第21話  最低なセリフ [2165:9:12]

「7年間お疲れ様でした!」


 後輩から居酒屋で花束とプレゼントの袋を渡され、私はありがとうと笑った。今日は仕事上がりにささやかな送別会なのだ。


「まさか先輩が辞めちゃうなんて、明日から私どうすればいいんですか」

「大丈夫だって」

「大丈夫じゃないですよ。島浦研究所の資料買い付け、係のおばさんがめちゃくちゃ怖いんですよ。先輩だとスムーズにいってたのに! もーなんで辞めちゃうんですか!」


 テーブルを叩く後輩はウーロンハイ1杯目にしてすでに酔っているのかもしれない。


「やー、7年間の契約も半年前に切れたし。長く居すぎちゃった。居心地よくて」


 笑って私は言った。人魚ラボは変わらず存在しているけれど、島浦研究所はすでに人魚の育成機関ではなく、タイムリープ用スーツや装置の改良・開発機関になっている。いまのタイムリープは人魚の専売特許ではない。


 講習を受けて審査に通れば誰でも跳べ、民間の旅行代理店を通じてツアーが予約できる。人魚の代わりに一般人があらゆる時代の海に座標マーカーを置いてくる時代になったのだ。


 たった7年でここまで変わるとは思わなかったけど。


「でも先輩、これからどうするんですか?」

「うん、1か月くらい休もうかな。タイムリープ旅行に行く」

「あ、やっぱり。仕事終わってからタイムリープ講習、通ってましたもんね」

「そうそう。審査にはなんとか通ったけど、ラボにいた時と勝手が違って大変でさ」


 笑って話していると、後輩は枝豆の皮を捨て、指についた塩気をはらった。じっと私の耳の方を見つめる。


「……伸びましたね」


 唐突に言われて、一瞬何のことかわからなかった。背中半ばまで伸びた髪を後輩が見てるのに気づき、私はジンジャーエールをもったまま生返事をする。


「あー……半年放置したから。時間なくて」

「講習めちゃくちゃ忙しそうでしたもんね。でもずーっと不思議だったんですよね。島浦研究所は跳びたくないから辞めたって言ってたじゃないですか。なんで今になってまた跳ぼうって思ったんですか?」


 私は天井に目を上げた。なんて説明しよう。


「……跳ぶ必要ができたから?」

「必要、ですか?」


 後輩は怪訝な顔だ。でも説明はしづらい。

 実のところ、私がタイムリープの講習を受けると決めたきっかけは、半年前に資料館が特注した新しい座標マーカーのレプリカだ。


 政府指定企業が国際規格で作っている製品で、市販で購入できるものではない。だがそれが自宅のトレイの上にある、灯台前で拾った石とそっくりだったのだ。  

 でもレプリカのマーカーは光っていない。


 ひょっとして、と思った私は本物の座標マーカーを見るためにタイムリープの講習を受け始めた。講習で見た本物の座標マーカーは、自宅の石と同じ光り方をしていた。


 講習自体はだから、跳ぶのが目的で受け始めたわけじゃない。仕事を辞めて跳ぶことを決意した理由は別で……。


 何にしてもこんな理由は言いづらい。

 曖昧な顔で黙っていたら、後輩は両手にジョッキを抱えてじっと私を見つめた。


「最後だしもう1つ聞いていいですか?」

「なに」

「……私が6年前に入社した時から、見る限り先輩、そのピアスずっとつけてますけど」


と私の耳を指差し、続ける。


「それ、3年前に人魚ラボが開発したタイムリープ装置のピアスとそっくりですよね? 限定レンタル品で一般購入不可の」

「ああー……っと……気づいてたの?」


 私は思わず右耳をさわった。Cがくれたピアスが指にふれる。


「うちの資料館でもレプリカ展示してるんだから気づかない方がおかしいですよ。言わなかっただけです。同じデザインのピアスは販売禁止の規制があるし」


 と後輩はウーロンハイのジョッキをテーブルに置いた。じっと私を見つめる。


「先輩のは本物じゃないんですか」

「……かなー、どう思う?」


 笑ってはぐらかしたらイラついた顔で後輩は頬杖をついた。


「最後の最後なんだから教えてくださいよ。誰にも言いませんから」

「私にもわかんないんだよ」


 私はゆっくり言った。確かにタイムリープらしき経験はしたし、タイムリープ用のピアスともそっくりだけど、このピアスで本当にタイムリープできるのかその後まだ一度も試していない。


