第20話 『埋め合わせ』の意味

 聞けば私は2日間連絡がとれなかったらしい。倒れていないかアパートに確認を入れようとしていたところだ、と後輩は言った。


「風邪でもひいて寝込んでたんですか!?」


と言われても2日間も彷徨ってた記憶はない。私はどもりながら曖昧に頷き、本格的におかしいなと思った。こっそりリストバンドの履歴を見直す。


 今朝くぐったゲートの認証日時を見たとたん、めまいがした。


[2160:7:12:8:25]


 後輩の言う通り、私が最後に資料館を退勤してから2日後の日付が光っていた。


(記憶喪失? タイムリープでもした?)


 カプセルにも入ってないんだからタイムリープなわけない、と思ってから、瞬間的に考え直した。


 ラボの研究員が講義に来た時、『将来的にはカプセルも大がかりな装置も必要なくなるだろう』と言っていたのを思い出したのだ。Cも以前、いずれはカプセルなしで跳べるようになると言っていた。


 実際、Cがどうやって『跳んで』きたのか私は知らない。監視の厳しい島浦の近海で、Cが乗ってきたカプセルらしきものは見つかっていないのだ。Cはまるで手ぶらで泳いできたといった風だった。


 そして私の耳にはCがくれたピアスがある。資料館の庭園から商店街へ移動した瞬間、私はピアスにふれていた。


……いやいやいや。


 このちっちゃなピアスがタイムリープ装置だとでも?


 私は口を堅く結んで、何も言わないことにした。2日記憶がないだけなら、きっとこれまでのストレスが引き金になって記憶を失っただけのことだ。そんな病気はたくさんある。一過性全健忘とか、解離性健忘とか、なんかそういうの。


 何にしろ2日も記憶がないのは薄気味悪いわけで、ぞっとしない気持で1日を過ごした。


 たいして来ない観光客の質問に元人魚として面白おかしく答える。返答は資料館との契約上、島浦研究所にネガティブイメージを抱かせる内容になってはならない。


 修学旅行生たちやツアー客を笑顔で案内して、タイムトラベル装置開発の過去と現在を見せる。島浦研究所で過ごす人魚の1日を語り、控室のロッカーに戻ったら、制服を脱いで自分に戻る。


 そういや昨日へんな事故に遭ったんだった。いや、昨日じゃなかった。あれからもう2日経ってんだっけ?


 バタンとロッカーを閉めて、鞄をとり上げる。

 家に帰ってベッドに倒れ込む。眠りの中で、海の底の夢を見た。


   ※         ※        ※


 夢の中で、私は海を潜ってゆくCの後ろ姿を見ている。


 暗い水底を泳いでいくCの白い服は鱗のように光り、私はそれを追いかける。


 何度となく見た同じ夢だ。水をかいてものろのろとしか進めず、海藻の森の中で私はCを見失いそうになる。伸ばした指の先でCは振り返り、海の底を指差して笑う。


 そこにあるものはいったい何なのだろう。Cが海の底に捨てたといつか言った戸棚の鍵か、私の薬のひと壜なのか、それとも。


   ※         ※        ※


 目覚めた後はいつも遠泳のあとのようにぐったり疲れて息が切れていた。

 スズカも夢の中のCももういない。きっとユーリカも。


 喉がからからだった。起き上がって水を飲む。まだ夜が明けきらない窓は暗く、私は数時間しか眠っていないことに気づく。もう一度寝ようとして、サイドテーブルの上で光るものに気づいた。


 部屋のうす暗闇の中で白く光っていたのは、灯台の下で何気なく拾った黒い石だ。

 ポケットに入れた後すっかり忘れていて、着替える時にそこに置いたのだ。


 不思議な思いにとらわれて、私はしばらくぼうっとその石を眺めていた。朝日に反射して光っている気がして拾ったのだが、こんな暗闇でも光っている。


(……これ、ひょっとして、ただの石じゃないんじゃ……?)


 そんな考えが頭をよぎった。座標マーカーの光に似ている気もしたけど、島浦研究所の機密の1つでもある座標マーカーがあんな道端に落ちているわけもない。


 手を伸ばしてその石をさわってみた。ひんやりと冷たく、熱は感じられない。しばらく握ってみて、私は手のひらをひらいた。やっぱり光っている。

 

(これって私にしか見えない光なのかな? それとも誰にでも見える?)


 そんな考えが頭をよぎったが、確かめたところでどうせ何もわからない、という気がした。

 いつもピアスを置くトレイの上に私は石をのせた。そしてそれきり忘れた。

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