第24話
一仕事おえたら温泉だ。
ひざの療養のためにも温泉には毎日入りたいものだ。
「いくつか実際に温泉に入ってみてください。気に入ったのがあれば貸し出しますよ」
そう村長に言われたので、前回とはまた別の温泉へと向かう。
「やっぱり温泉は衛兵小屋に近いところがいいよな」
「わふ?」
「今はいいけど、冬になったとき困る。小屋から遠いと湯冷めするしな」
「わふわふ」
フェムがもっともだと言いたげにうなずく。
「わらわは、別に遠くてもいいのじゃがな」
「冬になったら風邪ひくぞ?」
「下等生物とは違うのじゃ。わらわは風邪などひかぬのじゃ」
「あっ」
「あっ」
思わず、俺とミレットが同時に声を出した。
ヴィヴィがいぶかしむ。
「な、なんじゃ」
「いや何でもないぞ?」
「うん。なんでもないよ?」
人族の間では「馬鹿は風邪をひかない」と言われている。
だがそんなことをヴィヴィに言ったら怒りそうだ。
「馬鹿は風邪ひかないんだよ?」
幼いコレットが平然と言う。
それを聞いて、ヴィヴィが俺を睨んできた。
「アル、わらわが馬鹿だから風邪ひかないと思ったのじゃな?」
「ち、ちがうよ」
「わふふ」
フェムが笑っているのか、変な声で鳴いた。
そうこうしている間に、温泉に到着する。
「ミレットたち、先に入っていいぞ」
「いえいえ、アルさんがお先にどうぞ」
「いえいえ、なにをおっしゃいますやら……」
「わらわが先に入るのじゃ!」
不毛な譲り合いをしていると、呆れたのかフェムが入っていった。
フェムが入ったことで、自分も入ろうとしてたヴィヴィが止まる。
フェムを洗うのは俺の仕事。俺が先に入るしかない。
「じゃあ、お先に失礼します」
「どぞどぞ、ごゆっくり」
ミレットは笑顔だった。ヴィヴィは少し悔しそうだった。
温泉の建物に入った後、中をじっくり見る。
気に入ったら専用にしていいと言われているのだ。しっかり観察したほうがいい。
「結構いいのではないか?」
「わふ」
今回の温泉は、露天風呂だった。
露天といっても、村からは見えないようになっているので安心だ。
遠くに下の方を流れる川が見える。森も見える。
天気のいい日は最高だ。
「覗けなくもないけど、不可視の魔法を使えば大丈夫か」
そう言ってフェムを見るとフェムはお湯に前足を突っ込んだり、引っ込めたりしていた。
「なにやってんの?」
「わふ」
フェムは首を傾げた。
今日はとりあえず、フェムの体から洗ってやる。
「わふわふぅ」
「あのさ、俺思ったんだけど」
気持ちよさそうに鳴きながら、フェムは俺の方を見る。
「フェム。お前知能おちてない?」
『無礼なことを申すな』
「いや、だって……。さっきお湯で遊んでる姿とか、完全に犬だったし」
『心外である』
「最近は、ほとんど、わふわふしか言わないし」
『人は言葉という脆弱な意思伝達法しか持たぬゆえ、わからぬのだ』
「言葉以外の意思伝達法って、尻尾振るとかだろ?」
『愚か者。それ以外にも多種多様な伝達法があるのだ』
急にさかしらぶりはじめたフェムを俺は冷ややかな目で見る。
「へー」
『くぅ、自らの愚かしさを棚に上げ、なんという無礼』
悔しそうなフェムの体を洗い終えるとほぼ同時。
俺が自分の腕を洗い始めようかとしたとき、
――ガラガラ
「アルさん、お背中流しにきたよ!」
ミレットだった。
バスタオルを巻いてはいる。だが、そのせいでかえって胸の谷間が強調されている。
太ももがかなり危険な位置まであらわになっている。
「いや、ミレット、お気持ちはありがたいけど大丈夫だから」
「ご遠慮なさらずー」
ミレットは笑顔で近づいてきて、俺の横にひざをつく。
俺は助けを求めるようにフェムを見る。
フェムは、さっきの仕返しなのか、知らんぷりしている。湯船で犬かきしていた。
