第65話

 俺はヴィヴィ、フェム、そしてモーフィの様子を見る。

 やる気十分。疲れもなさそうだ。


 依然として、周囲の魔獣は警戒してこちらに突っ込んでくる気配がない。


 俺はフェムに指示を出す。


「フェム。一番強そうな気配に突っ込むぞ」

『わかったのだ』


 フェムは一度ぶるっと体を震わすと、走り出す。

 モーフィに乗ったヴィヴィもついてきた。


「ヴィヴィ、なにかあれば守るつもりだが、油断はするなよ」

「わかっておるのじゃ」

「危ないと思ったら、すぐ逃げろよ。モーフィ、ヴィヴィを頼むぞ」

「もぅ」


 力強くモーフィが返事をしてくれた。

 モーフィは牛なので、強そうな印象がないが、実は強い。


『臭いが強くなってきたのだ。ドラゴンなのだぞ』

「了解。一度止まって」

「わふっ」


 少し遠くに、地竜がいる。

 この前戦った地竜より一回り大きい。


「やせている……、のかな?」

「やせているのじゃ」


 ヴィヴィが断言する。

 ドラゴンは硬い鱗でおおわれた分厚い皮膚を持っている。

 だから、痩せていてもわかりにくい。


「ヴィヴィ、よくわかるな」

「見れば、なんとなくわかるのじゃ」

「そうか」


 そんなことを話していると、地竜が大きく吠える。


「GYAAAAAOOOOOOO」


 威嚇しているようにも思える。

 だが、吠え声に威圧感がない。こもっている魔力が少ないのだ。

 初めて会った時、フェムは吠え声に魔力を込めてぶつけてきた。

 あの時のフェムの方がよほど威圧感があった。


「追い払えるならそれが一番なんだけども」

「そう簡単に行くなら苦労しないのじゃ」

「そうだよなぁ」


 俺たちは地竜の様子を観察する。

 この辺りは本来、地竜の生息域ではない。この地竜はどこから来たのだろうか。

 何とかして、もともと住んでいた場所に戻ってほしい。


「GYAAAAAAAAA」


 また地竜が吠えた。

 フェムが耳をピンと立てた。


『これは仲間を呼んでいるのだ』

「そうなの?」

『そんな感じの魔力がこもっているのだ』

「へぇ」


 フェムの言葉は正しかったようだ。魔獣が続々と集まってくる。

 空を飛んでワイバーンがやってくるのが見える。

 ドシドシと、地竜型のレッサードラゴンが走ってくる音が聞こえる。


 俺はフェムから降りた。


「フェム。俺のことは気にしないで戦っていいぞ」

『でも……。アルはひざが痛いのだ』

「この程度の敵なら、動く必要はない」

『確かなのだな?』

「うむ」

『わかったのだ』


 次に俺はモーフィに乗ったヴィヴィを見る。


「ヴィヴィ、モーフィに乗ったまま戦う? それとも俺の後ろで戦う?」

「アルの後ろで戦うのじゃ。モーフィはきっとわらわが乗ってないほうが強いのじゃ」

「そうか」


 ヴィヴィがおりるとモーフィは悲しそうに首を傾げた。


「もぅ?」

「戦闘ならこっちの方がいいからな」

「……もう」

「怖かったら逃げてもいいぞ」

『にげない』


 モーフィの言葉からは強い意志を感じた。


「モーフィもフェムも。そしてヴィヴィも。好きに戦っていいぞ。俺がフォローする」

「わかったのじゃ」「わふ」「もう」

「あ、ヴィヴィは俺から離れるなよ。広い範囲を障壁で守るのはめんどうだからな」

「わかっているのじゃ」


 そうこうしている間に、地竜の周りにドラゴンが集まっていく。

 地竜1匹、ワイバーン5匹、地竜型のレッサードラゴンが7匹だ。


「結構多いな」

「逃げたいのかや?」

「まさか」


 ひときわ大きな声で地竜が吠えた。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

「ひぁっ」


 強力な魔力がこもっている。戦意を喪失させる竜の吠え声だ。

 ヴィヴィは体を硬直させ、それからブルブルと震え始めた。普通はこうなる。


 だからドラゴン討伐は軍隊をしても難しいのだ。

 吠え声に耐えられずに体が硬直する。戦意を失い震えだす。

 そこを蹂躙されたら、数百人の兵でも簡単に壊滅する。


「GYAAAAAA」「GOOOOOO」「GUAAAAAAA」


 地竜の吠え声に呼応するように、竜たちが吠える。すべてに魔力がこもっていた。

 攻撃開始の合図だ。


 一斉に竜たちが襲い掛かってくる。


「がうっ」「もおおおお」


 フェムが突撃していく。

 一方、モーフィは大きくなった。みるまに、小山のような大きさになる。


「……おおっと」


 モーフィ本来の姿を久しぶりに見て、少し驚く。

 こんなに大きかったっけ?


 本来の姿を知っている俺でさえそんなことを思ったのだ。

 竜たちはもっと驚く。


「GAa……」「GOo……」


 竜たちが委縮したところに、フェムが襲い掛かる。

 フェムはレッサードラゴンの首に噛みつきねじ伏せる。

 そこに急降下で襲い掛かってくるワイバーンは、俺が魔法で撃ち落とした。

 竜種は総じて魔法耐性が高めだ。だから念のために三発ずつ撃ち込む。


「もおおおおおおおおお」

「Gya……」


 モーフィは地竜にめがけて突進する。

 地竜も迎え撃とうと火炎を吐くが全く効かない。

 モーフィはそのまま頭突きする。地竜は跳ね飛ばされた。

 のろのろと立ち上がった地竜がモーフィに噛みつくが牙も通らない。爪も全く効いていない。 


「モーフィめちゃくちゃ強いな……」


 フェムもレッサードラゴンをねじ伏せ、ワイバーンを切り裂いている。かなり強い。

 だが、モーフィの活躍はすさまじい。

 頭突きすれば地竜が吹っ飛ぶ。蹄で蹴られたら竜であっても致命傷だ。


「俺の出番がない」


 それはいいことだ。

 もともと、俺が一人でほとんど倒す気でいた。

 だが、想定以上にモーフィとフェムが強かった。俺は軽く攻撃しただけで終わってしまった。

 竜たちが全滅した後、フェムとモーフィが戻ってくる。モーフィはもう小さくなっている。


「フェム。モーフィ。お疲れ」

「わふ」


 モーフィはヴィヴィに駆け寄る。

 そして、心配そうに顔をぺろぺろなめる。


『だいじょうぶ?』

「だ、だいじょうぶじゃぞ」


 硬直から解けたヴィヴィは強がるように言う。

 それでも、モーフィは心配そうに寄り添っている。

 ヴィヴィは、モーフィにギュッと抱き着く。


 それを見ながら、俺はフェムを撫でてやった。


「わふう」


 俺とフェムは目を合わせる。そしてうなずいた。

 ヴィヴィの下半身はぬれていた。吠え声を浴びたときに漏らしたのだろう。


 俺とフェムは、そのことには気付かないふりをすることにした。

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