第6話

 深夜。狼の遠吠えは連鎖していく。

 狼の群れが近くにいるのは確からしい。


 せっかく近くに来てくれたのだから、倒してしまった方がよいのではなかろうか。

 明日とかに山狩りするとか言い出されたら困る。山狩りとなれば、長い距離歩かなければならないからだ。


 また、狼の遠吠えがきこえた。さらに近くなっている。


 もし、今夜のうちに牛が食べられたり、村人に被害がでれば最悪だ。

 就任初日に無能の烙印を押されてしまう。それは避けたい。


「行くか」

 俺は静かに小屋を出ると、狼の声が聞こえるほうへと走っていく。


 しばらくすすむと、正面にひときわ大きな狼が堂々と立っているのが見えた。

 馬より一回り大きい。だが、どこか骨ばっていて、餓狼という感じだ。

 正直、一番恐ろしいタイプの狼だ。


「こりゃ、大物だな」


 俺はベテランだ。これまで数えきれないほどの魔獣退治をこなしてきた。

 それでもこれほど立派な狼は見たことがない。


 狼といっても魔獣だ。ただの獣ではない。

 魔獣は魔力を帯び、身体能力を強化している。年を経た魔獣の中には魔法を行使する者もいる。


 巨大狼は俺の方を見ると、ひときわ大きな声で吠えた。

 腹の底まで響く恐ろしい声。魔力を込めた大きな吠え声だ。魔法の一種である。

 並みの冒険者なら、立ちすくんで動けなくなっただろう。


 吠え声に合わせるように、真横から狼が跳びかかってきた。


「うお!」

 とっさに、1匹をつかんで投げ飛ばす。

 ほぼ同時に逆から跳びかかってきた。そちらは蹴り飛ばす。

 同時に、跳びかかってくる狼を掴んで、その後ろにいる狼に目がけて投げる。


「きゃうん!」

 二匹がもつれ合って転がった。


 俺は狼の襲撃を防ぎながら分析した。

 どうやら群れの規模は20匹ほど。どの狼も魔獣ではあるが。魔法を使えるのは巨大なボス1匹だけのようだ。


 魔法で巨大な空気の塊を地面にぶつけ反作用で間合いを詰める。

 巨大狼が、再び大きく吠えた。


 間合いを詰めながら行使する魔法を選ぶ。

 火炎系は火事になる。雷も同様だ。

 水系は近くに池や川がないと少し面倒だ。


「やっぱりこれかな……」


 魔法障壁。シンプルだが、それゆえに防御にも攻撃にも使える便利な魔法だ。


 魔法障壁を加速させてぶつける。

 見えないはずのそれを巨大狼は直前でかわす。

「おおっ! やるな」

 思わず感嘆の声が出た。熟練の魔法使いや戦士でもかわせるものはそういない。

 楽しくなってくる。

 全力を出して、一瞬で終わらせるのが惜しくなった。


 魔法障壁によって、周囲の木が折れ地面がえぐれる。

 その折れた木や地面からあらわになった石を魔法で飛ばす。


 巨大狼は懸命にかわす。かわしながら間合いを詰めながら飛びかかってきた。

 右手を魔力で覆って、牙を掴む。 

 同時に左手で、魔力弾を連続で叩き込んだ。


「ぎゃう」

 巨大狼は悲鳴を上げて転がった。


 すかさず俺は声を掛ける。

「お前らを皆殺しにすることもたやすい。だがお前らがムルグ村に危害を加えないなら、見逃してやってもいい」

 魔獣。それも魔法を使うレベルの魔獣だ。ならば人の言葉を理解してもおかしくない。


「ぐるるる」

 巨大狼は威嚇するように声を出す。

「俺は魔導士だ。お前には魔法を使ったが、子分たちには魔法を使わなかったってことに気づいたか? 俺が最初から全力だったら、今頃お前の子分たちは全滅している」

「……」

「お前らを全滅させてもいいんだが……、そうなると猪が増えて畑を荒らすだろ。だから見逃してやってもいい」

「ぐる……」

「もちろん、お前らを全滅させた後、猪の魔獣を全滅させることもできるが、面倒だからな」


 ボスだけ殺して、群れ全体を怯えさせるのが最初の作戦だった。

 だが、想定以上に強かったので、殺すのが惜しくなった。


『了解したのだ。強き人の子よ』

「うお!」

 突然、脳内に言葉が響いて驚いた。


「魔法による発話までできるのか」

 念話と呼ばれる魔法だ。

 そう難しい魔法ではない。スニーク系ミッションで意思疎通のために使われる魔法だ。

 それでも使える魔獣は本当に珍しい。


『我との戦いにも本気を出してなかったであろう』

 ばれていた。

 プライドを傷つけられたと逆上したら面倒だな。そんなことを考えて身構えた。


 だが、狼のボスは素直だった。

『我の負けだ』


 再度戦闘というのも、結構面倒だ。

 群れ全体を相手にしたところで、俺が勝つのは間違いない。だが明日、膝が痛くて衛兵任務が面倒になる。

 

「俺はアルフレッドという。アルフレッド・リントだ」

『我に名はない。名前を付けてくれ』

「そうか、じゃあ、ゲルゲル……」

「…………」

 鼻にしわが寄っている。

「じゃなくて、プックリ」

「……ウーー」

 鼻のしわに加えて唸り声を上げ始めた。

 これ以上怒らせるな。そういう合図だ。


 俺は真面目に考えた。

「じゃなくてえっと、フェムでどうだ?」

 尻尾が揺れた。許されたらしい。


『我が名はフェム。我が群れの長である限り、わが群れはムルグ村を襲わないと誓う』

「助かる」

 フェムは右前足をかかげた。それを俺は右手で掴む。握手だ。

 ぱっとみ、お手に見えるが仕方がない。


「あ、そうだ。フェムの吠え声で村人たちが怯えているはずだ。だから安心させるためになにかくれないか?」

『それはなんだ?』

「そうだなー。うーむ」

 そう言われると難しい。本当は何匹かの首とか毛皮を持って帰る予定だったのだがそうもいかなくなった。

 前足や尻尾を切ってよこせというのも、かわいそうに思う。


 俺が悩んでいると、

『てっきり我が子分の首をよこせとかいうのかと思ったのだが』

「それは、あまりに可哀そうだろ」

『ふふ』

「なんで笑うんだよ」

『なに、気にするでない。そうだな。これをやろう』

 フェムは大きな牙を渡してくる。俺の肘から下と同じぐらいの長さだ。


「これは?」

『この辺りの者ならわかるだろう』

「ふーん。そういうことならありがたく」

『うむ』

「しばらく、俺はムルグ村にいる予定だ。困ったことがあったら言ってくれ。俺にできることがあれば手伝おう」

『わふ』

 フェムの尻尾がばさばさとゆれた。


 そして、フェムは子分を率つれて、森の奥へと帰っていった。

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