第61話

 ミレットの家での夕食の後、ルカが心配そうにこちらを見てくる。


「アル、大丈夫? 疲れてない?」

「少し疲れてるぞ。久々に魔法沢山使ったからな」


 石や木材の加工に、レンガ並べなど魔法を沢山使った。


 問題はレンガ並べだ。

 モルタルを塗ってレンガを並べる。それをきわめて正確かつ素早くするのだ。

 しかも、数が大量だ。ただでさえ難度と魔力消費の高い重力魔法でそれを行う。

 当然ながらとても疲れる。


「今日は早めに寝たほうがいいんじゃない?」


 ルカが心配そうに言ってくれる。


 まだ余裕はある。冒険者のころなら休まず動いていたレベルの疲れだ。

 限界まで魔力消費後、さらに鼻血を出しながら魔法をひねり出すことも珍しくなかった。


 だが、今は平時なのだ。限界まで頑張る必要などない。


「そうだな。そうさせてもらうかな」

「わふ」「もぅ」


 俺が寝室に向かうと、フェムとモーフィが付いて来た。

 俺はベッドに入ると、すぐに眠りについた。



 真夜中。誰かがベッドの中に入ってきた。


「む?」


 またクルスかと思ったら、ミレットだった。


「ミレットか、どうした?」

「起こしちゃいましたか? ごめんなさい」

「それはいいが……」

「夜這いしにきました」

「えっ!」「わふぅ?」「もぅ!」


 俺が驚く以上にフェムが驚いていた。モーフィはよくわかってなさそうだ。

 嬉しそうにミレットに顔をこすりつけている。


 真剣な表情でミレットが言う。


「アルさん、明日から新居に行っちゃうから」

「だからって」

「私をもらってくだ――」

「ももう」


 モーフィはミレットに、じゃれついている。


「ちょっと、モーフィちゃん。いま大切な話を……」

「もう?」


 モーフィはミレットが来てくれて嬉しいのだろう。

 ミレットはめげずに夜這いの続きをしようとする。


「私、アルさんの……こと……」

「もぅももう」


 ミレットはモーフィにべろべろ舐められている。

 それでもミレットは真剣な顔を崩さない。


「まあ、ミレット落ち着きなさい「もぅ」

「でも「ももぅ」

「ミレットの気持ちは嬉しいが「もう」


 あまりに無邪気にじゃれつくモーフィに、真面目な雰囲気が消し飛んだ。

 ついミレットと二人、顔を見合わせて笑ってしまう。


「ふふふ」

「ははは」

「もう?」


 モーフィは首をかしげていた。


「とりあえず、今日は寝ますね」

「そうしたらいい」


 ミレットは自分の部屋に帰って寝るものだと思って、俺はそう返事する。

 だが、ミレットは俺のベッドに入ってきた。


「アルさんが新居に行ったら寂しくなります」

「いつでも来てもいいぞ」

「本当ですか?」

「うむ。なんなら住んでもいいぞ」


 一瞬、ミレットの顔が輝いた気がした。

 俺は、とても疲れていたので、そのまま寝た。


――――――――――――――

 次の日の午前中、大工が来てくれた。

 内装は村の大工に頼んでおいたのだ。


「これから内装してくるわ。組み立てるだけだから午前で終わるぞ」

「ありがとうございます」


 必要な木材の加工は、ほぼ完了している。

 昨日までに暇を見つけては魔法で手伝っていたのだ。


「家具作りも終わってるからな。あとは中に入れるだけだ」

「手伝えることはありますか?」

「ああ、例の重力魔法? ってのでちとたのむわ」

「了解です」


 大工の指示通りに木材を浮かせて中に入れる。

 組み立ても重力制御すると簡単だ。


「いやあ、ほんと魔法って便利だな」

「恐縮です」

「じゃがな、重力魔法をポンポン使える魔導士はそういないのじゃぞ」

「そうかい。それは貴重な人材だな。アルさん、うちの婿になるかい?」


 そのとき、ミレットの声が響いた。


「だめ! だめです!」

「じょ、冗談だよ。怖いな……」


 大工は顔を引きつらせている。


 順調に内装工事は終わった。


「あとは、家具だな」

「家具の搬入も手伝いますよ」

「家具はでかいぞ?」

「魔法もありますし、魔法のかばんも使えますから」

「ほんとに便利だな」


 魔法の鞄は外観よりはるかに内容量が大きいのだ。

 そして重くならない。


 てきぱきと、家具を配置する。昨日に比べたら楽な作業だ。


 すべてが完了すると、村人たちから拍手が巻き起こった。


「新築万歳!」

「家が増えたぞ!」


 住民数が増えたわけではないのだが、家が増えるだけでもうれしいようだ。

 村人たちに中を見学してもらう。

 ミレットが大喜びで案内していた。


 狼小屋の方には魔狼たちが入っていった。

「わふ」「わふぅ」

 嬉しそうな声が聞こえる。喜んでもらえたようでよかった。



 王都からやってきたクルスたちと合流して、中をみんなで見て回ることになった。


 クルスが、俺の腕をつかむ。


「まずはトイレから見ましょう!」

「なぜそこから」

「大事ですよ?」


 結構広いトイレだ。モーフィが使うことを想定しているからだ。


「モーフィ。今度からここでトイレするんだぞ」

「もぅ!」


 モーフィも気に入ったようだ。


「台所もみましょう!」

「そうだな」


 ミレットに引っ張られて台所へとやってくる。


「ここの貯蔵庫は、魔法陣の効果で腐らないのじゃぞ」

「すごい」

「こっちは冷えるのじゃ。こっちは凍るのじゃぞ」


 ヴィヴィがどや顔で説明していく。台所にはヴィヴィの魔法陣がたくさん刻まれている。

 貯蔵庫だけではない。炎熱系魔法陣まで描かれている。

 これほどの設備は貴族の城にもないだろう。


 台所を感心しながら見ていたユリーナが言う。


「温泉は? ちゃんとひいているのかしら?」

「ぬかりありません」

「見てみたいわね」


 ルカの言葉でみんなで風呂場に行く。


「広いのだわ」

「こっちは結構深いわね」

「モーフィちゃんが入りますからね」

「もう」


 トイレにお風呂はモーフィ基準だ。だから広い。

 ゆったり入れそうだ。とてもありがたい。


 風呂の見学に飽きたのか、クルスが言う。


「アルさんの部屋を見せてください!」

「そうだな、見に行くか」

「はい!」「わふぅ」「ももぅ」


 自分の部屋だという認識があるのだろう。

 フェムとモーフィも元気に駆け出す。


「こう見ると俺の部屋も結構広いな」

「ベッドもでかいです」


 これもやはりモーフィ基準だ。


「もぅもぅ」


 モーフィは嬉しそうにベッドに乗った。ちゃんと全身が乗っている。

 今まで、モーフィは後ろ足をベッドの外に出して床に立っていた。

 だから嬉しいのだろう。


 フェムも嬉しそうにベッドの上で寝っ転がって、背中をこすりつけている。

 自分の臭いでもつけているのだろうか。


「わーい」


 クルスもはしゃいでフェムとモーフィとじゃれていた。


 ルカたちもそれぞれ自分の部屋を見て回る。


「うん、使いやすそうな机ね」

「これがクルスと私のベッドなのだわ」


 みな満足したようだ。


 ミレットがやってくる。


「新築祝いのパーティしますよー」

「おお。了解だ」


 パーティには村人たちを招待するらしい。


 その日は村人たちと新しい家で夜遅くまでわいわい騒いだ。

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