「ささ、観念して大人しくするんだ」
そんなことを言いながら、ミレットは後ろから俺の肩に手を触れる。
ミレットの手は少しだけひんやりとして、しなやかだった。
俺は抵抗することをやめ、大人しくされるがままになる。
「アルさんの背中、結構傷だらけだね」
「まあ、冒険者やってたからな」
「かっこいいね」
湯船につかってもいないのに、ミレットの耳が赤くなっている。
その時、ヴィヴィとコレットが入ってきた。
ヴィヴィもバスタオルを巻いている。コレットは元気にペタペタと歩き回っている。
「ふん、背中の傷は騎士の恥じゃ」
「俺は騎士じゃないしってか、ヴィヴィまで入ってきたのか」
「入ってきたら悪いとでもいいたげじゃな!」
「いや、悪いだろ。常識的に考えて」
異性が入っているとわかっているのに入ってくるとは、常識がない。
「わらわは魔族。それも高貴な魔族。そのような下等生物の常識に囚われぬのじゃ」
「いや、ヴィヴィもこの前、混浴は非常識といっていただろ」
「ふん。それは人族の常識では非常識なのでは? と思っただけじゃ」
「へー」
会話しながら、ヴィヴィはコレットを洗ってやっていた。
洗い終えると、コレットは
「フェムー」
湯船に走っていった。
「フェムーいけー」
「わふわふ」
フェムの上にまたがったり、お湯を掛け合ったり。楽しそうにはしゃいでいる。
俺がコレットたちの様子を見ていると、ミレットが前に回ってきた。
「背中終わりましたのでー」
「ありがとう。ミレット」
「前に移りますねー」
「え?」
ミレットが俺の胸に指を這わせた。
「いやいや、前はさすがに自分で洗えるので」
「ご遠慮なさらずー」
「遠慮とかじゃなくて、ほんと大丈夫だから」
強引気味に、断った。
「むむー」
少し不満げなミレットをしり目に、ヴィヴィが来た。
「おい。アル! わらわの背中を流すのじゃ」
「えぇ、なんで俺が」
「光栄じゃろ」
そんなヴィヴィをミレットが捕まえる。
「はいはい、ヴィヴィちゃんも背中流しますねー」
「ぬ? ミレットは自分の体でも洗っていればいいのじゃ。わらわはアルに背中を流させるのじゃ」
「はいはい、また今度ね」
「むむう」
ミレットはヴィヴィを洗ってやっている。
俺はその隙に湯船へと向かう。
「おっしゃん、フェム、泳ぐのうまいんだよ!」
「そうか。さすがだな」
泳いで遊んでいる魔狼王さまに言ってやる。
フェムは尻尾で俺の顔をパシパシ叩いた。
「おっしゃん、ひざいたいの?」
「痛いけど我慢できないわけじゃないよ」
「痛いんだ。じゃあ、コレットが、なでてあげるね」
コレットが撫でてくれた。
「ありがと。痛みがましになった気がするよ」
「えへへ」
コレットは嬉しそうに笑う。
湯船につかると、ひざに染み渡る感じがする。痛みがましになったような気もする。
ひざは常に痛い。だが、我慢できない程ではないのだ。
知り合いの宿屋の親父が腰が痛いと言っていたのを思い出す。
たぶん、俺の痛みはそのぐらいなのかもしれない。
腰痛持ちじゃないから知らないけれども。
いや、元冒険者の酒場の親父が、天気の悪い日は関節が痛いと言っていた。
そっちの方が近いかもしれない。
どちらにしろ、日常生活は送れる。だが、冒険者は厳しい。
冒険者は長距離を走り続けたり、重いものを運んだりする必要がある。
それに戦闘になれば、賢い敵ほど弱点を見抜いてくる。ひざが弱いと見抜かれたら徹底的に利用されるかもしれない。
そして、冒険中には休む暇がすらないことも多い。
「やっぱり温泉はいいなぁ」
「コレットも温泉すきー」
楽し気な声が温泉に響いた。
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