第63話

 次の日の朝。

 やはり魔狼たちはネズミやモグラを積み上げていた。


「いつもすまないな」

「わふわふぅ」


 魔狼たちはいっせいに尻尾を振る。

 全員を存分に撫でてやった後、ねずみの山を検分する。

 昨日のこともある。入念に調べた。その様子をモーフィがじっと見ている。


 俺が懸念していた通り、ねずみの遺骸にまじって魔鼠がいた。


「これは魔鼠だよな」

『今日も仕留めたのだぞ』

「えらいぞ。フェム」

「わふぅ」


 フェムを撫でてやってから尋ねる。


「最近、魔鼠以外に、変わったことはある?」

『縄張り内にゴブリンを見かけるようになったのだ』

「ゴブリン?」


 ゴブリンは人間の子供くらいの大きさの人型の魔獣だ。知能は高くはない。

 だからといって油断はできない。

 個体としての戦闘力は低いが、集団で行動するため、危険度は高い。

 ゴブリンに襲われて滅んだ村だってあるのだ。


『もともとゴブリンはたまに来るのだ』

「多くなったってこと?」

『そうなのだ。だがフェムたちが狩っているから安心なのだぞ』


 魔獣の生態系に変化が起きつつあるのかもしれない。


 もともと、この辺りの生態系の頂点は魔狼と魔熊だ。

 最近は魔狼が優勢だが、魔熊も有力な魔獣であるのは間違いない。


「魔熊には動きはある?」

『侵入しようとしてくる魔熊は増えたのだ』

「そうか」

『だが、追い返しているのだぞ!』


 フェムは自慢げだ。尻尾もびゅんびゅん揺れている。


「フェムは偉いな」


 俺はフェムをほめてやりながら考える。

 生態系が変化したのは確からしい。

 いまは魔狼たちの努力で、影響を抑えられている。だが、いつ限界を迎えてもおかしくはない。


「なるべく早く調査したほうがいいかもな」

「わふ?」


 フェムはきょとんとしていた。

 同時にモーフィの鳴き声が聞こえる。


「もぉぉ」


 さっきまで、俺の隣で大人しくしていたのに、いつの間に移動したのか。

 倉庫の向こうからモーフィが走ってくる。


「モーフィ?」

「もぉもぉ」「GYAGYAGGAAA」


 モーフィはゴブリンを一匹咥えていた。

 ゴブリンがじたばたと暴れるため、モーフィは顔を殴られ蹴られている。


「大丈夫か?」

「わふぅ!」


 俺とフェムは慌てて駆け寄った。

 モーフィはゴブリンを下におろしたので、俺が素早く魔法で退治する。


「モーフィ、怪我はないか?」

『ほめて』


 念話でそう言いながら、モーフィは頭をこすりつけてくる。

 ほめて欲しくてゴブリンを見つけに行ったのかもしれない。

 

「えらいけど……あぶないぞ?」

『だいじょうぶ』


 撫でてやりながら、モーフィーが怪我してないか調べる。

 あれほど殴られていたのに、腫れも傷もなかった。

 もとは巨大な牛なのだ。巨体の耐久力をそのままに小さくなっているのかもしれない。


 魔獣ならば縮小化したら能力は落ちる。だが、モーフィは霊獣だ。

 能力があまり落ちていないのかもしれない。


「でも、びっくりするからほどほどにね」

「もお!」


 モーフィの無事が確認出来たら、次に調べないといけないことがある。


「このゴブリンってどこにいたの?」

「もぅ」


 モーフィは歩き始める。ついて来いというのだろう。

 俺は黙ってモーフィについていく。フェムもついてくる。


 倉庫の裏側からさらに3分ぐらい歩いたところでモーフィは止まる。


「もぅもぅ!」

「ここで捕まえたの?」

『つかまえた』

「よく気付いたな」

「もうっ!」


 モーフィをほめてやると嬉しそうに鳴いた。

 モーフィの声に反応したのか、草陰からゴブリンが飛び出してくる。


「GYAAGYAA」「GYAAA」「GYAAA」


 その数三匹。

 ゴブリンは目の前の敵との力量差を図るほどの知能はない。

 躊躇なく襲い掛かってくる。


 俺は魔法を飛ばして即座に退治した。


「まだいたのか……。少し調べるから手伝って」

「……わふ」「もぅ」


 俺は周囲を調べ始める。フェムは心なしか元気がない。

 少し調べると穴があった。見覚えがある。


『粘土をとった穴なのだ』

「そうだな」


 小屋を建てたとき、レンガを作るために森の中から粘土質の土を集めた。

 その際にできた穴が森の至る所にある。


「ゴブリンは、ここを巣穴にしようとしていたのか?」

『かもしれないのだ』


 臭いを一生懸命嗅いでいたフェムが言う。

 モーフィが気づいてよかった。俺はモーフィを撫でてやった。 


『縄張りに侵入された上に、ここまで接近を許してしまったのだ。恥ずかしいのだ』


 フェムは落ち込んでいる。尻尾にも元気がない。


「もぅ」


 慰めるように、モーフィがフェムをぺろぺろ舐めている。


 牛の嗅覚は鋭い。だが狼の嗅覚も鋭いのだ。

 フェムが気づけなかった臭いに、モーフィが気付けたとは考えにくい。


「モーフィなんでわかったの?」

「もぅ?」

 モーフィは首をかしげる。


「臭いで分かったの?」

『わるいかんじした』

「ふむ」


 霊獣独特の感覚があるのかもしれない。

 特にモーフィは勇者クルスによって聖別された霊獣だ。

 何か特別な感覚を持っていてもおかしくはない。


「モーフィ。また悪い感じがしたら教えてね」

『わかった』


 ゴブリン3体の戦利品回収はしない。

 ゴブリンから採れる素材は質が悪すぎて値がつかないのだ。 

 ゴブリンが武器などを持っていた場合は、それが戦利品となる。だがそれも大抵ガラクタだ。


 だからこそ、冒険者にゴブリンは嫌われる。

 討伐依頼任務でもなければ、ゴブリンはわざわざ狩りたくない類の魔獣だ。


「フェム。ゴブリン食べる?」

『食べないのだ。ものすごくまずいのだぞ』

「そうか」


 ゴブリンは冒険者だけでなく、魔狼にも不人気らしい。

 俺はゴブリンの遺骸を炎魔法で焼却した。


「午後から調査したほうがいいな」


 ゴブリンが村の近くに巣を作ろうとしていたのだ。

 もう、あまりゆっくりしないほうがいいだろう。

 俺は午後から異変の調査に行くことを決心した。

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