第9話

家に帰った真紀は夕食とお風呂を済ませると自分の部屋に戻りベッドに置いたギターケースを慎重な手つきで恐る恐る開いてみた。


何も知らないのにとても美しく見える!

人差し指で弦をちょっと弾いてみると音が出た。


当り前のことなのだが何だか嬉しくて涙が出そうになってしまった自分を恥じるように笑うと蓋を閉じた。


こんな時間に弾き出したら両親に怒られるので机の上に置いた教本を開いて椅子に腰掛けると読んでみる・・・

店主が説明してくれた通り、取扱いの初歩的なことから書いてあり、とてもわかり易い本だった。


何も書いてない真っ黒なケースは所々、擦り切れていたが再び蓋を開いてギターを取り出し眺めてみると何度も何度も使い込んだような痕跡が残っている。


思わず抱き締めたくなるような衝動に駆られながら色んな角度から見ていた私はギターをベッドにそっと置くとケースの中の小さな蓋を開けてみた。


その中にはギターの弦みたいな紙袋が3つ入っていて封を開けてみるとやはり弦のセットが入っていた!

説明書・・・?

そんな感じで一番底に幾重にも折りたたんで置いてあった紙を開いてみると5線譜にコードと音符が書かれた楽譜だった。


きっとこのギターの持ち主が書いたものであろう?

丁寧に書かれてあり5枚ある楽譜の最後に「兄より弟へ」と記してあった。


ギターを膝の上に置き書いてあるコードを教本のコード表を見ながら左手で押さえてみるが上手く行かない!

きっとこの曲は自殺してしまった人が自分の弟に送りたかったのではないかと思った私はこの曲が弾けるようになれるよう、練習しようと決めた。


今はこの曲がどんなメロディーなのかも私には全然わからないけどこのギターを譲り受けたからにはこの曲を弾きながら歌っていればどこに居るかわからないこの人の弟に伝わるかも知れない!?


その弟がこのギターと同じモノを持つ私を助けてくれたライターの持ち主の彼ならば再び会えるかも知れない!


そう考えただけで涙がこぼれ落ちそうになりながら私は頑張ろうと心に誓った。


次の日になると楽譜に記入してある音楽をパソコンで聴いてみる為にインターネットを使い調べ始めた!

勿論、ギターが弾けなければ意味が無いのだがこの曲がどんな曲なのかを知りたかった。


みつけたフリーソフトに楽譜の音符を入れながら作業を進めてみるが、わからないことだらけですぐに行き詰ってしまう・・・

だが諦めるわけにはいかない!


そんな調子で苦労した結果、やっと作業を完了させた私はヘッドフォンを耳に当て深呼吸を繰り返しながら気分を落ち着かせ再生ボタンをクリックした。


聴こえる!


音源が上手く使えなくて普段、聴いてる音楽とは全く違うけれど楽譜から音が飛び出して来たような感覚で私は目を閉じて聴き入った。


今まで普通に音楽を聴いていたけれどこうして苦労しながら音にしてみると全然違う感じがした!

私はギターをケースから取り出すと慣れない手つきでコードを押さえるとピックで弾いてみた・・・

両親には大学のサークルに参加したからと言って置いたので今日からはある程度、練習は出来るだろう。


楽譜とコード表を交互に見ながら指を当て、音を確かめながら弾く練習を始めたが当然、綺麗な音が出ない!


写真で弦の押さえ方を解説してあるのだけど指先がなぜか届かないのだ・・・

彼の指先は簡単にコードを押さえながら動いていたけれどこんなに難しいことをやっていたんだと自分で弾いてみて初めて知った。


その日は夢中でギターと格闘していた為に指先が赤くなり指の関節もちょっと痛くなってしまった!


弾けば弾くほど上手くなれると簡単に考えていたのだが容易なことでは上達しそうもない・・・

それからの毎日は帰り道で彼の姿を探し、部屋ではギターの練習をするのが私の日課となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る