第10話
確かこの辺だったような気がするが・・・?
会社を終えた翼は帰り道とは逆方向の駐車場にクルマを止めると付近を歩き回っていた。
あの日、傘に入れてくれたお礼に白石千影を駅まで乗せて行った時に彼女を見掛けた場所である!
雨を避けていた楽器店を探していたのだがクルマで走ると近い道程も歩くと結構、距離があり感覚が鈍る。
しばらく歩き続けた俺はやっと目的の店をみつけた!
そう思った瞬間だった
「あら、先輩じゃないですか?」
「こんな場所で会うなんて思ってませんでした」
声を掛けられ振り向くと会社の後輩である千影だった。
何とも間の悪い時にみつかってしまったものだ・・・
歌っていたのは俺じゃないと否定したこともあり、そのまま店内へと入るわけにも行かなかった。
「ああ、君か?」
何とも答えようがなくそう言うと
「こんな偶然もあるんですね!?」
「私もバスを途中で降りて食事しようかと思ってこの辺りをウロウロしてたら先輩をみつけたんですよ」
「良かったら一緒に食べませんか?」
「この近くにスゴク美味しい店があるんですよ!」
相変わらず次々と言葉を連発して来る喋り方である。
「それもそうだな・・・」
「いつもと違う店で晩飯でも食べて行こうかと考えてたからその店で食べることにするか?」
楽器店を覗いてみたかったのだがここで誘いを断っても余計にややこしくなりそうな気がした俺は彼女の言葉に合わせてそう言った。
「先輩、そこの楽器店に用事でもあったんじゃ!?」
「寄って行くんなら付き合いますよ!」
「私は門限がありませんから何時でも構いません」
そりゃ一体、どういう意味だ!?
半ば暴走気味の彼女に呆れてしまったが関心の無さを今は装うしかなく
「どこの?・・・ああ、そこか?」
「君はここに食事をしに来たんだろ?」
「俺もそれは同じだからそのお勧めの店に行こう!」
そう言って歩き出そうとした瞬間、視界の端に探していた彼女の姿が映り動きが止まった。
彼女はそんな俺の視線に気づいたからなのか、立ち止まってこちらを見たような気がするが回り込んだ千影の姿に遮られて俺の視線は彼女から外れてしまった!
「何を見てるんですか!?」
「本当はそこの楽器店でギターでも物色したかったんじゃないですかぁ?」
茶化すような口調でそう言った千影は俺に抱きつくようにぴったりと寄り添うと強引に歩き出した!
止まって引き返し彼女と話したかったがこんな状況で話したとて何かを話せるわけもなかった。
俺は観念したように千影に押されながら歩き出した。
だが俺はその時、何があったのかを知らなかった!
千影は俺に寄り添いながら彼女の方を振り向いて笑っていたのである・・・
勘が鋭いというか、悪辣というか、酷いことを平気でやってのける女性も居るということなのだが俺の姿をみつけて店先に立ち止まった彼女は千影の嘲るように勝ち誇った笑いを見てしまっていた。
ショックで動けなくなった彼女と千影に押されながら歩く俺との距離は数十メートルという距離以上に大きく離れてしまったわけだが、その時の俺はそれに気づかないまま歩き去ってしまった。
そして食事中に千影から交際を申し込まれた俺は即座に断ったのだが、その結果が更に彼女を窮地に追い詰めることになろうとは予想もしていなかった。
千影の恨みは交際を断った俺にではなく、健気に懸命に生きようと努力する彼女に対して降り注がれることになってしまったのである。
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