第8話

ファンヒーターで若干、暖かくなった気はするが冬ともなればこの地域はとても冷え込んで来る!

加藤翼はギターを脇に置くとパソコンの電源を入れ煙草に火を着けながら起動するのを待つ。


このところ続けて降った雪でそこら一面が銀世界だ!

午前中にスノータイヤに変えた俺はコンビニへと出向き1日分の弁当を買って来ると部屋に戻り会社が休みの今日は曲作りをしようと座り込んだ。


ギター片手に曲を作るのでノートに走り書きしても良いのだが余計なことにばかり几帳面な俺はパソコンを使いわざわざ面倒な楽譜まで作っている・・・

兄貴が生きていたら笑われそうな気がするが残して置くことに執着するのも記憶だけにしか残してくれなかった兄貴への反発があるのかも知れない?


このギターだってそうだ!

もう1本あったのに修理に出したまま、どこに出したのかさえ今となってはわからない!?


世界に2本しかない特別なギターだからなぁとしきりに自慢していた兄貴から

「もっと上手く弾けるようになったらお前にもやるよ」

そう言われた時は嬉しくて喜んだのだが、その約束は果たされないままに終わってしまった。


製造メーカーさえ記載されていない手作りで変わった形状をしている何の変哲もないギターなのだが信じられないぐらいの音色を出すのだ!

そういう意味では奇跡に近く、兄貴がスゴク大事にしていた気持ちもわかるが誰が造ったのかはそれを知る者が死んでしまった今となってはわからない!?


兄貴と一緒に弾きたいと思っていたが叶わなかった!

こんなことになるならもっと真面目に練習しとけば良かったと思うのだがわからないこと叶わなかった夢の全てが後悔という形で残ったままなのだ。


誰かが手にしているのなら大事にしてくれることをただ祈るばかりである・・・

昨夜はどこまで作ってたのかな?

兄貴との思い出が甦る度に頭の中にあったメロディーはどこかに吹き飛び消えてしまう!

起動したパソコンの楽譜を見ながら弾き始めた。


それから何時間が経ったのだろう?

夢中でやってるといつの間にか日も暮れていた!

大きく背伸びをしながら今日はここまでにするかと考えながら橋で見掛けた彼女のことを思い出していた。


そう言えばあの時、彼女は何を悔やんで死のうとしていたんだろうか?


あの胸に突き刺さる悲しげな表情がなぜかハッキリと目に浮かんで胸を締めつける!

拍手を送ってくれた女性も多分、彼女であろう!?

形見となってしまった兄貴のライターだったが人の命と引き換えになったのなら惜しくは無い。


返してくれるのならと思う気持ちはもう一度、彼女に会って話してみたいからなのだろう・・・


兄貴もあんな顔をしていたのだろうか?

「なんで俺に言ってくれなかったんだよ!」

呻くように呟いた俺は溢れ出る涙をそばに置いてあったタオルで乱暴に拭き取った。


何年経っても消えない苦しみと悲しみ・・・

彼女はそんなモノを俺と同じように今も胸に抱え込んで生きているのだろうか?


あの温かい拍手は彼女が立ち直れた証なのだろうか?

何も言わずに振り返ることもなく立ち去った俺のことを彼女はどんな風に思ったのだろう?


一度だけ、一度だけでもいいから立ち止まって振り返るべきではなかったのか!?


あの拍手が嬉しくて止まらぬ涙を隠すように足早に立ち去った俺は彼女を傷つけたかも知れない・・・


答えの無いことをいくら考えたとて無限ループだ!

俺は仰向けに寝転ぶと天井をみつめた。


「探してみるか!?」

自分で自分に問い掛けるように俺は呟いていた。

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