第67話

 俺たちは日没の少し前に村に戻った。

 衛兵小屋に入ると、ヴィヴィはいそいそと温泉へと向かった。漏らしたので着替えるのだろう。

 俺とフェムは漏らしたことに気づいていないふりをする。なにも言わずに見送った。

 モーフィはヴィヴィについていった。本当に温泉が大好きな牛である。


 小屋にはクルスたちの他に村長もいた。

 調査に行くことを伝えていたので、待っていてくれたのだろう。


「お疲れ様です。調査の方、どうでしたか?」

「村長、わざわざありがとうございます。残念ながら調査の方はまだ終わってないのです」

「そうでしたか。魔鼠(まそ)が出たと聞いて、村人は不安に思っているみたいで」


 魔鼠は農業の敵だ。村人が不安に思う気持ちはよくわかる。

 新人冒険者が引き受ける依頼の半分は魔鼠退治かもしれない。

 それほど庶民になじみが深く、そして恐れられているのが魔鼠なのだ。


「まそってなんでしたっけ?」


 クルスは首を傾げていた。


 冒険者は新人のころ、必ず一度は魔鼠退治をやる。

 だが勇者であるクルスはそういう常識的な段階を踏んでいないのだ。

 勇者にねずみ退治を依頼する者はいない。知らなくても仕方がないのかもしれない。


 そんなことを知らない村長は驚いて目を見開いた。


「クルスさんも冒険者なのですよね」

「そうです! ぼくはアルさんといっしょに冒険者やってました」

「冒険者なのに魔鼠を知らないのですか?」

「えっ? 冒険者はみんな知ってるのかな?」


 クルスが冒険者仲間の俺たちの顔を見回してくる。

 残念ながら、クルス以外の冒険者はみな知っているのだ。


 困惑しているクルスを、ルカがからかう。


「クルスは色んな常識知らないから」

「クルスは勉強中なのだわ」


 ユリーナがクルスを抱き寄せて頭を撫でた。

 クルスは撫でられながら、俺の方を見てくる。


「ぼくはアルさんに色々教えてもらっているのです」

「なるほど。勉強中なのですね」


 村長はクルスを新人だと誤解したのかもしれない。

 都合がいいので、誤解させたままにしておこう。


 クルスと村長はそれでいいといて、俺はルカに聞かなければならないことがある。


「ルカ。討伐した魔獣の死体を持って帰ってきたんだ。ちょっと見てくれないか?」

「いいけど」

「ありがたい。量が多いから外に出よう」


 小屋の外に出て、魔法の鞄から死体を出していく。

 魔鼠やゴブリンを見て村長が驚いた。


「魔鼠だけでなくゴブリンまでこんなにいたんですか?」

「これでも一部ですよ」

「……なんてことだ」

「ご安心ください。魔鼠とゴブリンは心配ないです。フェムたちが目を光らせてますから」

「わふ!」


 フェムは尻尾をピンとさせて、誇らしげに立っている。

 村長はフェムに向かって深々と頭を下げる。


「フェムさん。お願いいたしますね」

「わふわふ!」


 一方、ルカは冷静に魔鼠とゴブリンの死体を検分していた。


「やせているけど、ただの魔鼠とゴブリンにみえるわね」

「やっぱりそうか」

「一応、調べてみるけど」


 ルカはてきぱきと自分の魔法の鞄へ、ゴブリンと魔鼠を入れていく。


「まあ、ゴブリンだけじゃないんだけどな」

「もったいぶらずに全部出しなさいよ」

「ほいほい」


 ワイバーンや地竜などの竜種や、バジリスクやヒドラ、魔熊などを出していく。

 村長は大きな魔獣を見て腰を抜かした。


「ひぇっ」

「大丈夫ですよ。そのための衛兵です」

「……アルさん。お願いしますね」


 村長は俺に向かって深々と頭を下げてくる。


 そんななか、ルカは冷静に検分している。さすがは学者である、


「随分と狩ったわね」

「生息域外の魔獣が多すぎる。竜種の死骸食いの痕跡っぽいのも見つけた」


 そういって、俺は鞄から竜種の骨も出す。竜種の歯形がついた奴だ。

 ルカの目が鋭くなる。


「これは確かに死骸食いっぽいわね。熊や猿、ねずみの魔獣なら珍しくないけど竜種の死骸食いは珍しいかも」

「だろ?」

「論文にまとめようかしら」


 ルカが学者らしいことを言い始める。


「それは、好きにしてくれていいんだけども」

「わかってるわよ。先に調査してあげる。どこから逃げてきたのか、何から逃げてきたのか知りたいのよね?」

「その通りだ」

「調べてみるね」

「頼む」


 ルカはてきぱきと自分の魔法のかばんに骨も入れていく。

 そして、小屋の方に戻っていった。


「明日は休日だし、自分の部屋で調べるから、邪魔しないでね」

「え? 調査用の器具とかあるの?」


 王都の研究室で調査してくれるものだと思っていた。

 衛兵小屋のルカの部屋には頑丈な机とベッドがあるだけだ。 


「器具は運び込んでるから。調査ぐらいできるわよ」


 ルカは平然と言う。俺は全く知らなかった。

 考えてみれば、魔法の鞄があるから、運び込むこと自体は難しくないのだ。

 ムルグ村も研究拠点にするつもりなのかもしれない。


 ルカの行動は、意外だったが今日は助かる。


「じゃあ、そういうことだから」

「ぼくにも手伝えることある?」

「ないわよ」


 ルカに断られて、クルスは少ししょんぼりしていた。



 夕食時になっても、ルカは部屋から出てこなかった。

 ミレットが夕食を運ぼうとするので、俺たちは止めた。


「ルカちゃん、大丈夫かな? 本当に夕食持って行かなくていいの?」

「大丈夫。というか、邪魔したら怒られるぞ」

「でも、お腹すいちゃうんじゃ」

「冒険者だからな。干し肉とか鞄に入っているから大丈夫だ」

「ミレットちゃん。ルカは集中力がすごいのだわ。どれほどの好物があっても目に入らないわ」


 一度呼んでみて返事がなかったら、出てくるまで待った方がいい。

 それがルカとパーティーを組んでいた俺たちの結論だ。

 ルカもまた、クルスとは別のタイプの天才なのだ。


「過集中モードに入らなければ、事務仕事から交渉まで何でもこなしてくれるんだけどね」

「そうなのですか」


 俺たちが説明しても、ミレットは心配そうなままだった。



 次の日の朝。俺の部屋にルカがやってきた。

 目の下に隈ができている。


「はい」

「これは?」


 ルカから数枚の紙を渡される。


「調査結果をクルスでもわかるぐらい簡単にまとめといたから。感謝して読みなさいよね」

「ありがとう」


 ――どさ


 そのまま俺のベッドにルカは倒れこむ。


「ちょっと、ルカ?」

「すー、すー」

「わふ?」「もう?」


 ルカはすでに眠りについていた。

 フェムとモーフィは少し驚いたあと、ルカの匂いを嗅いでいた。

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