 私はいま、予約した旅行代理店から支給された人魚ラボ開発の新しいピアスを左に、Cに貰ったピアスを右につけている。


 後輩はまた両手にジョッキを抱え込んで言う。


「あー、そっか、貰い物でしたね! 島浦研究所の人からいただいたんですか?」

「いや、名前も知らない人」

「名前も知らない人にもらったピアスを7年間ずっとつけてるんですか、先輩」

「まあ、そう」

「……。深くは聞かないですけど。タイムリープするなら、旅行代理店から本物のタイムリープ装置もレンタルしてますよね。本物と違うところってあります?」


 私は左右のピアスを外して裏側を見せた。


「見分けつかないね。操作感も見た目も一緒。裏の小さい凸凹部分を押せば跳びたい日時を設定できるようになってる。指定の時代に座標マーカーが存在しなかったら設定は無効になるけど」

「そっくりですね。もとからペアだったみたい」

「だね」


 言いながら私はピアスを耳に戻した。


「先輩はどっちに跳ぶんですか? 未来? 過去?」


 やけにつっこんで聞くな、まだ珍しいのかなと思いながら私は答える。


「過去だよ」

「後ろ向きですね」

「うるさいなあ」


 枝豆の皮をむいて言うと後輩はそんな性格診断があるんですよと言った。


「いまのは冗談なんですけど、後輩としては先輩がツアーじゃなくソロでタイムリープ、しかも過去へって聞くとちょっと心配にもなるわけですよ。過去へのリープって下手うつと今の自分が消えるとか言いません?」

「可能性はあるけど大丈夫だよ」


 それだけ言って黙っていたら後輩は何だかイラついた顔をするので、なぜ私は旅行の予定を話しながら後輩にイラつかれているのかと思いながら補足する。


「今の自分が消える危険性もなくはないけど、私のは『今の自分が消えないため』だから」


 きょとんとする後輩に、私はやば、と口をつぐむ。口が滑った。


「え、どういう意味ですか?」


 後輩は聞き逃してくれなかった。うわあまずった。余計なこと言わなきゃよかった。

 

私は枝豆をもったまま真顔で固まる。気まずい。


「……それはいいとして……」

「え、よくないですよ。今の自分が消えないためってどういうことですか?」


 胡麻化せば次の話題を始めてくれるかと思ったが後輩は深刻な顔でさらに尋ね返してきた。


 うーわ消えるとか消えないとか物騒なワード出さなきゃよかった。もう遅いけど。


 私はとうとう降参した。最低限なら話してもいいかな……。余計な心配をかけてもよろしくない。


「……多分なんだけど、私がいま跳ばないと過去の私が生き延びられない可能性がある。2日間私と連絡とれなかったことがあったでしょ? あの時実は事故に遭いかけてたんだ。このピアスのおかげで2日後にタイムリープ? して命拾いしたっぽいんだけど。でも私がそんな事故に遭うことをあらかじめ知ってて、ピアスの座標を2日後に設定しておける人間って私しかいないわけでさ。だから跳ぶことにした」


「え? え?」


 後輩は混乱している。


「あの時先輩タイムリープしてたんですか?」

「多分。その上このピアスをくれた相手って、今の私の髪型にそっくりでさ……あれ私だったんじゃないか、みたいな」


 私はテーブルの上に目を落とす。

 Cが未来の自分なんじゃないか、なんてこと、最近まで思いつきもしなかった。


 自分自身と顔をつきあわせてしゃべるなんて、ドッペルゲンガーじゃないんだからさ。

 

