第16話 ひとりぼっちの自由 2

 自殺した人魚がいたという話はみんな知っているけど、その件から救出装置が作られたなんて話、人魚ラボの人魚たちの噂からですら、聞いたことがない。


「ここも相当、探さないと見つけられないと思うんですよ。駅まで来られても、そこで引き返してしまう方もいるので……私は駅までお迎えに上がることにしてます」


 姿勢を正して弁護士氏は言った。だから駅まで来てたのか。


 私は瞬きした。


「……実際問題、契約破棄したいと思ってできるものなんですか?」

「保護システムでの島浦研究所との契約は基本的に訓練生となる個人名、つまり遠野アキラ様の名義で行われております。つまりご両親の同意がなくとも、アキラ様の意志があれば破棄できます」


 弁護士氏はパネルに目を落とす。


「島浦研究所の給与や福祉厚生そのものはけっして悪くないんですよ。むしろ破格にいい。ただ、人魚として勤める限り、命の保証はない……。そこに未成年の段階で契約を結ばせたということで、親御さんとの関係が破綻したり、ラボに信頼を持てなくなったりするケースが多いですね。ラボとしても法律の規定枠内で作れるワームホールが小さいので、カプセルもぎりぎりまで小さくせざるを得なくて、どうしても体格の小さな女性や未成年者を採ることになるんですけどね。私は技術の進歩と共にそういう事態も、いつかは是正されるんじゃないかと思ってます」


 島浦研究所との契約破棄の話はその日の午前中にほぼ決定した。事務所の外に出た時、私はそこで待っている総務部長の姿を目にして息をつめる。


「帰りますよ」


と重々しく総務部長は言った。無許可でループに乗り、あまつさえ破壊したことについては厳重注意を受けたが、それは予想よりマイルドな注意だった。


 逆に気を遣われているかのように感じた。私が弁護士事務所にいたことについては何も言われなかった。


 後になって知ったことだが、私とCがループに乗ったままポイントの島浦町までたどりついていたら、そこで島浦町に滞在しているラボのスタッフが待ち受けていてあっさりと御用になったはずだった。Cが途中で『電車に乗りたい』と言ったので、ラボのスタッフには私たちの消息がつかめなくなったのだ。


 しかも私は電車の終点である『灯台前』では降りなかった。『灯台前』にもスタッフが待っていたが、そこに私は降りなかったのだ。


 総務部長が事務所まで迎えに来ることができたのは、私がそこでリストバンドの電源を入れたからだ。


 寮に戻ってから、私はポケットにつっこんでいたメモを引っ張り出して見る。

 小さな猫のシルエットがうすく描かれたメモの表には今日訪ねた事務所の住所が、その裏にはいくつもの日付が書いてあった。いつかCが書いていたやつだ、と私は思い出す。


 それはぜんぶ私とCが小屋で会った年と日付だった。電車で別れた日を含めて合計5回、たったそれだけ。


 私はくしゃくしゃになった紙のしわを伸ばした。ママと自分の写真を飾っていた写真立てには今は何も飾ってない。

 皺だらけの紙を私はそこに挟んだ。

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