第23話

 帰路は平和そのものだった。ムルグ村までは半日ほどの道のりだ。

 特に何も起きずに順調に進む。


「帰ってきたって感じがするね。村が見えると、なんかほっとする」

「そうだな」


 ミレットにそう答えて、自分の言葉に少し驚いた。

 確かにほっとしたのだ。

 長い間、冒険者として旅暮らしを続けてきた。


 補給地点や安全地点としての町に安らぎを覚えることはあった。だが、住む場所として村にほっとすることなどなかったのだ。

 帰ってきたという感覚も、久しくを覚えることはなかった。

 住み始めてから短いながらも、俺はムルグ村に愛着を持っていたらしい。



――――――――――――


 村に戻ってからは、またのんびりとした日々だ。

 俺はいつものように門の横に座ってぼーっとしている。


「フェム、あんまり遠くに行くなよ」

「わふわふ」


 フェムが村の外を楽しそうに駆けまわっている。犬の本能が騒ぐのだろうか。

 こう見ると完全に放し飼いの犬である。


「アル。これをどう思うのじゃ?」

「これって、またでかいの描いたな」


 地面に木の枝で魔法陣を描いていたヴィヴィが尋ねてくる。

 枝なんて太くて細かいところが描けないと思うのだが。


「随分と器用だな」

「ふふん」


 ヴィヴィは薄い胸を張った。

 俺は魔法陣をじっと観察する。よくできた魔法陣だ。

 攻撃魔法、それも火炎の魔法を発動する魔法陣に見える。


「そうだな。ここの部分は省略したほうがいいんじゃないのか?」

「なるほど。だがここを省略すると、ばれやすくなるのじゃ」

「ばれるってなにが?」

「敵に魔法陣の種類がばれるのじゃ」


 そういう発想はしたことなかった。


「ダンジョンに仕掛ける罠じゃないんだから、ばれてもいいんじゃない?」

「そうじゃろか?」

「魔法陣は熟練の、俺みたいな凄腕でも判断するのに少し考える必要があるんだぞ」

「自分で凄腕とかいっておるのじゃ」


 ヴィヴィはくすくすと笑う。

 だが俺は動じない。


「実際、凄腕だからな。俺ぐらいの凄腕なら、発動してから対処したほうが確実だ」

「ふむ」

「ばれるかばれないかよりも素早く描いて、さっさと発動したほうが厄介だぞ」

「そうじゃったか」

「ヴィヴィもやられたらわかる」

「やられたのじゃな?」


 ヴィヴィは楽しそうに笑った。


 そんなことをしていると、村長とコレットがやってきた。

 姉のミレットなしの、この組み合わせは珍しい。


「フェムちゃーん」

「わふぅ?」


 コレットに呼ばれて、フェムが駆け寄ってくる。


「お菓子あげる」

「わふわふ」


 鳥の骨だ。昨日のスープの残りだろう。


「鳥の骨って、犬が大丈夫なんだっけ?」

「がふっがふがふ 『フェムを舐めておるのか』」


 そんなことを念話で飛ばしてきながら、バリバリ食べている。

 よく考えたら、野生の狼は鳥を捕まえてバリバリ食べるものだ。骨は大丈夫に決まっている。


「そりゃそうか」


 俺は骨を食べてるフェムの頭を撫でてやった。嫌がったのでやめてやる。

 犬はみんな食べてるときに触ると嫌がるのはなぜだろうか。


「フェムぅ!」

「わ、わふ」 


 俺は遠慮したのに、コレットは容赦しない。食べている途中のフェムの背中にしがみつく。


「わふぅ?」


 フェムが何とかしてくれという目でこちらを見てくる。

 だから、あきらめろという目で見てやった。 


 そんななか、村長がヴィヴィに話しかける。


「あのぅ、ヴィヴィさんにお願いが……」

「なんじゃ?」


 村長が俺ではなくヴィヴィに頼み事とは珍しい。

 俺はコレットを抱き上げながら聞き耳を立てる。


「申し上げにくいのですが……」


 村長からの依頼は、巨大化の魔法陣をもう一度牛にかけて欲しいというものだった。

 もちろん、モーフィにかけたものではない。

 もともとかけていた、緩やかに二倍弱ぐらいの大きさになる魔法陣だ。


「えっと……、村長、それはちょっと」

「そうですか、すみません」


 俺がヴィヴィの代わりにやんわりと断ると村長は大人しく引き下がる。

 村長の考えはわかる。

 牛が大きく育つなら、村は相当楽になる。


 だが、ヴィヴィはモーフィの件で相当へこんでいた。

 そんなヴィヴィに巨大化の魔法陣を牛にかけろとは頼むのは酷だと思ったのだ。


「なぜ、アルが断るのじゃ!」


 ヴィヴィは少し不満げに俺をにらんだ。


「いや、だってさ」

「断るにしても、わらわが断るのじゃ!」

「そうか、ごめん」

「うむ」


 ヴィヴィは満足げにうなずくと、村長に向き直る。


「お安い御用じゃ」

「いいのですか?」


 村長は嬉しそうだ。だが、俺は心配になる。


「ほんとうに無理しなくていいんだぞ?」


 なんなら俺が魔法陣を描いてもいい。

 一度見た魔法陣だ。一流魔導士だから、コピーはできる。


「わらわを誰だと思っておるのじゃ。魔王軍四天王ヴィヴィじゃぞ」

「してんのーすっごーい」


 はしゃぐコレットをみて、ヴィヴィも得意げだ。


「手伝うことがあれば、何でも言ってね」

「必要ないのじゃ。わらわは天才じゃからな」

「ほんとにだいじょうぶか?」


 ヴィヴィは一瞬ためらった後、照れながら言う。


「でもまあ、手伝わせてやらぬこともないのじゃ。後学のために観察してもよいのじゃぞ?」

「じゃあ、勉強させてもらおうかな」

「それがいいのじゃ」


 どこかヴィヴィは嬉しそうだった。


 家畜小屋に向かうと、ミレットが待っていた。


「ヴィヴィちゃん大丈夫?」

「下等生物が、魔王軍四天王を侮るものでないのじゃ!」


 ヴィヴィは魔力を指にともすと、魔法陣を描いていく。


「どうじゃ?」

「素晴らしい。前より腕を上げたんじゃないか?」

「ふふん」


 ほめるとヴィヴィは嬉しそうだった。

 モーフィの事件はヴィヴィの中で折り合いをつけることができたらしい。

 俺は安心した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る