 ただ、ポイントの網膜認証でエラーが出なかったこと、ループが私1人しか認識していなかったことが、『あれは私自身だったんだ』と思う後押しになっている。


 かつての私と同じことを考えたらしく、後輩はあやふやな顔で言った。


「過去の自分と未来の自分って同時に存在できるんですかね……?」

「ありうるかな。タイムリープの瞬間、並行世界がもう1つできるって聞いたことある。並行世界の自分と会ったと解釈することはできるよ」

「え、待ってくださいね」


 後輩は自分のこめかみを押しながら言った。


「タイムリープ講習は受けたことないですけど、これでも資料館勤めなんでうろ覚えの知識があるんですよ……並行世界の自分と会うって結構おおごとというか、『対消滅』しないです?」


 対消滅。物質と反物質が出会った瞬間に消滅することを表す言葉だ。


 並行宇宙が反物質で構成された世界だった場合、もう1人の自分と出会った瞬間に双方が消滅する可能性がある。


「えっとね……タイムリープじゃなくてドッペルゲンガーの例だけど、もう1人の自分に会って対消滅しなかったケースも報告はされてる。でも対消滅の危険は確実にあるから規約で禁止されてるんだろうね。私が帰ってこなかったらそういうことかも」


「えっ」


 後輩は動きをとめ、それから猛烈に反対し始めた。


「やっぱ行かない方がいいですよ。言いにくいですけど、それ思い込みです。ピアスくれた人って自分じゃなくて、同じ髪型の別人じゃないですか? ロングヘアの人なんていっぱいいますって。第一事故から助かったのも本当にピアスのおかげかどうか証明できます? そのピアス、本物かどうかちゃんとラボの人に確認してもらってないですよね?」


「うん、してない。そうだよね。そうも思うんだけど、このままほっとくと私消えないかな」

「消え……」


 後輩は絶句する。


「……でも、先輩、それじゃ過去の自分に会って、そのピアスを片方渡すってことですよね?」

「そうだね」

「危険すぎます」

「うん、でも結局自分が消えないためだから仕方ないっていうか」


 きっぱり言い切ると、後輩は黙った。


 心配をかけまいと思って説明したけど、余計に心配させたみたいだ。やっぱ言わなきゃよかったと思いつつ、私はなぜか弁明を続ける。


「でも多分無事に帰って来れると思うんだ」


 後輩は疑い深い目で言った。


「何の根拠が?」

「根拠はないけど」

「第一その人に会った日付とか正確に覚えてます? ピアスに日付設定しないとちゃんと会えないんですよ」

「覚えてるっていうか……一応ここにメモがあるから」


 後輩も資料館員だけあってタイムリープ装置の仕組みは知っている。私はたじたじとなりながらポケットから紙片を取り出した。Cの書いていた日付のメモだ。


「これ」

「うわー、紙じゃないですか。レトロですね。でも先輩こういうの好きですよね。全部メモしてたんですか」

「や、私じゃない。ピアスくれた人が書いて、後でくれた」

「……」


 後輩はテーブルに置かれたしわくちゃのメモを急にじっと見つめた。拳でこめかみを押さえてつぶやく。


「あれ、ちょっと待って……」


 後輩はさっき私に渡してくれたプレゼントの紙袋を「ちょっといいですか」と奪い取ると、勝手に開封した。


「すいません開けちゃって。でもこれ」


と袋から新品の小さな白いメモをテーブルに出す。1枚切り取って、私がCからもらったしわくちゃのメモと並べた。


 どちらも小さな猫のシルエットがうすく印刷されている。


「先輩こういう古風なの好きだと思って選んだんですよ。同じメモじゃないですか……?」

「あ、ホントだ」


 私はほがらかに言った。あらかじめ与えられたパズルのピースが合っていくことに、あきらめのような感覚があった。


「じゃタイムリープに持ってくね。メモに使う」


 後輩はまだ信じたくなさそうな顔色で真新しいメモ帳の横に置かれた古い紙片を見つめ、目を上げる。

「先輩の字ですね。……その人は本当にいたんですか?」

「いたよ」


 私は短く言った。


 私以外の誰もCの存在を知らないけど、Cは確かにいた。


 タイムリープで違反行為を冒す危険性はわかっている。それはもう問題じゃないけれど、1つ嫌なことがあるとすれば私がこの人生で言われたうちで一番最低なセリフを私自身に言わなきゃならないってことだ。


