第4話 秘密と約束
来ない。私は自分の机で爪を噛んだ。
ここ3日、Cは現れない。
1日目はCがいなくてラッキーだと思った。
鍵穴にヘアピンを差し込んで戸棚を開けようとしてみたり、机の引き出しや本棚、キッチンの収納を探し回ったりした。しかしヘアピンは折れ、部屋には何も見つからず、本を読んで終わった。
2日目は戸棚の鍵開けにもう一度トライした。それは再び失敗に終わり、ふて腐れてソファで再び本を読んで帰った。
3日目は本当にいらいらしていた。いっそ戸棚のガラスを割ってやろうかと考えた。でもこの後Cが現れるかもと思うと乱暴な手段でこのささやかな秘密基地を破壊する気になれず、やはり本を読んで終わった。
3日連続でいなかったのだ。
おかげで本当、読書がはかどる。本棚から抜き出した本をサイドテーブルに山積みにして、ソファに寝そべったまま親の敵みたいに片っ端からやっつける。
だけど気がついたら字が見えないくらい暗くなってて、それで今日も彼女が来なかったことに気付くんだ。
(……小屋に泊まってるんじゃないんだ?)
じゃあ、どこにいるわけ。
朝の教室のざわめきの中を縫って、スズカが泳ぐような足取りで現れた。私の席の前にどっかりと座り込み、目を合わせてくる。
「調子どう? 顔色悪いけど」
「ん? いいよ」
うわのそらで返事すると、スズカはかすかに気まずそうにしたが、何でもないかのように笑ってみせた。
「そ? ならいいんだけど。いや、だってここんとこアキラ、なんか元気ないしさ。あの時逃げたのは悪いと思ってるって。ほんと、悪かった。すぐ後からついてくると思ったの。まさか1人で残るなんてさ……」
「その謝罪、3回目。気にすることないよ。別に問題なかった」
シンプルにそう言うと、スズカはさぐるようにこちらの瞳を覗き込む。
「あの後、どうしたの? 小屋の中に何かいたと思ったけど」
この質問も3回目。
「何も」
私は平然とそう言って、肩をすくめた。
「スズの気のせいだよ。ただの廃屋だった」
そう言うとスズカは納得したのかしてないのか、眉をひそめる。私は窓の外の山影に目をそらした。あの緑の中に小屋がある。
(内緒にしてって言われたから、そうしてる)
約束は守る。だけど、Cは約束を守ってくれない。『私はここにいる』って言っておいて、なんでいないわけ。
曖昧な口約束だし、確証なんてない。でも、私の目を見て言ったんだ。……そうでしょ?
私に嘘をつかせるなんて彼女も相当だ。
連絡先も聞いてない。名前も知らない。このままCが来なければ、そのままフェイドアウトだ。別にどうでもいいけど、やっぱり薬は返してもらいたい。
埋め合わせの約束は? そっちはちゃんと約束だ。
チャイムが鳴る。スズカが離れて行こうとするのを私は咄嗟に引きとめた。
「そういえばさ、最近新顔入った?」
「? ん、新入生? いま時期じゃないよ」
「あー、じゃなくて。たぶん研究員……か何か。スズカは寮友会にいるから、ラボの寮名簿も確認できるでしょ」
「えーっ……なんでラボの?」
スズカは顔をしかめ、私は続ける。
「今月名簿が更新されたかどうか調べてくれない? 逃げたのはそれでチャラ」
それだけ言って見上げると、スズカは曖昧に後じさった。
「そうは言われても、ラボのデータは閲覧に権限がいるものもあるしね? 覗き見はちょっとね?」
「ランドリールームの管理を代わってもいい」
あ、そ、とスズカは途端にあっさり言をひるがえす。
ランドリールームの管理者は早朝一番に起きて使用済みのシーツを回収し、新しいシーツを全室に配らなきゃならない。この間スズカの番が回ってきてめんどくさいと嘆いていたのを私は覚えていた。
「見つかったら教えてあげるから~」
そう言い残して遠ざかるスズカの背中を見送って、また窓に目を投げる。
気にするほどのことじゃなかった。一度会ったきり二度と会わないなんて事、世の中にざらにあるんだしさ。
だけど、気になったんだ。どこかで会ったのに忘れているような気がした。
Cの目のせいだと思う。彼女はいつも、懐かしい眼差で私を見る。知ってる誰か、昔会った誰かを見るように。
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