第22話

 宿は少し高めのところにした。

 部屋の中にフェムを入れることができる宿屋が高いところだけだったのだ。


「はい、お部屋はここだよ!」

「えっと……ミレットさん?」

「どしたの?」


 その部屋には、少し大きめのベッドが二台だけ並んでいた。両方ダブルベッド未満の大きさだ。

 チェックイン関係の手続きは張り切るミレットにお任せしたのだが、結果がこれである。


「ベッド二台しかないんだけども」 

「そだよ?」

「あの、なんというか……」


 男女混合で一部屋というのも少し問題だ。

 その上、ベッドの数が足りないというのも問題である。


「一人一部屋だと高くなるよ?」

「俺はおっさんだし。年頃の女の子もいるし。部屋分けるとか」

「うーん? でも、いつもヴィヴィと同じ部屋で寝てるでしょ?」

「それはそうだけど」


 反論できない。

 そんななか、フェムは何事もなかったかのようにベッドの上にのる。


「いつも、わらわはアルと一緒に寝てるのじゃぞ?」

「え?」


 ヴィヴィがどや顔で胸を張り、ミレットがこちらを睨んでくる。


「アルさん、本当?」

「ほんとだけど。ベッド一台しかないし」

「だからといって同じベッドに二人でなんて」

「フェムもいるぞ」

「フェムちゃんは犬でしょ!」

『狼』


 そんなことを言っている間に、フェムがいないほうのベッドに、ヴィヴィが腰掛ける。


「いつも通り、わらわとアルが同じベッドで寝ればいいのじゃな? フェムはミレットたちと寝ればよいのじゃ」

「わふ」


 フェムがヴィヴィの座っているベッドに移動した。


「こ、来なくていいのじゃ」

「わふ」

「ひい」


 フェムがヴィヴィの顔を舐めた。

 うろたえるヴィヴィの腕をミレットがつかむ。


「ヴィヴィちゃんはこっち! 私と一緒に寝るの」

「コレットもいるのなら、狭いじゃろ……」


 二人がもめはじめた。


「えっと、俺は床でも大丈夫だぞ?」


 俺は長年冒険者をやっていた。まともな寝床で眠れたことの方が少ないぐらいだ。

 岩は痛い。特に出っ張りがあったりすると痛い。

 土は冷たい。体の熱を持っていかれる。

 そのことを考えれば、木の床は相当ましな寝床といえる。


「アルさんだけ、床に寝かせるわけにはいかないよ!」

「そうはいってもな」


 その時、コレットが無邪気に叫ぶ。


「コレットがおっしゃんと寝るー」

「まあ、それが妥当か……」


 ヴィヴィとミレットはまだ何か言いたそうにしていた。

 だが、結果として俺とフェムとコレットが同じベッドに寝ることになった。



――――――――――――


 その夜。ベッドに入ったコレットはフェムに抱きついた。フェムの毛皮が気に入ったようだ。


「フェムはもふもふだね」

「わふう」


 フェムも大人しく抱きつかれている。満更でもなさそうだ。


「もっとそっちに行くのじゃ」

「ヴィヴィちゃん、すでに半分以上占領しているよ」

「下等生物がわらわと同じ面積を占めようなど、おこがましいのじゃ」


 向こうのベッドでは何かもめていた。

 俺は無視して寝る。


 真夜中。寝静まったころ。


 ――ドサ


 俺のベッドにもう一人加わった。

 ミレットだった。


「えっと……」

「ふみゃ」


 ミレットは寝ぼけているようだ。

 トイレにでも起きて、寝ぼけてコレットのいるベッドに来たのかもしれない。

 ミレットの可愛らしいエルフ耳がぴくぴく動く。

 フェムは一度、片目を開けてミレットを見ると、すぐにまた寝た。


「アルさん……」


 ぎゅっと抱き着いてくる。ミレットの大きな胸が押し付けられた。

 困る。


「ミレット? ミレット」

 ゆするが起きない。

「困った……」


 俺はベッドから抜け出そうかと思ったが、ぎゅっと抱き着いているのでそれも難しい。


「ま、いっか」


 俺は深く考えるのをやめて、眠りについた。



「おおおおい! なにをやっているのじゃ!」

 朝。ヴィヴィが叫んだ。


「なんか広いと思ったのじゃ! 夜這いをかけるとは、なんという破廉恥(はれんち)エルフ!」

「わっ! 気付かなかった」

「嘘じゃろ!」

「嘘じゃないよー」


 どことなくミレットのセリフはどこかとぼけた感じだ。

 ヴィヴィもそう思ったのだろう。


「白々しいのじゃ!」

「アルさん、まだ眠いね」


 ミレットが、さりげなく俺に身を寄せてくる。


「むきぃいいい」


 怒った様子でヴィヴィがミレットをベッドから無理やり起こした。


「まだ、眠いのにー」

「油断も隙も無いのじゃ!」


 二人が騒いでいると、

「おっしゃん、ねむいー」

 コレットがぎゅっと抱き着いてきた。


「もう仕方ないな。まだ寝てていいよ」

「うみゅ」


 そんな様子を見ながら、フェムはあくびをした。



――――――――


 朝食を宿屋を出ると、買い出しに向かう。

 肉を売ったお金で、村で必要なものを買うのだ。


「買い出しは私に任せて!」

「任せた」


 ミレットは張り切っている。

 村長から預かった買い出し表があるようだ。


 結構大きなものなどもあるが、全部魔法の鞄に放り込む。

 特大の魔法の鞄なので、大抵のものは入るのだ。



「アルさん、交渉が長引いたからもう一泊していこう」


 昼過ぎ。そんなことをミレットが言う。

 買わなければいけない物資は多い。村長はこの際にまとめて買い込むつもりなのだろう。


「おう。全然大丈夫だぞ」

「ごめんね。少しでも安く買いたくて」

「気にするな」

「お腹が減ったのじゃ!」

「わふ」


 ヴィヴィとフェムは暗にうまいものを要求していた。

 滞在が伸びるならその分うまいものを食わせろというのだろう。


「みなまでいうな。まだ報奨金はたくさんある」

「うむうむ」

「わふう」


 ヴィヴィは満足げにうなずき、フェムは元気に尻尾を振った。


 俺たちが気楽に買い食いしているなか、ミレットは一生懸命交渉して回っていた。


 単価辺りわずかの値切りでも、全体としてはかなりの額になる。

 だからこそ、ミレットは張り切っているのだろう。


 結果として三泊することになった。


 毎日おいしいものをたくさん食べたので、フェムもヴィヴィもコレットも不満を言わなかった。

 ミレットも交渉を終えるたび、おいしいものをたくさん食べていた。


 そして俺たちは意気揚々と、ムルグ村へと引き上げるのだった。

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