 そう、あれ。


『私はここであなたを捨てる』


 私は私を過去に置いてこなきゃいけない。でもあの後私は、私を置き去りにしたCを恨んだ。Cのガイドで人魚ラボからの自由を勝ち取ったのは確かだったが、生き延びた私はひとりぼっちだったからだ。


 あの時Cがとどまっていてくれれば、一緒に連れて行ってくれれば……でもCは私を置いていった。私のことを好きなんかじゃなかったんだ、と。


 ということは流れ通りにいけば私は過去の私に死ぬほど恨まれることになるわけだ。言われた身としては正直言いたくないけど、このセリフはあらかじめ決まっていたかのように完璧だった。一文字も変えられないような気がする。


 Cがもっと説明していてくれれば過去の自分も苦しまずにすんだと思わないでもない。


 ただ、あの時点で森の中でロングヘアの見知らぬ女に未来の自分だと話されても過去の自分は信じなかったと思う。今でさえ私は完全に信じているわけではない。確かめるために行動しているだけだ。


「これ撮っていいですか?」


 後輩は尋ね、リストバンドで日付の書かれたメモをスキャンした。


「何するの、それで」

「決めてないです。これから決めます。先輩は過去にリープしてからの行動ってもう決めてます?」

「決めるっていうか、決まっている通りに動くしかないっていうか。自分の意志で決められる余地ってほとんどなくてさ。変に動きを変えると私どこで消えるかわかんないし」

「いまそれ説明とかってできます?」

「できるけど」


 お願いします、と後輩は言った。私は困惑して頭をかく。言っていいのかなこれ。


「えっとね……」


 私はおおまかにかいつまんで予定を話した。

 すべきことはすでに決まっている。


まず1つ目。タイムリープ前にまず人魚ラボに向かい、灯台前で拾って自宅に保管していた座標マーカーを旧用務員室跡地に置く。これはもう済ませてある。人魚ラボの資料の買い付けの時にそっと置いてきた。旧用務員跡地周辺の木々はすっかり切り払われて、今は草原になっていた。


2つ目。明日になったら、旅行代理店から支給される座標マーカーを1つ持って跳ぶ。タイムリープ時、指定された日時と場所にこのマーカーを置いてくるとトラベル価格が安くなる。設置できずにマーカーを持ち帰った場合は値引き分の価格を後払いすればよい。


Cは島の近海から泳ぎ着いたと言っていた。代理店からも到着地として島浦研究所近海のマップを受け取った。私が跳ぶ日付の座標マーカーは島浦の近海にある。過去に跳んだら海中のマーカーを拾う、これで持ってるマーカーは2つになる。


3つ目。上陸できたらすぐ廃トンネルを訪れて、海中から拾ったマーカーを設置する。潜水なしで未来の旧用務員室跡地にかんたんに戻れるようにするためだ。


 廃トンネルには一度行ったことがあるきりなので、マップを見て位置を頭に入れてある。


タイムリーパーのイリーガルな長期旅行を防ぐため、リストバンドは持って跳べないきまりがある。過去のあの用務員室には食料も水もないし、買い物もできない。長期滞在するためには時々未来に戻る必要があるのだ。そのたびにいちいち嵐の海に潜水していては身がもたない。


本当は海にしかマーカーを設置してはいけないんだけど。ついでに言うと一度設置されたマーカーを許可なく移動させるのも違法だ。四色型色覚者でもない限り、常人が海の底に転がってるマーカーを見つけ出すのもそもそも不可能だけど。


