第38話

 しばらくモーフィと戯れていると、子魔狼たちがびくっとして立ち上がる。

 そして、上を向いて、小さな口を大きくあける。


「ぁ、ぁ、ぁぁぉぉぉぉぉぉ」


 可愛く遠吠えしている。

 遠吠えは仲間を呼ぶときにもするものだ。寂しいのだろうか


「どうした? お前たち」


 俺は子魔狼たちを撫でてやった。


「そういえば、フェムいないな」


 フェムがいなくて寂しいのだろうか。

 コレットをのせて、フェムはここまで来たのは確かだ。


「コレット。フェムはどこ行ったかわかる?」

「わかんない。でも、コレットをここで下ろした後、すぐどっかいった」

「そうか」


 フェムは野生の魔狼だけあって、気配を消すのはうまい。

 最近、フェムは野生を失っている感があった。だから少し油断していた。

 俺も気づけなかった。


「フェムー、どこいったー?」


 俺も子魔狼たちに並んで、呼んでみた。

 しばらくたって、 森の中からフェムが顔を出した。巨大化している。


『手を貸して欲しいのだ』


 フェムは魔狼の一匹の首ねっこを咥えている。


「いいぞ。どうした?」

『魔狼たちが体調を崩したのだ』

「わかった。コレット。ミレットを呼んできてくれないか?」

「わかった」


 コレットが村の中へと走っていく。


「クルスとルカも手伝ってくれ」

「了解です」

「任せて」


 クルスとルカが力強くうなずいた。


「わらわは何をすればいい?」

「そうだな。おそらく、ここで治療することになるから」

「わかったのじゃ。適当に魔法陣を描いておくのじゃ」

「頼む」


 ヴィヴィも協力してくれた。


 それから、フェムの案内で魔狼たちのところへと向かう。

 そこには魔狼たち全員が横になっていた。


「お前ら大丈夫か?」


 魔狼の一匹を撫でてやると、

「くぅーん」と力なく鳴いた。


『力が抜けて、頭痛、腹痛。嘔吐の症状に苦しめられているのだ』

「そうか。ミレットが見やすいように、手分けして倉庫のところまで運ぼう」

『助かるのだ』


 フェムは頭を下げる。


「こういう作業は得意ですよ」

「まあ、あたしも苦手ではないわね」


 クルスが二匹の魔狼を小脇に抱える。

 魔狼は一匹でもかなり大きい。それを二匹同時に抱えるのだからさすがである。

 ルカは一匹を両手で抱えた。

 フェムは口で魔狼の一匹を咥えようとする。


「フェム。咥えなくていいぞ。俺を乗せて全力で走ってくれればいい」

『だが、それだと』

「残り16匹。その程度なら、魔法で運べる。フェムは走ってくれればいい」

「わふ」


 俺は魔狼たちに重力魔法をかけて浮かせた。


「わ、わふ」「き、きゅーん」


 魔狼たちが不安げに鳴く。


「安心しろ。ちゃんと届ける」

「わふ……」


 だが、魔狼たちは暴れることもなく、大人しくしている。

 何匹かは、股の間に尻尾を挟んでいる。怖いのだろう。

 そりゃそうだ。体調悪いところに、宙に浮かされたのだ。

 俺は股に挟まれた尻尾を見なかったことにした。


「いいぞ、フェム。走ってくれ」

「わふ!」


 高速で走り出したフェムに追尾させるよう、重力魔法のベクトルを調整する。


「さすがですね、アルさん。こんなにうまく重力魔法使う人見たことないです」


 横を難なく走りながら、クルスが笑う。


「はぁはぁ、随分と余裕あるわね」


 ルカは結構きつそうだ。だが、一匹を抱えて、ちゃんと付いて来る。



 モーフィのところに到着したとき、すでにミレットは待機していた。

 ヴィヴィも魔法陣を描き終えている。


「狼さんたち、どうしたんですか?」

「症状は脱力感、頭痛、腹痛、嘔吐らしい」

「了解しました」


 ミレットは素早く魔狼たちを一匹ずつ診始めた。


「アル。苦痛を緩和する魔法陣を描いたのじゃ。効果は……残念ながら大したことはないのじゃが……」

「ありがとう、十分だ」


 原因がわからない以上、下手な回復魔法はかえって危険だ。

