声におびえた魔獣たちが、わが村の近くに押し寄せ困っているのです」

「……」

「魔力を込めた声を発するのは、お控えくださいますようお願い申し上げます」

「……」


 かなり丁寧にお願いしたが、古代竜は返答してくれない。

 下等生物である人間にかける言葉はないというのだろうか。

 実際、古代竜にとっては人間はただの下等生物に過ぎないのかもしれない。


 だとしても、ここで引くわけにはいかないのだ。


「偉大なる古代竜よ。卑小なる身の願いを聞いてくださいませんか?」

「……rya」


 古代竜がすこしだけささやくように声をだす。


 よく聞くために耳を傾けたその時。

「RYAAAAAAAAAAA!!」

 魔力を込めた吠え声をたたきつけられた。


「っ!!」

「ぎゃん!」


 俺は息をのみ、フェムは変な声で鳴いた。

 心臓の鼓動が早くなる。腹の中に手をつっこまれて内臓をいじくられているようだ。

 俺は吐きそうになるのを必死に耐えた。


「おろろろろろ」 


 だが、フェムは吐いた。尻尾も股の間に入っている。

 古代竜の魔力のこもった吠え声をたたきつけられたのだ。

 流石の魔狼王でも、本能的にこうなってしまうのは避けられない。


 本能が怯えているのに、それを気合で押さえつけて、この場にとどまっているのだ。

 魔狼王の矜持だろう。


「もっもう」


 後ろの方ではモーフィも鳴いている。

 ちらりと見ると、モーフィはヴィヴィを咥えていた。

 ヴィヴィは完全に気を失っている。それで落ちかけたのを、モーフィが咥えて助けたのだろう。

 頼りになる牛である。


 ヴィヴィはモーフィに任せれば大丈夫だろう。

 俺は吐いたフェムの背中を撫でてやる。


「フェム、大丈夫か?」

『だいじょうぶなのだ』

「無理はするなよ」


 そんなことをしている間に、古代竜は、ゆったりと立ち上がった。

 静かに首を巡らせた。


「RYAAAAAAAA!!」


 吠えると同時に、口から冷気のブレスを吐く。瞬間的に障壁をはった。

 即座に張ったとはいえ、強力な障壁だ。そうそう破られるものではない。


 ――キィィィイン


 障壁がきしんで嫌な音を出す。冷気自体というより、混じっている魔力弾の威力が高すぎるのだ。

 障壁を再度張りなおしながら、後ろをうかがう。

 モーフィがヴィヴィを咥えたまま、冷気ブレスをみごとによけていた。


 周囲一帯は真冬のように、白くなっている。まるで猛吹雪の中にいるようだ。


 ――パキィィイ


 魔法障壁にひびが入った。すぐに内側に障壁を張りなおす。

 その直後、一枚目の障壁が砕けた。間一髪だ。

 爪をふるわれる。フェムが巧みに飛んでよける。

 

 宙に浮いたところに、古代竜が尻尾がふるう。風圧だけで吹き飛ばされそうだ。

 さらに障壁を5枚はる。3枚破られたところで止まった。


「恐ろしい強さだな」


 感心してばかりはいられない。反撃を開始する。

 魔力の槍を連続で打ち込んでいく。

 古代竜の障壁は強力だ。容易には貫けない。

 障壁の表面に弾かれ拡散する。その一部が古代竜の下の岩盤を打ち砕いていく。


 古代竜が再度冷気を吐こうと口を開いた瞬間、重力魔法を叩き込んだ。

 軽くするのではない、重くしたのだ。

 岩盤が砕け、古代竜の体勢が崩れる。ブレスは明後日の方向へと飛んでいった。


 氷を吐く竜ならば、炎が効くだろう。


 俺は火炎弾を連続で放つ。

 10発。20発。30発。

 徐々に温度を上げていく。赤から黄色そして白へ。

 火炎弾の色が変化していった。


 ついに古代竜の障壁が砕けて、火炎が直撃する。


「RYAAAAAAAAA」


 魔力がこもっていない鳴き声。悲鳴だ。

 すかさず重力魔法で地面に押さえつけた。

 古代竜は逃れようと暴れるが、許さない。


 しばらくじたばたした後、あきらめたのか大人しくなる。


 動けなくなった古代竜を見て、安心したのだろう。

 フェムはほっと息を吐いた。


『アル。いつも力押しなのだな?』

「……単純なほうがいいんだよ?」

『そういうことにしておくのだ』


 フェムは信用していなさそうな目をしている。

 技巧をこらした魔法が役立つのは試合だけだ。殺し合いでは単純なものほど役に立つ。

 汎用性が段違いだ。


「フェムは魔法戦闘に詳しくないからそんなことを言う」

「わふぅ」


 そこに、モーフィがやってくる。大きいままだ。


「も、もっ」

「もう、大丈夫なのじゃぞ!」


 モーフィはヴィヴィの襟首を咥えている。

 ヴィヴィは恥ずかしそうに手足をバタバタしていた。

 下半身はやはりぬれていた。俺は気づかないふりをすることにした。


「モーフィ、ヴィヴィをありがとう」

「もう!」


 ヴィヴィを下すと、嬉しそうに俺に大きな鼻を押し付ける。

 鼻の頭を撫でてやった。


 しばらく撫でた後、古代竜に向き合う。


「さて、いきなり攻撃とは。どういうことでしょう」

「rya……」


 古代竜は小さく鳴く。まるで怯えているように見えた。

 そんな古代竜に、俺は違和感を覚えていた。

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