第39話

 朝食を終えた後、俺たちはヒドラ戦の跡地へと向かった。

 クルス、ルカ、ヴィヴィ、フェムと一緒だ。


 到着した後、俺は魔法の残滓がないか捜査する。

 特別な痕跡は見つけられなかった。


「ヴィヴィは何か感じるか?」

「なにも感じないのじゃ」

「だよな」


 俺もヴィヴィも見つけられないということは、魔法の残滓はないと考えていいかもしれない。

 それか、俺たちよりはるかに高位の魔導士がこのあたりにいるかだ。


 周囲を調べていたルカがつぶやく。


「魔獣が、このあたりに近寄った痕跡がないわね」


 魔獣学者でもあるルカは、魔獣の痕跡などを見つけることも専門のうちだ。


「やっぱり毒のせいで?」

「毒はそれほど残ってないはずよ。強敵の臭いが恐ろしいだけかも」

「なるほどな。クルスは何か感じる?」

「いやな雰囲気はありますね」


 具体的ではないが、貴重な情報だ。

 周囲の臭いをしきりに嗅いでいたフェムが言う。



『あの後。何者かが訪れたようなのだ』

「ほう。臭いでわかるのか?」

『そう』


 魔狼は鼻がいい。人間には感知できない臭いでも嗅ぎ分けることができる。


「ここで何したかわかるか?」

『こっちに来て。こっちに来て。こっちに来て帰っていったのだ』


 ぴょんぴょん跳ねながら説明してくれる。

 臭いだけでは、どこに滞在したのかだけしかわからない。だが貴重な情報だ。


「ありがと、フェム」

「わふ」

「その三か所ってことは、ヒドラを解体した場所と、ヒドラが倒れた場所と、あとはなんだ?」

「クルスが毒をまともに食らったところね」

「なるほど。単に痕跡の多いところを調べただけかな」


 俺はフェムに尋ねる。


「フェム、ここに来た奴はそのあとでどこに行ったかわかる?」

『わかる。案内するのだ』

「頼む」


 フェムはゆっくりと歩いていく。臭いを嗅ぎながらだからゆっくりだ。

 クルスやルカ、ヴィヴィはその後ろから邪魔しないように付いて来る。


 小一時間ほど歩くと、開けた場所に出た。森を切り開くことで、平地にしている。

 そこには、ヒドラやバジリスクが十匹ほどいた。どれも異常に大きい。

 ヒドラもバジリスクも、先日倒したヒドラと同じぐらい大きい。

 通常サイズの三倍から五倍といったところか。


「巨大魔獣育成牧場ってところか」

「そうね。わざわざ森を切り開いて、よくやるわ」

「なぜ逃げないんだろうか。良く飼いならされてるってことかな」


 魔獣を飼育すること自体は違法ではない。だが、飼育をはじめてから1か月以内にギルドに届け出しないといけない。

 

「だが、これほどでかいバジリスクやヒドラとなると穏やかではないな」

「巨大さを別にしても、ギルドに届けてないのは問題ね。念のために言っておくけど、なるべく早くフェムのことも届けなさいよ?」


 ギルドのお偉いさんでもあるルカに釘を刺される。


「はい。後で書類を提出します」

「よろしい」

「わふ?」


 フェムは何のことかわからないのか、首をかしげている。

 腕を組んで考えていたクルスがつぶやく。


「うーん。やっぱりいやな感じはしますね」

「いやな感じか」

「はい。最初にヒドラを見かけたときも、いやな感じがしたんです。だから追いかけたんですよ」


 勇者の勘は馬鹿にできない。

 具体的になんのことなのかわからないのが玉に瑕だ。

 周囲の地面を調べていたヴィヴィが立ち上がる。


「アル。これを見るのじゃ」

「どうした?」

「魔法陣じゃ」


 見事に隠蔽されているが、魔法陣が隠されている。

 かなり巨大な魔法陣だった。牧場全体が中に収まるサイズだ。


「この魔法陣のおかげで魔獣たちが逃げ出さないのかね」

「それは調べなければわからぬのじゃ」

「それにしても、ここまで巨大だと、逆に魔法陣があることに気づきにくいな」

「解析もしづらいのじゃ」


 全体を見れなければ、当然解析は難しくなる。一部から全体を推測するのは難しい。


「面倒だが調べないと」

「そうじゃな」


 俺はヴィヴィと二人で魔法陣の全容解明に努めた。ゆっくり歩きながら、魔法陣を解析する。

 わかりにくく隠されているので、非常に解析しにくい。


「アル。これ巨大化の魔法陣の気がしてきたのじゃ」

「確かにそうだな」


 ヴィヴィは、最近巨大化魔法陣を何回も描いている。気づくのが早い。

 全体の四分の一ほど見ただけで見事に解析して見せた。


「だけど、この術者は大したことはないのじゃ。ここを見るのじゃぞ」

「たしかに。スマートではないな。それとヴィヴィ。魔獣たちが逃げ出さないようになる術式はみつかった?」

「見つからないのじゃ」


 この魔獣牧場を作った者は魔法陣が専門ではないらしい。

 それに魔法陣に魔獣が逃げ出さないようになる効果はないようだ。

 二人で、魔法陣を評価しているとルカがやってきた。


「これ以上巨大化したらまずいわよね? この大きさのバジリスクでも、一匹で町が滅ぶわよ」

「ここにいる魔獣全部に昨日のヒドラ並みの再生力があったら国が滅びかねないぞ」

「ゆゆしき事態ね」


 昨日のヒドラは異常な再生力を持っていた。それに魔狼や勇者すら体調を崩させた有害な肉。

 巨大化以外の効果も仕組まれているのは確かだろう。 


「ルカ。とりあえず、魔法陣破壊して。得意でしょ?」

「得意じゃないわよ。でもやってみるわね」


 あっという間に魔法陣を壊していく。本当に魔法陣を壊すのがうまい。


「やっぱり得意じゃないか」

「得意じゃないわよ。それはいいとして、今のうちに魔獣たちも殺しておいた方がいいかしらね」

「そうだな」


 少し可哀そうな気もしなくもないが、一匹一匹が街を壊滅させられる魔獣なのだ。

 危険すぎる。


「ぼくがやります」


 クルスが聖剣に手をかける。


「油断するなよ。援護はする」

「はい、お願いします」


 クルスが、目の前のバジリスクに向けて駆けだした。

 その瞬間、クルスに向けて雷が落ちた。驚異的な反射速度でクルスは回避する。


「よく避けましたね」


 牧場にいる魔獣たちの向こう側にひとりの魔族が立っていた。

 年齢は俺と同じぐらい。黒いローブを着ている男だった。


「どうやって誘きだそうか考えていたのですが、自分からのこのこやって来ていただけるとは。手間が省け――」

「あ、いやな感じがする奴だ!」

 

 魔族の言葉を遮るように、大きな声でクルスが叫んだ。

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