 例えば原因が寄生虫の場合、寄生虫も同時に回復されてしまう。

 同様に体力増進も危険である。寄生虫の体力も増進してしまうからだ。


 その点、苦痛を緩和するというのはいい。病は気からという。

 しんどい思いがなくなるので、体力的にも楽になる。

 実際、魔法陣の中に横たえられた魔狼たちは少し楽に息をしているように見える。


「くぅーん」


 子魔狼たちが、不安そうに親魔狼の顔を舐めている。

 その姿を見ると、かわいそうになる。


 魔狼たちを診ていたミレットがつぶやく。


「クルスさんと、症状が少し似ている気が。なにか変なもの食べました?」

「魔狼たちは、クルスと同様にヒドラ肉食べてたな」

「じゃあ、それでしょうか。でも、それならどうしてフェムちゃんは大丈夫なんでしょう」


 俺とミレットはフェムを見た。


『フェムは食べてないのだ』

「え? フェムにも肉やっただろ」

『魔狼たちは頑張ってくれたのだ。だけど、クルスに結構な量取られてしまったのだ。魔狼たちの分が減るのは可愛そうなのだ。だからフェムの分を分けたのだ』

「そうか」


 フェムは俺たちに気づかれないよう、魔狼たちに自分の肉を分けていたのだ。

 きっと、魔狼たちにも気づかれないよう分けたのだろう。優しい狼である。


 俺はクルスを見た。

 さすがのクルスも少し気まずそうにしていた。


「ごめんなさい」

『フェムが余計なことをしたせいで……』


 フェムは悔いているようだった。肉を多めに与えた分、余計に苦しんでいると思っているのだろう。


「フェムのせいじゃないぞ」

「そうです!」


 クルスも力強く同意する。

 そうこうしている間に、ミレットが薬を調合して戻ってきた。


「苦いですけど、頑張って飲んでくださいね」

「くぅーん」


 魔狼たちが哀れっぽい声をだす。


「我慢して飲まないとダメだぞ」


 俺もそういうが、魔狼たちは飲み始めない。

 そんな魔狼たちをみて、フェムが叱るように吠える。


「ガゥガゥワゥ!」

「きゅーん」


 情けない声をだして、魔狼たちは薬を飲み始めた。

 やはり王の命令は絶対なのだ。


「クルスより素直に飲んだわね。偉いわ」

「そうかなー?」


 ルカがクルスを引き合いに出して魔狼たちをほめると、クルスは頬を膨らませる。


 薬を飲んで、少し楽になったのだろうか。数匹寝始めた。

 ヴィヴィの苦痛を弱める魔法陣の効果もあるのかもしれない。


「くぅーん」


 寝ながら、たまに魔狼が鳴く。フェムが一匹一匹舐めてあげている。

 俺も、撫でてやった。


「もぉ」


 巨大なモーフィも魔狼たちが苦しんでいるのを見て可哀そうだと思ったのだろう。

 そっと魔狼たちに寄り添った。

 とはいっても、大きさが違いすぎる。魔狼たちはモーフィのお腹と足に抱かれるような格好だ。


 先程、クルスの聖別によって、霊獣と化したモーフィは毛が長い。もふもふだ。

 魔狼たちももふもふに包まれて、安らかな表情になった。


 それをみて、ミレットは微笑む。


「しばらく様子を見るしかないですね」

「ミレット、ありがとう」

「いえいえ」

『本当にありがとうなのだ』


 フェムは地面に鼻が付くぐらい頭を下げる。

 そんな様子を見ながら、ルカは難しい顔で考え込んでいた。

 それをクルスがみて、心配そうに語りかける。


「ルカどうしたの?」

「おかしいとは思わない?」

「なにが?」

「アルが食べたことあるって言ってたように、別にヒドラの肉は有害ではないの」

「そうだね。おいしかったし」


 けして、ヒドラ肉は美味しくはない。だが、話の腰を折るのもなんなので、俺は黙っておいた。


「だからといって、ヒドラの毒に汚染されていたわけでもない」

「え? どうして?」


 クルスはわかっていないが、確かにそうなのだ。


「ヒドラの毒は猛毒だぞ。もし汚染されていたならば、食べた直後から魔狼たちは苦しみだしたはずだ」

「なるほど、さすがはアルさんです」

「俺じゃなくて、すごいのはルカな」

