第64話

 村に戻ると、入り口でヴィヴィが待っていた。

 牛の世話を終えて戻ってきたのだろう。


「どこ行ってたのじゃ」

「モーフィがゴブリンを見つけてな」


 俺が事情を説明すると、ヴィヴィは顔を曇らせる。


 一方、フェムは魔狼たちを集めていた。 


「がうっ」

「くぅーん」

「がうがうっ!」

「くぅん」


 フェムはきつめに吠えている。

 魔狼たちはしょんぼりしているように見えた。

 きっと、ゴブリンの接近を許したことを叱っているのだ。


 ねずみとモグラ狩りに一生懸命で縄張りの巡回がおろそかになっていたのかもしれない。

 しばらくして、フェムがやってくる。


『フェムの責任なのだ。魔狼たちは叱らないでほしいのだ』

「叱ったりしないよ」

『縄張りの巡回を強化するよう指示を出しておいたのだ』

「ありがとう。助かる」


 そういって、フェムを撫でてやる。

 しょんぼりしている魔狼たちも撫でてやった。


「ヴィヴィ。これから調査に行こうと思う」

「それがいいのじゃ。わらわもいくのじゃぞ」

「頼む」


 村長に報告してから、早速調査に出発する。

 俺はフェムに乗り、ヴィヴィはモーフィに乗っていく。


「まずは魔狼の縄張りを一応巡回しよう。とくに土や石をとって穴になったところとか」

『了解なのだ』


 ゴブリンがいる穴はほかにもあった。

 ゴブリン4匹、魔鼠12匹を退治した。

 ルカが言っていたように、先日フェムが捕まえた魔鼠は小さい部類だったようだ。

 大きな魔鼠も結構いた。これが畑に襲来していたらと考えたら恐ろしい。


「思ってたより多いし、でかいな」

『恥ずかしいのだ』

「気にするな。こいつらが村に近づかなかったのもフェムたちのおかげだと思うぞ」


 ゴブリンの死体を焼いていると、ヴィヴィが近づいてきた。


「のう。アル。さっきからゴブリンの死体を焼いているようじゃが」

「うむ。ゴブリンは戦利品がしょぼいし、肉も狼基準でもまずいらしいからな」

「そうではなくてじゃな」

「死体を放置して腐ると病気のもとになるし。アンデッド……にするやつはいないか。ゴブリンだしな」

「だから、そうではないのじゃ! 調べなくていいのかや? ルカとやらが詳しいのじゃろう?」


 そう言われたらそうだ。

 おそらく調べたところで何も出ない。戦った手ごたえから言って、ただのゴブリンだ。

 操られていたり、何か特殊な施術を受けている気配もない。


 だが、調べて、操られたり特殊な施術を受けていないということを確定させることは大事だ。

 それに俺が見てもわからなくても、ルカが調べればゴブリンがどこから来たのかわかるかもしれない。


「ヴィヴィの言うとおりだ。何匹か持ち帰ろう」


 俺はゴブリンの死体を魔法のかばんにしまった。

 汚いように思えるが、魔法のかばんに入れたものは互いに干渉しないので安心だ。


 ゴブリンをしまい終えると、ヴィヴィが言う。


「はやく、地竜と戦ったという場所に連れて行くのじゃ」

「やっぱりあそこらへんが怪しいよな」

「そうじゃ」


 フェムは駆け足で進む。モーフィも難なくついてくる。

 縄張りの端の方に向かうにつれて、遭遇する魔獣の数も増えていった。

 境界付近に到着するまでにゴブリン8匹と魔鼠16匹を退治した。


「結構いるもんだな」

「くぅん」


 フェムは明らかにしょげている。

 フェムが悪いわけではないのだが、縄張りの長として責任を感じるのだろう。


 そうこうしているうちに、地竜たちと戦った場所に到着した。


「ここなのじゃな?」

「そうそう。フェム。気配はある?」

『あるのだ。周囲にたくさん魔獣がいるのだぞ』


