第12話 根拠はないけど

「そういうことじゃないなら、逃げられないってことでしょ。Cはいいよ、跳べたんだから。でも全員がCみたいにうまくはいかないから、みんな戻ってきてないわけで……」


 私は言いながら徒労感にだんだん口が重くなった。足もとに目を落とす。


「……どっちみち死ぬんだよ。ここであれ、未来であれ、過去であれ。誰も戻ってきてない。時空のどこかを彷徨ってるか、ワームホールの重力にすりつぶされて消えたか。だったら『今』にいたい。『今』のまま……」


 時間を止めたい。


「そんなのわからないよ。跳んだ人魚が戻ってこないのは全員死んだんだってアキラは思ってるみたいだけど、案外戻りたくなくて逃げただけかもしれない」


 Cは真顔で言った。能天気にもほどがある。

 それはさ、と私は思った。Cだから言えることでしょ。


 人魚の歴史上数少ない例外、発見されず報告にも残らないレアケース、生きて戻った人魚だからこそ言える台詞だろうよ。でもそれ、万人には言えない。

 私は話を呑み込んだふりをして言う。


「じゃあ結局跳ぶしかないわけ? 跳んで別の時代に逃げればいい、と」

「いや、そういうことじゃない」


 キレそう。


「じゃあ何なんだ」


 半分笑って半分キレたらCは笑いだした。いや冗談じゃないから。いつまで笑ってるつもりだ。


 Cは好きなだけ笑って、それからつらいとも切ないともつかない眼差で私を見た。

 彼女のことは名前からして全然わからないし時々いらつくけど、Cが私にくれるその目は好きだ。


 根拠は別にないけど、この人めちゃくちゃ私のこと好きなんだろうな、という感じがする。理由はわからないけど、初対面からずっとそうだ。


 Cが最初からそんな風じゃなかったら、もしかして彼女を嫌いだったかもしれない。それに小屋まで会いに行ったりも、しなかったと思う。


「アキラはどうしたい?」


 でも、またそれを聞くか。

 私は背凭れに肘を置いたままCの顔をしげしげと見つめる。


「言ったら叶えてくれる?」

「約束はしない」

「じゃあ聞くな」


 私は言った。Cはにっこりする。


「でも、叶うと思う」

「気休めかあ……」


 背凭れの上で頬杖をつくと、私はちょっとだけ笑った。


「あ、笑った」


 気がついたように言って、Cは柔らかに笑う。なんか恥ずかしいな。


「いつも通りだし」

「そうかな」


 Cは静かに言って、部屋の外に耳を澄ませた。


「ありがとう。今何時?」

「ああ、もう遅いね。……戻らなきゃ」

「じゃあまた明日」


 私は椅子を立った。


「また明日」

 手を振るCにもう一度念を押しそうになって、言葉を喉元で止める。


 森にはいかないで。


 でも私は何も言わないまま扉を閉めた。


 きっと大丈夫。来る時は私がいたから来る時にセンサーに引っかからずに済んだけど、一人では無理だ。最悪でもセキュリティに捕まってくれる。


 毎度むかつくくらい心配させてくれるよな、と思いながら部屋に戻ると眠そうなルームメイトがベッドから体を起こした。


「アキラ、遅いよ」

「ごめん。スズと話し込んでた」

「そうだと思ったけどさあ……」


 枕に頭を落とすルームメイトをよそに私は隣室に目を投げる。

 ベッドに入っても一睡もしないまま夜は明けた。

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