「ルカもすごい」

「それに、毒がかかっていたなら、鼻のいい魔狼たちは気付くわよ、ね?」


 ルカはフェムを見る。


『当然なのだ』


 フェムはいつの間にかに小さいいつもの姿に戻っていた。

 それを聞いて、クルスもクルスなりに考える。


「でもそれなら、肉にかかった毒の量が少なかったんじゃない?」

「それもないわね」

「それもないな」


 俺とルカは同時に否定する。


「クルス。自分が、ヒドラの毒をまともに浴びて何ともなかったの忘れたの?」

「忘れてた。へへ」

「まあいいわ。で、まともに浴びて何ともなかったクルスが、ちょっと混じった毒を口に入れた程度で具合悪くなったりするわけないわよね」

「なるほどー」


 クルスは感心している。本当に分かっているのか不安になる。

 毒をまともに浴びるということは、鼻や口から少なくない量が入ったということだ。


 魔狼たちが気付かないほどの微量な毒でクルスが体調を崩すわけがないのだ。


「そもそも、あのヒドラは異常だった。首が戦闘中に再生するとかありえないでしょ?」

「そうだな。俺も聞いたことがない」


 ルカは学者だ。専門は神代文字と魔獣の研究である。

 魔獣の専門家たるルカが通常ではありえないと断言した。

 

「アル。ヒドラの胆嚢を見せてくれない」

「ああ、そうか」


 ヒドラの胆嚢は俺が魔法を使って取り出した。ルカは充分見分を済ませていない。

 俺がヒドラの胆嚢を魔法の鞄から取り出すと、ルカは真剣な目で観察する。


「外見は、大きいだけで普通のヒドラの胆嚢と変わらないわね」

「そうだな。毒の成分を調べるには器具や薬品が足りないよな」

「そうね。王都に帰った後しっかり調べようとおもうのだけど」

「それがいい。ルカの魔法の鞄に入れておこう」

「ありがとう」


 そんなことをしていると、クルスが近寄ってきた。



「む? さっきは気付かなかったですけど、なんかいやな雰囲気しますね」

「いやな雰囲気っていうと具体的には?」

「ええっと、何とも言えない、いやな雰囲気です」


 ちっとも具体的ではない。だが、クルスに論理的な説明を求めるのが間違いである。

 勇者がいやな雰囲気というのなら、きっと何かあるのだ。


「これは、もう一度、現地を調べたほうがいいな」

「そうね」

 


 その夜、俺は倉庫の横で寝た。魔狼たちが心配だったからだ。

 フェムとモーフィも一緒だ。

 クルスやルカ、ヴィヴィ、ミレットたちも外で寝ようとしていたが、家で寝てもらった。

 あまりたくさん外で寝ても仕方がない。


 眠る前、魔狼たちをみると比較的安らかな寝顔をしていた。

 すこしだけ安心して眠りにつこうとすると、子魔狼たちが寄ってきた。

 子魔狼たちも不安なのだろう。


―――――――

 朝、何かに顔を舐められていた。

 

「む……」

「きゃふきゃふ」


 子魔狼たちが数匹、俺の上に乗っている。その中の一匹が俺の顔を舐めていた。


「おー、おはよ」


 俺は子魔狼たちを撫でてやる。きゃふきゃふ言って可愛い。

 それから魔狼たちを見る。フェムはいなかった。どこかに行っているのだろう。


 数匹の魔狼たちがそこら辺を歩き回っている。歩いていないものも、座ってハフハフ言っている。

 だいぶ元気に見えた。


「だいぶ、回復したな。でも、まだ大人しくしておけ」

「わふ」


 歩き回っていた魔狼たちも大人しくモーフィの近くに座る。


 しばらくして、大きな姿のフェムが森の中から帰ってきた。口には大きな猪を咥えていた。


「狩りに行ってたのか。お疲れ」

『うん。魔狼たちの朝ご飯』

「みんなだいぶ元気になったな。朝ご飯たベれそうでよかった」

『うん。ありがとう。だいぶ元気になったのだ。ミレットたちにもお礼言ってくるのだ』


 フェムは猪を分配した後、小さな姿になって村の中へ元気に駆けて行った。

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