 だが、襲い掛かってくる気配はない。警戒していると考えるのが自然だろう。


「前は、モーフィのおしっこに群がったのじゃな?」

「そう。モーフィのおしっこは魔力濃度が高いがそれ以外は普通の尿らしいんだよな」

「ふむぅ」

「もぅ?」


 ヴィヴィは考え込む。

 モーフィは首を傾げいている。


「モーフィおしっこ出る?」

『でる』

「ちょっと出してみて」

『あい』


 しばらく、モーフィは固まる。出そうとしているのだろう。


「モーフィ、わらわ降りたほうがいいかや?」


 ヴィヴィがモーフィに気を使って降りようとしたとき、


 ――じょばばばばばばば


 モーフィは放尿した。

 放尿と同時に、周囲は静まり返る。虫の声や鳥の声が消えたのだ。


 俺は周囲を警戒する。フェムも油断なく周囲を見回している。


「いっぱい出たのじゃな、えらいのう」

「もぅ!」


 一方、ヴィヴィはモーフィをほめている。モーフィも嬉しそうだ。

 ヴィヴィとモーフィがのんきな一方、周囲の気配に殺気が混ざりはじめた。

 魔獣の敵意が膨れ上がる。


「「「GOAAOOOOO!」」」


 魔獣が襲い掛かってきた。

 3頭の魔熊だ。かなり大きい。だが痩せている。


「がうがぅ!」


 あっという間にフェムが首に食らいつく。

 俺が乗っているのにお構いなしだ。振り落とされそうになりかけた。


「うぉっと!」


 フェムの毛を左手でしっかり握ると、俺は魔法の矢を残りの2頭に撃ちこんだ。

 魔法の矢はたやすく熊の頭を貫いた。竜種と違い柔らかい。


 そのころには、フェムが食らいついた熊も地面に倒れて動かなくなっている。

 さすがは魔熊を縄張りから完全に追い出した魔狼の王だ。

 魔熊1頭ぐらい相手ではない。


 俺はフェムから降りて、熊の死体を調べた。

 やせている以外は、特に変哲のない魔熊だ。


「魔熊も一応かばんに入れておこう」


 俺は熊の死体も1頭だけ魔法のかばんに入れる。

 首以外はほぼ無傷なフェムが退治した奴を選ぶ。

 俺が退治した奴は首から上がない。だから調査対象としては不適切だ。


 首のない熊を調べていたヴィヴィが言う。


「熊だけなのじゃな?」

「そう簡単に地竜とかが出てたまるか」

「それはそうじゃが」


 俺はフェムに尋ねる。


「フェム。まだ周囲に魔獣の気配はある?」

『あるのだ』

「ふむ」


 警戒しているということだろうか。

 前回、この場で地竜を殺した。それを知っていて警戒しているのかもしれない。


「となると、周囲にいるのは知能高い奴かもな」

「なぜそう思うのじゃ?」

「えっとな。縄張りの中に入り込んで、村の近くまで来ている魔獣って魔鼠とゴブリンだろ?」

「そうじゃな」

「知能が低いから、魔狼たちの縄張りに入ってくるのかもしれない」

「ふむ」

「知能の高い魔獣は、フェムたちを警戒して縄張りの外で待機しているんじゃないか?」

「それはありうるとは思うのじゃ」


 俺はフェムを撫でる。


「もしかしたら、フェムたちのおかげで助かってたかもしれない」

「わふ?」

「魔狼の縄張りを警戒して入ってこないから、ゴブリン程度の出現で済んでいたかもってこと」

『ただの可能性なのだ』


 フェムはそういうが、尻尾は嬉しそうにびゅんびゅんゆれた。


「さて、周囲で警戒しているってことは、隙さえあれば侵攻してくるってことだ」

「それは、困るのじゃ」

「だろ? だからこっちから乗り込もう」

『フェムに任せるのだ!』

「もぅ!」


 俺たちは周囲にたむろっている魔獣にこちらから仕掛けることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る