第68話

 ルカから渡された紙には魔獣たちがどこから逃げてきたのかが書かれていた。

 細かい種族やその生息域の分布図などなど。よく調べられている。


 それを俺と一緒に読んでいたユリーナが言う。


「竜って、こんなに細かく種族が分かれているのね。知らなかったのだわ」

「俺も知らなかった」

「ぼくもですっ! 一緒ですね」


 なぜかクルスはキラキラと目を輝かせている。とても嬉しそうだ。


 冒険者は、討伐手段と難易度で魔獣を分類する。

 だが、ルカのような学者は、尻尾の形とか色とかそういうところでも分類している。

 どこから魔獣が移動して来たのかなどがわかるのは、学者たちの細かな分類のおかげだ。

 学者たちの地道な研究に感謝である。



 朝食の後、調査に行くことを皆に伝える。

 クルスが張り切って言う。


「ぼくも行きますね」

「クルス。だめだなのだわ」

「えー」

「今日は魔人を討伐しないといけないわ」


 魔人は強い。

 人型だが、人族ではない。魔族とも違う。

 人間が魔獣と化したものだと言う学者もいるが、魔獣よりも霊獣に近いと言う学者もいる。


「魔人討伐ならクルスがいないとしんどいだろ」

「クルスなしで私と騎士団だけで討伐に行ったら何人かは、きっと死んじゃうわ」


 ユリーナが優しく諭すように言う。

 当代一の回復魔術の使い手であるユリーナがいても死者が出る。

 それぐらい魔人は強い。


 魔人を相手に戦えば、俺なら一対一では負けない。だが複数相手なら苦戦する。

 負けてもおかしくはない。


「わかりました。ぼくは魔人討伐に行きますね」

「それがいい」


 クルスは魔人討伐に向かうことを決めたようだ。

 なんだかんだでクルスは責任感が強いのだ。


「アルさん。くれぐれも無理しないでくださいね」

「おう。ありがと。クルスもユリーナも無理するなよ」

「わかっているわ。任せておいて」


 クルスとユリーナは相性がいい。よく二人で組んで強敵を討伐している。

 二人に任せれば安心だ。



 クルスたちが王都に帰ってから、俺はフェムに乗って出発した。

 ヴィヴィもモーフィに乗ってついてきてくれた。


「ヴィヴィいいのか? 距離的に確実に野宿だぞ」

「そのぐらい余裕なのじゃ」


 ヴィヴィはどこか楽し気に返事をする。


 目的地まで距離があるので、かなりの速さでフェムたちが走ってくれる。

 馬より数倍速い。しっかりモーフィもついてくる。

 これが魔狼王とモーフィの本気なのだろう。


 モーフィに乗りながらヴィヴィが言う。


「ルカの調査によると、西部山脈あたりから魔獣たち逃げてきたのじゃな?」

「そうみたいだな」

「西部山脈というと、クルスたちがつぶした暗黒魔導士の研究所があったところかや?」

「そうだけど、研究所とは距離があるみたいだな」


 西部山脈と一言でいっても、とても広い。

 逃げ出した魔獣たちがいた場所は、研究所から馬で2、3日ほどの距離にある。

 そして、ムルグ村からは馬で1、2日ぐらいの距離だ。


「ここって、山の中なのじゃ」

「そうだ。そして西部山脈の中でも特に強い魔獣がいるところだ」

「ふむ。山の中とは厄介じゃのう」


 逃げてきた魔獣の生息域。その中心あたりに異変の原因がある。

 ルカはそう判断した。


 そして、そこは険しい山の中だ。


「フェムもモーフィも山道は大丈夫か?」

『余裕なのだ』

『よゆう』

「無理はするなよ」

「わふ」「もう」


 フェムとモーフィは力強く返事をしてくれる。頼りになる奴らだ。


 フェムたちが大急ぎで進んでくれたおかげで、夕方前には山のふもとに到着できた。


「さて、いよいよ登山なのじゃな」

「いや、ここで野宿だ。山登りは明日だな」

「夜の山は危険じゃからか?」

「まあ、そうだ」


 夜の山が危険なのは間違いない。

 だが、それよりも魔獣たちを怯えさせ逃亡させたほどの何者かが山の中にいるのだ。

 警戒したほうがいい。


 それに、フェムたちが疲労している。

 フェムもモーフィもかなりの速さで走ってきたのだ。疲れないわけがない。

 このまま、山道を走るのはきついだろう。


「フェム。近くに敵の気配はある?」

『まったくないのだ。虫はいるけど動物も魔獣もいないのだ』

「それは逆に怖いな」

『うむ』


 フェムはぶるっと体を震わせた。

 武者震いかもしれない。


「モーフィ。なにか嫌な感じとかする?」

『しない』


 モーフィは平然としていた。



 てきぱきと野宿の準備をする。

 夏も終わりごろだ。しかも山ということもあって、涼しい。夜になればきっと冷える。

 だから魔法の鞄からテントを取り出して張る。


「テントなんぞ、持っていたのじゃな」

「そりゃ持っているぞ」

「冒険者はテント使わないと思っていたのじゃ」


 確かにテントの中だと、襲撃への即応性に欠ける。

 だが、テントに入れば、風を防ぐことができる。それだけで体力の回復量は大きく違う。


「まあ冬も冒険するしな」

「なるほどなのじゃ」

「もっ、もう!」


 ヴィヴィは納得してくれた。

 一方モーフィはテントの中に上半身を突っ込んでいる。お尻だけ見えていた。

 入りたいのかもしれない。だが、大きさ的に無理だ。


「テントの中にフェムとモーフィが入るのは難しいかな」

「わふぅ……」「もう……」


 目に見えてしょんぼりする。罪悪感を感じる。


 簡単に夕食を済ませると、ヴィヴィをテントの中で休ませる。

 モーフィもテントの中に上半身を突っ込んでいる。

 フェムはテントの近くで横になっている。


 テントの中に半分入っているモーフィのお尻とフェムの間に、俺は横たわる。


「わふ?」

「即応性が必要だからな」


 そういって、俺はフェムとモーフィを撫でてやった。


「フェムもモーフィも今日は本当にお疲れさま」

「わふ」「もぅ」


 フェムとモーフィの尻尾が揺れる。


 外気は寒いに近い涼しさだ。だが、フェムとモーフィに挟まれていると温かい。

 心地よさにうとうとする。


 真夜中。


――RYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA


 俺は響き渡る大きな鳴き声で目を覚ました。

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