第11話
次の日、俺は本来の業務の衛兵をやった。
門の横に椅子を置き、座っているだけだ。暖かいし風も気持ちいい。
フェムも俺の横に寝っ転がって気持ちよさそうだ。
「フェム……」
「わふ?」
「帰らなくていいのか?」
『フェムの子分たちは一人前の魔狼。巨大な魔猪がいないのであれば勝手にやっているであろ』
「そんなもんか」
「わふ」
ふと気になったので聞いてみた。
「巨大魔猪っていつからこの辺りにいたんだ?」
『春頃ときいておる。親父が死んだのが冬で、そのあとだから。それまでは魔猪はいても普通のサイズだったと聞いておる』
「フェムは新米の魔狼王なんだな」
「わふ」
そんなことを言いながら、俺の頭は別のことを考えていた。
俺は巨大魔猪を、この辺境で人知れず巨大になるまで育ったのだと思っていた。
だがそうではないらしい。
今は夏。冬にはいなかった巨大魔猪が春に出現したのならば、自然に育ったというのは考えにくい。
他所から移動してきたというのなら、あれだけ巨大な魔猪だ。噂になってないとおかしいのだ。
「魔獣を巨大化させる魔法とか呪いか」
「わふ?」
俺の独り言にフェムは首を傾げた。
その日の夜。俺が自室で寝ていると、フェムがべろべろしてきた。
「……フェム。やめたまえ」
『なにを寝ぼけておるのじゃ! 何者かが村に近づいておるぞ!』
「なに?」
俺は体を起こした。
気配は感じない。いや、遅れて俺も気配に気づいた。
俺よりフェムの方が、気配察知は優れているということなのだろう。
「誰だろうか?」
殺気は感じない。だがこんな夜中に、この辺境に近づいてきていることが異常だ。
俺は小屋を出て、門のところで様子をうかがう。
するとすぐに、堂々とした足取りで、こちらに向かってくる少女が見えた。
警戒したフェムは「うーうー」唸っている。
「やはり貴様か! アルフレッド」
「だ、だれ?」
向こうはこっちを知っているようだが、知らない子だ。
「わらわを忘れるとは許せぬ! 魔王軍四天王が一人! ヴィヴィ」
そう言われても覚えていない。
「四天王って。四人とも倒した覚えがあるんだけど……」
「四天王は五人いるものだ!」
「……そうなのか」
魔族なのは間違いなさそうだ。
だが、自分のことを魔王軍四天王だと思い込んでいる一般魔族だろう。
こういう痛い奴には否定は無意味だ。意味がないばかりか、逆効果になってしまう。
「で、四天王さまがどうしてこんな田舎のムルグ村に?」
「どうしてだと? 貴様、自分のしでかしたことを棚に上げてよくもまあ……」
どうやらひどくお怒りだ。こういう時は怒りの原因を探ることが先決だ。
「俺、なにかやっちゃいましたか?」
「やっちゃいましたか? ではないわ! わらわが手塩にかけて育てた猪を奪っておいて、……よくもまあ」
「貴様か!!」
俺は思わず叫んでいた。思わぬところで魔猪巨大化の謎が解けた。
「な、なんじゃ、怒っているのはこっちである」
「うるせえ! お前が猪を巨大化させたせいで、みんなが迷惑したんだぞ!」
「人族の迷惑など、知ったことではないわ! アルフレッド! 貴様には死んでもらう!」
ヴィヴィはそういうと、呪文の詠唱を始めた。さすがは魔族。巨大な魔力が膨れ上がる。
だが、敵の目前で長々と詠唱するとはまだ未熟。
「歯を食いしばれ!」
「ふぇ?」
俺は痛くないほうの右足で踏み込み、一足飛びで間合いを詰めるとヴィヴィの顔面をぶん殴った。
「な、なぜ、貴様、魔導士のはずでは……」
鼻血を流しながらヴィヴィがうめく。
「うるせえ! 詠唱つぶしは基本だろうが。人に迷惑かけても何とも思わぬその根性、叩き直してやる!」
俺が拳を振りかぶると、
「ひっ」
ヴィヴィは怯えた。こうなると可哀そうになる。それで一瞬ためらってしまった。
「うわああ」
怯えたまま、ヴィヴィは無詠唱で火炎魔法を解き放った。
無詠唱だけあって、小さな火炎だ。狙いもつけていないので明後日の方向に飛んでいく。
「あっ」
小さな火炎は、俺の小屋に吸い込まれるように飛んでいく。
小屋が燃え始めた。
「なんてことするんだ!」
慌てて、水魔法を使って消火する。
「ガウガウ!」
フェムがヴィヴィの足に噛みついた。
「痛い痛い!」
フェムはヴィヴィが泣いても容赦をしない。噛みついて引きずり倒している。
さすが魔狼王だ。
「こいつめ、痛い痛い、離して、離して――」
「反省したか?」
「反省しました、しました」
「フェムさん、離してあげなさい」
「わふ」
フェムは素直に離れる。
反省した様子なので、俺はヴィヴィを魔法で拘束し、小屋へと連れ帰った。
騒ぎを聞きつけた村人たちが起きてきたが明日説明すると言って納得させた。
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