4つ目。小屋にたどりついたら過去の自分に会い、薬を戸棚に隠して時間を稼ぐ。

昔は夢だと思っていたけど、私が夢の中でCと行った草原は、いまの旧用務員跡地とまったく同じ景色だ。あの時私はCと一緒に未来に跳んだのだと思う……きっと夢ではなかった。あの時Cは、廃トンネルから小屋へマーカーを持ち帰ってきていたのだろう。未来の草原で眠った私を連れて小屋へ跳び、また廃トンネルにマーカーを戻す。  


 どうしてわざわざそんなことをしたのかわからないけど、もしかしたら、と今の私は思う。


 見せたかったのかもしれない。監視ドローンの飛ばない晴れた空を、私がいつかたどりつく未来の景色を。


 だから私も、仕事で島浦研究所を訪れるたびあの用務員室跡に寄って、いちばん空が澄んでいて、風の匂いのいい日を探した。その日の日付を忘れないように記憶に刻んである。いつでもピアスに設定して跳べるように。


5つ目。小屋に侵入者が現れたら廃トンネルのマーカーを回収して規約違反の痕跡を消し、海にマーカーを設置し直す。もう一度私が未来から過去へ跳んでこれるように。


 寮に戻ったらリストバンドの電源を入れることができる。過去の自分のリストバンドを借りて法律事務所にアキラ本人として予約を入れ、駅まで送迎の申込みをする。そうでもしないと過去の自分、ちゃんと事務所まで行ってくれるかわかんないし。


6つ目。寮からループに搭乗し、下車して展望台から『灯台前』着の電車に乗ったら、交通事故の2日後に日時設定したピアスを過去の自分に装着して、会ってた日付を書き残したメモを渡す。


 電車を途中下車させて事前に予約した法律事務所に誘導したら、自分はもう片方の残ったピアスで『交通事故の2日後』に跳んで座標マーカーを灯台前に落としてくる。あとは未来の草原に戻るだけだ。そこでマーカーを回収すれば一件落着。規約違反のオンパレード。


 最低限、言っていい部分だけ説明したつもりだったが、目の前の後輩の顔は明らかに引いていた。


「聞いといてなんなんですけど。先輩、そんなこと私に話しちゃっていいんですか。私、ゲートキーパーに通報するかもしれないですよ」


後輩は言った。


 ほぼ機能してないと言われてはいるものの、タイムリープに関しては『ゲートキーパー』と呼ばれる監視者が違反者の管理をしている。今思うと、最後に森の小屋でCと会った時、夜現れた侵入者はゲートキーパーだったかもしれない。


 私は天井に目を上げる。


「通報はしないでほしいけど」

「しますよ」

「じゃあ、仕方ないか」


 私はCがくれた紙をしまって、明日跳ぶ予定なんだと後輩に話した。「明日早いから行くね」

「……未来の自分に会ったとかたぶん勘違いですから。遠目に確認だけしてすぐ帰ってきてくださいね」


 念を押す後輩にうなずいて店を出た。


 後輩の言う通り『勘違い』かもしれない、そう思う瞬間は今でもあった。

 第一、自分の顔を自分で見て気づかないなんてことがありうるのだろうか。


 いまCの顔だけを思い出そうとしても霞がかかったように思い出せない。

 鏡にはあの時のCにそっくりな長い髪の自分が映る。


 Cが自分だったのなら、どうあがいてもCにはもう会えない。でも同時にいつも一緒にいるということでもある。


「……そんなの欺瞞だ」


 本当はCが未来の自分だったなんて信じたくない。別人だと思いたい。確かにあの時Cの手は温かかったのに、そこに自分しかいなかったなんて思いたくない。もう一度会いたい。


『その人は本当にいたんですか?』

「いたよ」


 私は1人でもう一度言った。夜風で頬が冷たかった。爪のように細い月が出ていた。少し泣いた。


「ちゃんといたんだ」

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