第11話

冬にしては穏やかに晴れる日が多く、雪が積もることは無かったが大学に通うのに

真紀はバスを利用していた。


歩いていれば彼に会えるかも知れないという期待感が心の中にあったからだ!


再び会えたとて話し掛けることが出来るかどうかもわからないし、首から下げたこのライターの重みも近頃では身体の一部に思えて手放したくないという気持ちもどこかにあった。


このライターが無くなることで彼とのつながりが消えてしまうようで寂しかったのかも知れない!?


練習を重ねたこともあり楽譜に使ってあるコードは覚えることが出来たのだが上手く押さえることが未だに出来ない私は楽器店に行って何かコツでもあれば教えてもらおうと思っていたのである。


そんな気持ちで歩きながら前方から甘えるような話し声が聴こえたので何気なく視線を移してみるとそこに探し続けていた彼の姿が見えた・・・

でも彼は1人ではなく、隣りに女性の姿があった!


確か以前にも会ったことがあるような・・・?

確か直也の友達だったみたいな記憶があった。


彼は立ち止まってこちらを見ているような気がしたが私の勘違いかも知れない?

視線のやり場に困った私は真実を突きつけられたようにただ茫然と立ち尽くしていた。


そんな私の視線の先で彼に甘えるように抱きつき歩き出した彼女はふと、こちらを振り返り笑った!

笑ったと言っても笑顔ではなく嘲笑みたいな・・・

その笑いはあの日、直也が私に向けた笑い顔と同じで忌まわしい過去を一瞬にして甦らせた。


そうだ・・・私は汚れてしまってる!?

彼女はきっと直也から私のことを聞いて良く知っているに違いない!

私のことを直也がどんな風に話したのかを想像するのは簡単だった。


歩き去った2人の姿を見送るような形で動けなかった私は自分の気持ちをどう整理すればいいのかもわからないまま、その場に泣き崩れてしまった。


消してしまいたくても消せない過去はいつまでも私を苦しめ続けて暗闇へと叩き込んでしまう!


「こんな所で泣いてどうしたんだい!?」

偶然にも私を見掛けて飛び出して来たのだろう?

楽器店の店主である津田は慌てた口調で私を抱き起すと店内へと連れて行ってくれた。


「一体、どうしちまったの?」

「あんたは昔っから女の子を泣かせてばっかりだねぇ」

女性の声がそう言って津田を責める。


「いや、そうじゃなくて彼女には何か理由ありみたいなトコがあるんだよ!」

「男の俺じゃ訊いても話しにくいだろうから訊かなかったんだがこうなるとそう言うわけにも行かんだろう?」


「俺はコーヒーでも入れて来るからお前がこの娘を少し落ち着かせてやってくれないか・・・」

優しく私の背中を摩りながら津田は女性に頼んだ。


「これだけボロボロになるまで泣いてるんだからすぐに落ち着けるとは思えないけど今日は時間もあるし私がゆっくり聞いてあげるからあんたは美味しいコーヒーでも作って来るといいよ」

口調は乱暴だが女性の声には温かみがあった。


「泣きたい時は気が済むまでいっぱい泣けばいいよ」

「でも泣いてるだけじゃ人は強くなれないから気の済むまで泣いたら私に全部、話してごらん!?」

「秘密は絶対に守るから心配しなくていいからね!」


西岡千秋(にしおかちあき)と自分の名前を教えてくれた彼女は私のそばに来ると優しく抱き締めながら頭を撫でてくれた。


革の匂いと微かな香水の匂いが入り混じった温かい胸の中に包まれ千秋さんに言われるまま私は震えながら泣き続けた。

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